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「神様は生理中の女性を排除しない」台湾の宗教施設で始まったパラダイムシフト

田中美帆台湾ルポライター
個別ではなく、関係者がそろって宣言することでインパクトをもつ(撮影筆者)

 「6つの廟が署名する姿に、感動しました」

 そんな声を聞いた日は、台湾にパラダイムシフトが起きた日だった。

社会的タブー払拭に向けて前進した台湾

 今年5月28日。台湾の国際空港がある桃園市で、イベントが開かれた。会場では「紅瓦祝福」(拙訳:赤瓦の願い)という大きな看板が来場者を待ち受けていた。

 さて。ここで少し説明が必要だろう。

 台湾にはほとんどコンビニと同じ数、廟と呼ばれる宗教施設がある。数にして約1万2,000。信仰もまた、コンビニと同じくらい台湾社会では身近で、親しまれる存在なのだと想像してほしい。

 元来、台湾では「生理期間中の女性は参拝してはならない」という社会通念が存在していた。実際、台湾人と結婚した筆者は、夫や周囲から何度もそう聞かされてきた。

 この日の会場は桃園市最大の規模を誇る廟「仁海宮」である。建物は縦長で、前方には航海の神・媽祖らが置かれ、供物の置き場所も含めた参拝スペースとなっており、後方にはイベントの看板と簡易式の椅子が100席ほど並んでいた。

 午前10時の開始が近づくと、一気に所属と名前の刺繍されたベストを身につけた人たちが増えた。刺繍には近隣の廟の名や桃園市役所、立法院や桃園市議会とある。その姿は、官民共同のイベントだと物語っている。

 弦楽器の生演奏でオープニングがスタート。イベントの意義を讃える挨拶が続いたあと、桃園にある6つの廟の代表者の名前が呼ばれた。用意されたボードに6人が署名すると、全員がそれを持って並んだ。ボードには「生理中も参拝できます」と書かれていた。

 仁海宮の王介禧董事長は、「媽祖の神様は、真摯に祈る人すべてを守るもの。生理だからといって仲間はずれにはしないし、廟が生理中の信者の入場を拒否することはありません」と廟としてのスタンスを、改めて明確に示した。

廟の名前に代表者がサインしたプラカードを手に、新たな一歩を見せる(撮影筆者)
廟の名前に代表者がサインしたプラカードを手に、新たな一歩を見せる(撮影筆者)

 冒頭の一言は、台湾にある世界唯一の「月経博物館」を運営するNGO「小紅帽(赤ずきん)」のスタッフ、林尹筑さんが発したものだ。林さんは続けた。

 「この日までに、たくさんの廟に何度も足を運んできました。だからこそ、6つの廟が一緒になって署名したことに、とても感動したのです」

 台湾全体の廟の数から言えば、台南1,647、高雄1,474、屏東1,142など南部に多く、桃園は302とそれほど多いわけではない。ただ、桃園市が行った意識調査で、45歳以上の市民のうち約6割が「生理中の女性は参拝できない」と考えていたことが明らかにされた。あいさつに立った桃園副市長の蘇俊賓さんは「桃園市は月経の公平を重点政策のひとつに掲げ、月経に優しい都市を目指していきます」と述べた。

 「生理中の参拝がタブーだった台湾で、宗教施設や地方自治体が共同で『参拝OK』と宣言した」のである。

 林さんたちはこれまでに20もの廟を訪ね、そのうち6つが賛同を示した。社会で身近な存在であるがゆえに、この意義はとてつもなく大きい。

 小紅帽の創設者である林薇(Vivi Lin)さんは、留学先の英国スコットランドからこの日のために帰国していた。時差で到着からほとんど寝てない、と笑いながら「次は参拝可能な廟の全国マップを作るつもりです」と筆者に語った。可視化されれば、廟の女性への姿勢を示す物差しになるだろう。

 セレモニーの終了後は、来場者が会場に用意されたスタンプゲームを通じて、月経への理解を深めるコーナーが用意された。最終的に、このイベントには400人ほどが参加したという。

