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台湾のヒット映画の上映がふたたび東京に戻ってきた理由。

田中美帆台湾ルポライター
(写真:アフロ)

 昨年末、日本で正式に劇場公開されたその映画は、東京での上映は終わっていたはずだった。ところが、この4月からふたたび東京で上映される。映画の上映は大半が東京で始まり、地方へと広がっていくが、12月の封切りから3か月で東京に舞い戻る——裏側で何が起きていたのか、関係者に話を聞いた。

台湾のヒット作、東京で再び

 年の瀬も押し詰まった2023年12月、1本の台湾映画が日本で公開された。タイトルは『赤い糸 輪廻のひみつ』(原題:月老)。東京と大阪を皮切りに、合計で10都府県、13か所の映画館で上映が続いている。

 監督は台湾のヒットメーカーである九把刀(ギデンズ・コー)氏。自身による原作小説の刊行は2002年、それから約20年かけて映画化した。

 九把刀監督最大のヒット作は、2011年の『あの頃、君を追いかけた』(原題:那些年,我們一起追的女孩)である。台湾の国産映画における歴代興行収入ランキングで3位を叩き出し、2018年には日本版としてリメイクされた。2014年に原作と脚本を手掛けた『等一個人咖啡』(日本未公開)はランク13位。今回、日本公開された『赤い糸~』は14位。ちなみに、最新作『ミス・シャンプー』(原題:請問,還有哪裡需要加強)は2023年11月からNetflix配信がスタートした。同作は昨年の台湾映画アワード「金馬獎」の4部門にノミネートされた、これもまた人気作品である。

 さて『赤い糸~』のストーリーは、主人公・孝綸が突然の落雷に見舞われて命を落とす場面に始まる。あの世とこの世、さらには神様が集う冥界を行き来し、初恋の相手である小咪を見守りつつ、自分は縁結びの神様「月老」として他者の縁を結んでいく。一方で、過去世での怨念を抱いた者の暗い影がだんだん小咪に忍び寄り……

 『赤い糸 輪廻のひみつ』という邦題から一見、ラブストーリーに思えるが、単純にそうとも言い切れない複雑な要素がふんだんに盛り込まれている。現実世界と異世界を行き来するという意味では転生ものでファンタジーだし、前世からやってきた怨霊に追いかけられる様はホラーでもある。

 1978年生まれの監督は、90年代の台湾で日本のコミックやアニメを見て育った世代だ。人生で大きな影響を受けたのは『幽☆遊☆白書』で、本作で主人公が死ぬシーンから始めたのは『幽☆遊☆白書』へのオマージュだ、と明言している。Netflixによる実写シリーズの配信と、日本上映が同時期になのは、思えばどこか不思議な縁である。

配給を手がける個人の思い

 ところで本作の配給を手がけているのは、葉山友美さんと小島あつ子さんのおふたり。配給会社ではなく個人である。

 同作の権利元から、2年という期限付きで日本での上映権の許可を得た。昨年12月から上映スタートだから、2025年11月までの権利だ。

 映画は書籍以上に権利が複雑だ。今もなおテレビ局の調査が進められている『セクシー田中さん』問題では、発行元である小学館の編集者が、著作権には「著作財産権」と「著作者人格権」があるといったのが記憶に新しい。

 この「著作財産権」には、下位項目として「複製権」「上映権」「公衆送信権・伝達権」「頒布権」「貸与権」「翻訳権」などがある。

 「日本で本作を他者に見せられる権利のうち、オンラインで配信できる『公衆送信権・伝達権』は大手の配信サービスがすでに獲得していたため得られず、私たちが得られたのは日本の劇場で公開できる『上映権』だけでした」(葉山さん)

 日本での上映を考えた最初は、2022年4月に行われた特別上映会だった。3日間限定の上映で初めて鑑賞した際、その後の日本公開は予定されていないと知った葉山さんが、製作会社に交渉して上映権を得たのである。それから小島さんに声をかけ、二人三脚で宣伝から、日本語字幕の準備、パンフレットまで制作した。そして、クラウドファンディングではさまざまなリターンを準備して、200人を超える人たちから約160万円の応援を得た。

 「劇場営業としては、東日本の劇場を葉山さん、西日本の劇場を私が担当、ということになっています」(小島さん)

 地道に映画館にあたっていき、北海道から九州まで上映場所を探す。交渉成立して上映が決まるとSNSで宣伝活動を行う。上映権の期間はあと1年8か月。

 東京新宿での上映について葉山さんは「ふたりで配給準備した作品としてはまずまずだったのでは」と振り返る。

 そうこうしているうちに、東京での上映期間中に観た、という別の劇場のオーナーから「おもしろかったので上映したい」と声がかかった。

 こうして、1月に終わっていた東京上映が、4月にふたたび戻ってくることになったのである。

越境の原動力は個人の熱

 それにしても、一般的には配給会社が手がける映画の劇場公開を、たったふたりでやってのける熱量はどこからくるのか。

 「台湾映画社」として配給を行う葉山さんは以前、映画会社に勤務していた。宣伝担当として働き、退社後に台湾に留学。その時に台湾の劇場で見た『台北セブンラブ』(原題:相愛的七種設計)を「日本で公開したい」と買付を決意し、クラウドファンディングを利用して2019年に劇場公開。その後も、2022年に『紅い服の少女 第一章 神隠し/第二章 真実』(原題:紅衣小女孩1・2)は2部作だったこともあり、映画会社と組んで日本公開を実現させた。

