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訪日客拡大をめざして——インバウンド激戦の中、愛媛県が台北で初となる物産展。

田中美帆台湾ルポライター
物産展の会場には合計2.2万人が来場したという(撮影筆者)

 台湾から日本を訪れるインバウンド客は、2023年に約420万人を突破した。台湾から海外の旅行先ランキング1位となった日本で、台湾人は訪日外国人の消費額5.3兆円の中でもトップとなる7,786億円(14.7%)を占める。この台湾の客人を誰がどう迎えるのか。

 2024年3月、大きな一歩を踏み出したのが愛媛県である。

「定期便」というアドバンテージ

 2024年3月15日から週末にかけての3日間、台北市内の松山文創園区であるイベントが行われた。その名も「大愛媛展in台湾」。名前の通り愛媛県の物産展で、県が初めて台湾で開催したものだ。事前の告知で、開催期間中は毎日、先着500人に県産のみかんがプレゼントされると知らされていたこともあって、朝10時の開場前から長蛇の列ができた。来場者の1人は「コロナ前に『今度は愛媛に行ってみたいね』と話していたんです。こうして目にするとますます行きたくなりました」と笑顔だ。

 愛媛へのアクセスは、この3月6日に格段に上がった。日本でいえば全日空に当たる台湾の航空会社「エバー航空」が台湾桃園国際空港と日本の愛媛松山空港の間で週2便の直行便を再開したのである。桃園-松山間には2017年のお花見シーズンにチャーター便が出たあと、2019年に定期便が開始したが、コロナ禍で止まっていた。それが今回、1年ほどの準備期間を経てようやく再開を迎えた。

 県の担当者によれば、「おかげさまで3月は約7割、4月は花見シーズンもあって8割ほど搭乗のご予約をいただいています」という。地方路線のため、機体の大きさは大都市路線に比べるとやや小さくはなるが、この予約率は好スタートといえる。

アクセスのよさと宿泊の関連

 台湾と日本の空の便は、綿密に張り巡らされている。成田、羽田、関空、新千歳といった大都市には毎日複数の便があり、日本旅行のリピーターともなれば新幹線、在来線も乗りこなす。訪日客向けの東海道・山陽・九州新幹線の「ジャパン・レール・パス」は知られており、SNSには日本旅行専門のグループがあちこちにあって、活発に情報交換がなされている。

 地方への直行便は、チャーター便や週に数便の定期便といった形で運営される。たとえば、世界最大の半導体メーカー「TSMC」の工場が設立された熊本には、2023年9月から定期便が始まり、今年2月に増便されて週5便飛ぶようになった。また、同じ九州では5月から鹿児島便が始まる。そして、去年5月に始まった高知便は今年3月いっぱいでチャーター便が終了予定だったが、現時点で10月まで延長となった。

 アクセスのよさは、人の流れに大きなインパクトを与える。次の表を見てほしい。

出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」令和5(2023)年年次統計をもとに筆者作成
出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」令和5(2023)年年次統計をもとに筆者作成

 台湾旅行者に絞った各地での宿泊者のべ数をまとめた。明らかに直行便、さもなくば、海外でも認知度の高い観光地やテーマパークがある、といったアドバンテージのある場所に集中している。

 香川や新潟は台湾の若い世代に人気の高い芸術祭が開催されている。茨城では、台湾にルーツを持ち、世界的なインフルエンサーで、タレントの渡辺直美さんが2022年に「台湾いばらき宣伝大使」に就任し、文字通りの架け橋になっている。

 では、愛媛県の場合、台湾とはどのようなつながりがあるのだろう。

物産展で見せた台湾と愛媛の関係

 ♪俺たちの街 嘉義〜♪

 冒頭の物産展で披露された曲の一節だ。歌ったのは、陳希瑀さん、鍾政均さん、江明娟さん。ミュージカル「KANO~1931 甲子園まで2000キロ~」に出演していた3人である。同作は日台野球交流100周年を記念した舞台で、昨年8月には期間限定で日台混成キャストによるスペシャルステージが行われた。現在は日本人キャストで上演されており、好評により当初の公演期間から1年延びて、2025年年3月まで上演される。

出演者の3人は日本語による歌唱と滞在中の体験を披露(撮影筆者)
出演者の3人は日本語による歌唱と滞在中の体験を披露(撮影筆者)

 会場となるのは、松山空港から車で30分ほどのところにある「坊っちゃん劇場」だ。2006年に設立された同劇場では、愛媛の歴史・文化を題材にした作品がこれまで16作品上演されてきた。

 同作は、2014年に公開された台湾映画「KANO 1931海の向こうの甲子園」(監督:魏徳聖)と同じ題材で、今回、ミュージカル化されたもの。日本統治下の台湾に実在した嘉義農林学校(現・国立嘉義大学)を舞台に、同校の野球部が、漢人、先住民、日本人の三民族混成チームで、実際に第17回全国中等学校優勝野球大会の行われた甲子園に出場し、準優勝を獲得する様子を描いた作品だ。なお、映画は台湾映画ランキングでは歴代8位、興行収入は約3億5,000万元(約16億8,000万円)を叩き出したヒット作である。