タブー払拭の宣言はなぜ5月28日だったのか

 では、なぜ5月28日が選ばれたのだろうか。

 実はこの日は「世界月経衛生デー」という。ドイツのNPO団体が2013年に「月経衛生デー」と定めたことで、世界的に知られ、各地で運動が広がるようになった。国連人口基金のサイトではこの日の意義を次のように説明する。

 月経衛生デーは、月経周期が平均28日、毎月平均5日間月経があることから、5月28日に制定されました。人々が月経を生物学的なプロセスとして認識し、誰も排除されず、恐怖や恥、劣等感を感じることなく、また脆弱な立場に置かれることなく、月経を迎えることができるようにすることが目的です。同時に、生理の貧困、つまり尊厳を持って健康や衛生を管理するために必要な生理用品を買うことができない女性や少女に対する意識を高めることにもつながります。(出典:国連人口基金)

 今回のイベントでいうなら、「神様は生理中の女性を排除しない」と廟の側が社会に見せたことになる。生理中であっても、恐怖や恥、劣等感を感じることなく、参拝すればいい、ということだ。またイベントのタイトルに「赤瓦」とあるのは、廟の屋根瓦に使われる瓦の色が、そう呼ばれることに由来している。

台湾の廟の瓦にはオレンジがかった赤い瓦が使われるのが一般的だ(撮影筆者)
台湾の廟の瓦にはオレンジがかった赤い瓦が使われるのが一般的だ(撮影筆者)

2018年に世界でも日本でもアジェンダになった生理

 それにしても、小紅帽の活動を追っていると、次々に疑問が湧いてくる。筆者自身は台湾でこうした活動に出会ったわけだが、世界の動きは、そして日本の動きはどうなっているのだろうか。『月経の人類学』の著書を持つ大阪大学の杉田映理さんにお話を伺った。

 「2015年に国際社会の共通課題としてSDGs(持続可能な開発目標)が設定されました。2018年には生理用品の開発ストーリーを扱ったインド映画『パッドマン』が世界的にヒットしたことで、大きく動いたと考えています。続くドキュメンタリー映画『ピリオド』が米アカデミー賞を受賞しました」

 SDGsにおける17の目標のひとつに「安全な水とトイレを世界中に」が掲げられている。その下位項目として「2030年までに、全ての人々の、適切かつ平等な下水施設・衛生施設へのアクセスを達成し、野外での排泄をなくす。女性及び女児、並びに脆弱な立場にある人々のニーズに特に注意を払う」ことが明示された。そこへエンタメ作品がヒットし、社会の変化を後押しした。

 同じような流れは、日本でも起きていた。2018年の『生理ちゃん』の大ヒットである。小山健さんの描いた全4冊のコミックは、女性の身体に起きる事態を「生理ちゃん」として外部化し、可視化することで、生理の捉え方に大きな変化をもたらした。そして2021年、任意団体「#みんなの生理」が、「日本の若者の生理に関するアンケート調査」を実施し、コロナ禍で広がった生理の窮状が具体的詳細に明らかにされた。

 2018年は世界でも日本でも生理/月経が社会的な課題として広く注目されたのである。

「生理の貧困」では足りない生理/月経の課題認識

 一方で杉田さんはこんなふうに警鐘を鳴らす。

 「注目されたことはよかったのですが、月経の問題=生理の貧困という捉え方が定着してしまいました。この問題は単なる貧困問題ではありません。尊厳の問題であり、ジェンダー平等の問題です」

メーカーから提供された月経カップのサンプルを手にする杉田先生。自身もカップの使用で「経血観が変わった」という(撮影筆者)
メーカーから提供された月経カップのサンプルを手にする杉田先生。自身もカップの使用で「経血観が変わった」という(撮影筆者)

 確かに「生理の貧困」という言葉では、「ナプキンを買えない」という金銭的、経済的側面に視線が行きがちだ。だが、経済的側面でだけとらえると、お金があれば買える、という解決策で終わりだと考えてしまう。とても極端な実例を杉田さんが教えてくれた。

 「日本の学校では以前から学校の保健室でナプキンが受け取る仕組みがありました。あったのですが、一部の学校ではそのナプキンは返却しなきゃいけないんだそうです。驚いたのは、その月の終わりに返してないと、担任の教員通じて生徒に返すよう手紙を書く学校まであったことでした」