 「もともと映画が好きで、台湾に限らずいろいろな国の作品を観てきました。台湾映画を観るようになって10年ほどですが、どの国の映画よりも歴史や文化が色濃く現れている点がいいなと感じています」(葉山さん)

 一方の小島さんが「台湾映画同好会」として活動を始めたのは2015年。最初は有志と自主上映会からスタート。その後、台湾映画の特集上映の手伝いを経て2021年に『日常対話』(原題:日常對話)を劇場公開した。小島さんもまた、クラウドファンディングを活用し、映画だけでなく書籍の翻訳も手がける。出版に付随するかたちで2019年に『書店の詩(うた)』(原題:書店裡的影像詩)をオンライン公開に導いた。

 「台湾映画に興味を持つようになったのは10年ほど前でした。当時、日本で観られる作品は限られていて、そのうち自分で台湾からDVDを取り寄せて観るようになりました。その作品を日本語で観てみたい、というのが最初でした」(小島さん)

 個人が「もっと日本で台湾映画を観たい」という思いを原動力に、複雑な権利交渉から、劇場公開につなげる。確かに仕事量は膨大で、なかなか及ばない面もある。だが、個人だからできることもあるようだ。

反省から生み出す次の一手

  葉山さんは、最初の宣伝のアプローチを少し後悔していた。

 「実は小島さんと、どういうジャンルの作品として宣伝していこうか、と結構悩んだんです。本作は要素がたくさんあって、いろいろなジャンルに捉えられる作品です。ラブロマンスにも見えるけれど、ホラーでもあるし、サブカル映画にもできる。だから『難しいね』と話していました。台湾映画であることをいちばんアピールしていたのでおそらく台湾映画好きの方には届けられたと思いますが、それ以上に広がらなかった。最終的に恋愛ファンタジー要素を前面に出したポスターにしましたが、ミニシアターで映画を見る映画ファンに向けたPRができていなかった、という反省があります」(葉山さん)

 そうした反省から、葉山さんは新たな決断をした。

 「東京の再上映にあわせて新たなキービジュアルを作るというのも手かもしれないと思いました。ここで終わるような作品じゃない。諦めきれない、という思いがあるんです」

 ポスターデザインから練り直す——一度決めた配給方針のやり直しは、なかなかできない話だ。だが、作品の動きによっては、そうした変更は本来的にはアリのはすだ。組織ではなく個人だからこそできる柔軟な対応だろう。

台湾映画に触れる機会を増やすために

 葉山さんと小島さんは、次に届ける作品を検討し始めている。SNSやクラウドファンディングなど、さまざまなプラットフォームを駆使しながら道を切り開き、膨大な労力をかけて日本に届けたふたりに、今回の感触と展望を聞いた。

 「作品を観てくださった方が、SNSで周囲に推薦してくださっています。評判がいいので、ここからまた広がるといいなと思っています。最初の東京の上映でパンフレットが完売して、そこから増刷したので今後の上映でさらに手に取ってもらいたいですね」(小島さん)

 「今回は上映権しか獲得できませんでしたが、次回は上映も配信もできるような作品を日本公開させて、日本で台湾作品を観る機会を増やしたいと考えています。機会が増えれば、ファンも増えます。そういう意味では、まだまだ始まったばかりですが、息長く取り組んでいきたいです」(葉山さん)

 配信サービスの登場によって、10年前に比べて海外コンテンツに触れるハードルは格段に下がってきている。台湾政府は、2019年に台湾クリエイティブ・コンテンツ・エイジェンシー(TAICCA)という独立行政法人を設立し、コンテンツの海外輸出に力を入れ始めた。

 新しい台湾作品が、時間や場所を問わず「いつでも観られる」環境であるために絶対的に欠かせないのは、コンテンツの継続的な支援であり、応援である。支援・応援とはすなわち、あなたが台湾映画を1本観ることである。

 もしも旅行で台湾を訪ねたことがあるなら、次のステップとしてぜひ映画で台湾を訪ねてほしい。ジャンルにかかわらず、旅とは違った体験が待っている。

 もしも学生時代に台湾のことを知らずに過ごしたなら、映画を通じて歴史や社会に触れてみてほしい。ジャンルにかかわらず、知らなかった台湾、知らなかった日本に触れられる。

 1本の映画が、台湾のカルチャー、ことば、社会に歴史、そして人——新たな出会いをもたらすだろう。そうしてあなたの視野を広げ、豊かな時間をもたらしてくれる。あるいはそんな時間を得たことがあるなら、ぜひ次の作品に投じてほしい。台湾と日本の間にかかったコンテンツの橋がこれからも続き、より強固になることを心から願いたい。

台湾ルポライター

1973年愛媛県生まれ。大学卒業後、出版社で編集者として勤務。2013年に退職して台湾に語学留学へ。1年で帰国する予定が、翌年うっかり台湾人と国際結婚。上阪徹のブックライター塾3期修了。2017年からYahoo!ニュースエキスパートオーサー。雑誌『& Premium』でコラム「台湾ブックナビ」を連載。2021年台湾師範大学台湾史研究所(修士課程)修了。

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