 そして当時、愛媛県立松山商業学校(現・県立松山商業高等学校)で監督を経験し、嘉義農林を準優勝に導いたのが、松山出身の近藤兵太郎(1888-1966)である。近藤は、今年1月、台湾の野球殿堂にあたる「台灣棒球名人堂」で特別貢献があった人物として殿堂入りを果たした。なお、同殿堂には、王貞治氏、郭泰源氏らが殿堂入りを果たしている。

 「今、台湾でこのミュージカルを上演したいと奔走しているところです」

 こう話すのは、坊っちゃん劇場の村上慎太郎さんだ。作品の舞台である嘉義は、日本人観光客の向かう先が大都市から地方へと分散していく中で、最近では雑誌『CREA』の台湾特集で紹介された注目エリア。こうした両者の歴史的なつながりもまた、双方に知られるきっかけになる。

トップセールスでも大きな実績

 「今度は嘉義にも行かなければいけないなと思っています」

 こう話すのは、商社での勤務経験を持つ中村時広知事だ。中村知事は、世界的自転車メーカーの「GIANT」にトップセールスを行い、同社のサイクリングイベントを愛媛県に迎えることに成功。広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ「しまなみ海道」を世界中から愛好家が訪れるエリアに仕立てた大きな実績を持つ。今回のエバー航空の直行便再開も、何度も訪台して同社を口説き落とした。

中村知事自らが訪台し、県をアピール(写真提供:愛媛県)
中村知事自らが訪台し、県をアピール(写真提供:愛媛県)

 一方で、台湾では大手の旅行会社のトップが話していたことがある。

 「コロナ明けから、日本の各都道府県が視察団を組んで、毎日、弊社に来るようになりました」

 つまりは台湾の旅行会社への陳情が増えているというのである。台湾のある旅行会社の関係者の話では、「各視察団の行く先は、航空会社、旅行会社、スーパーの3カ所は鉄板で、いわばテンプレートのようになっています。東京から視察団が来た話は聞きませんが、それ以外の所からは来ていると思いますよ」と明かす。

 となると、あとはどうやって他の一歩先を行くかが問われているといっていい。

旅の足がかりとしてのSNSを

 物産展は、週末に大きな人出の見込める場所に単体で出展したとあって、大いに注目を集めた。愛媛県出身者を中心とした台湾在住者が集う愛媛県人会からもブース出展が行われ、近年では韓国人観光客の人気スポットである予讃線の下灘駅などに店舗を構える「下灘コーヒー」にも長蛇の列が見られた。

 また、「想像していた以上に人気が高くて驚きました」と県の担当者が話すのは、全国第2位の生産高を誇るみかんをモチーフとして、2011年に誕生した県のゆるキャラ「みきゃん」である。台湾ではハローキティからスーパーマリオ、くまモン、ちいかわまで、何らかのキャラクターグッズを持つ台湾人は、年代を問わず筆者の周囲にも多い。

 物事の移動の順番は、「情報→モノ→人」というのが鉄則だ。この3月の直行便再開と物産展は、交通インフラという最大の難関を突破し、モノを見せることができた、という意味で意義は大きい。

 こうしたポジティブな要素も踏まえつつ、筆者は在台で台湾人の動向を見てきた者として、また同県出身者として、僭越ながらひとつ提案してみたい。なお、以下の点は訪日客を期待する他地域にも通じると考える。

 それはSNSを通じた発信のさらなる充実である。

 たとえば愛媛県はフェイスブックで「愛媛漫旅」として繁体字中国語で情報発信を行っている。お隣の香川県では、フェイスブックに加えて、より若い世代へリーチするインスタグラムでも名所を紹介する県の公式アカウントを設けている。そして両者を通じて、インスタ映えに適したスポットの紹介やグルメ情報はもちろん、さらには優待情報を網羅し、タグで旅行の体験をシェアする仕組みもある。SNSはプラットフォームによって利用する年齢層が異なるので、SNSは1種類ではなく、インスタとフェイスブック、さらにYouTubeも含めた発信がほしい。

 というのも、今や情報インフラとなったSNSは、旅行を検討する人にとっては必須のツールだからだ。そこへ県の側から、繁体字中国語、英語、韓国語といった多言語で情報発信すれば、見込み客へ直接リーチできる環境ができる。またSNSを通じて旅行先となる県内の街の看板、地図、説明書き、音声ガイド、あるいは台湾出身者のガイドスタッフなどといったソフト面もアピールすれば、旅行者に対する安心の提供にもなるだろう。

 何より、こうした環境整備を進めるには、台湾側と日本側、双方による積極的な交流や情報交換が欠かせない。定期直行便の再開を大きな契機として、さらなる交流の充実を心より願いたい。

台湾ルポライター

1973年愛媛県生まれ。大学卒業後、出版社で編集者として勤務。2013年に退職して台湾に語学留学へ。1年で帰国する予定が、翌年うっかり台湾人と国際結婚。上阪徹のブックライター塾3期修了。2017年からYahoo!ニュースエキスパートオーサー。雑誌『& Premium』でコラム「台湾ブックナビ」を連載。2021年台湾師範大学台湾史研究所(修士課程)修了。

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