 「借りた物は返す」は、一見、正しいように見える。だが、トイレットペーパーは返却しなくてよいのに、なぜナプキンは返さなければならないのだろう。トイレットペーパーも返さなければならず、返さなかった場合に教員から手紙がいくのだろうか。そうでなければ、同じ生理現象に対する対応の差異がどこから生まれるか、精査が必要だ。それに「借りたものだから返せ」といわれると、体の変化を肯定的に捉えることなど不可能だ。

 杉田さんが「尊厳の問題であり、ジェンダー平等の問題であり、人権の問題」と強調し、ナプキンだけが返却を迫られる底には「行き過ぎた自己責任論がある」と指摘する。あわせて筆者は、自己責任論と同時に、生理/月経に対する偏見や差別意識が潜む、と指摘しておきたい。そこには女性も男性も生理/月経を「穢れ」と捉えてきた、伝統的な価値観が立ちはだかっているからだ——台湾の姿を通じて、そう考えるようになった。

次は月経教育の貧困を解消すべし

 社会の価値観を変えていくには、小紅帽が廟を説得したように、話し合いを重ねていく努力が必要だ。そこで必要になるのが、女性自身の語りと体験だ。

 「女性の側も、月経について喋るべきではないと考えている面があります。でも、そうではなく、誰もが語りやすくする環境を作ることが大事です」

 杉田さんら研究グループは、高知県で戦前生まれのお年寄りに当時の月経教育がどのように行われていたのか、ヒアリング調査を行ったことがある。

 「戦前も今と同じように、女の子たちだけが河原に連れていかれて、月経のことや対処の仕方を習ったんだそうです。話を聞きながら『80年前と今の指導は同じ!』と驚きました」

 これまで私たちは、どのような仕組みで生理/月経が起きるのか、医学の進歩によって多少なりとも知識は得てきた。だが、生理/月経の知識は、それだけでは全然足りない。経血はどのくらいの量あり、どんな生理用品をどのくらい使用し、社会生活にどの程度影響が出るものなのか——語られてきた言葉はあまりに少ない。

 「知らせてこなかった教育の体制もありましたが、奥さんも彼女も家族の中でさえも、月経を隠してきていた。となれば、知らない人のことを責められないですよね」

 初潮はおよそ小学校6年生前後で迎えることが知られるようになったが、閉経が50歳前後と知らない人さえいるという。

 「月経はライフサイクルに伴うものです。10代の月経は不安定ですが、だんだん落ち着いてきて、出産するとガラッと変わる。私の反省点でもあるんですけども、月経期間中だけ、あるいはネガティブな面だけで捉えない月経観が必要です。今では、私自身は月のサイクルは、女性の豊かさに繋がると考えるようになりました」

 「月経は女性の豊かさに繋がる」——筆者は閉経を迎える年齢だが、こんな肯定的な捉え方を人生で初めて耳にした。もっと前からこの捉え方ができていれば、どんなに楽だっただろう!と感動を覚えた。

 日本でも台湾でも、そして世界の多くの地域で、生理/月経はこれまで「穢れ」と捉えられてきた。それによって見えない場所へと隠し、ネガティブな面ばかりを強調し、女性の間で語る機会を奪い、自らの体に自信をなくし、自己否定を重ねてきた。

 2018年は、世界の状況を変える生理改革元年だ。台湾の、世界の月経観を変えるムーブメントは、これからも広がっていくはずだ。今回、台湾社会のタブーに大きな楔を打ち込んだわけだが、Viviさんは言う。

 「世界では、すでに連帯する動きが始まっています。でもなぜかアジアは大きく取り残されています。わたしたちは、日本やアジアの国々と一緒にこの動きを広げていきたいと考えています」

 2023年は生理の意識改革5年目に過ぎない。次の一歩を引き続き注目していきたい。

台湾ルポライター

1973年愛媛県生まれ。大学卒業後、出版社で編集者として勤務。2013年に退職して台湾に語学留学へ。1年で帰国する予定が、翌年うっかり台湾人と国際結婚。上阪徹のブックライター塾3期修了。2017年からYahoo!ニュースエキスパートオーサー。雑誌『& Premium』でコラム「台湾ブックナビ」を連載。2021年台湾師範大学台湾史研究所(修士課程)修了。

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