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SNSでバズった「冥婚」 台湾の伝統的風習のホントのところ

田中美帆台湾ルポライター
実際に筆者が披露宴で受け取った台湾のご祝儀袋。「紅包」の語に納得の赤(撮影筆者)

台湾にある死者と婚礼を挙げる風習

 少し前のことだが、SNSで台湾にかかわる投稿がバズった。路上に落ちている赤い封筒の写真と共に、台湾には亡くなった女性の家族が、封筒に女性の写真や髪の毛を入れて、拾った男性と結婚させる風習がある、と紹介する内容だ。投稿を見た人たちは、怖い、そんな風習があるのか、といった大きな驚きを見せた。また台湾人ユーザーからは、台湾人だけど見たことない、という人もいれば、日本人ユーザーで見たことある、という人までさまざま。実は、この風習は本当に存在する。

 赤い封筒は、日本でいうところのご祝儀袋である。台湾でも日本同様に結婚祝いとしてご祝儀袋に新郎新婦との関係に応じた金額を入れて、お祝いを渡す。ただし日本と台湾には決定的に違う点がある。それが封筒の色だ。一般に台湾では、ご祝儀袋に用いられる色は決まってやや濃いめの赤で「紅包」といわれる。白は、葬儀のお香典にあたる袋に用いられる。

シンプルな台湾に装飾の華美な日本。良し悪しではない。文化の違いに過ぎない(撮影筆者)
シンプルな台湾に装飾の華美な日本。良し悪しではない。文化の違いに過ぎない(撮影筆者)

 「道端でご祝儀袋を拾った人は、霊と婚礼を挙げなければならない」

 この伝統的な風習は台湾で「冥婚」と呼ばれる。台湾在住の日本人である筆者は、冥婚なる2文字は知ってはいたものの、実態はどうなのか詳しいわけではない。そこでまず、周囲の台湾人や日本人に冥婚についてヒアリングしてみた。

 「もし路上にご祝儀袋が落ちてたら?」と問うと、誰もが「拾わない。あなたも拾っちゃいけないよ」と答える。だが、続けて「実際に路上で見たことある?」と聞くと一様に「ない」という答え。20〜70代までの10人のうち、見聞きしたことがあるのは70代の台湾人義母1人だけ。それも義母の母が「実際に見た」という、なんとも距離の遠い話だった。

 なぜ外国人である筆者まで「冥婚」なる台湾の伝統習俗を知っているか。冥婚と聞いて真っ先に思い出したのは2本の映像作品だ。1つは2017年に台湾で公開され、翌年には大阪アジアン映画祭でも上映された楊雅チェ(ヤン・ヤーチェ)監督の『血観音』である(チェの字は「吉吉」で1字)。もう1つも同じく2017年に台湾で放送された人気ドラマ『通霊少女』。本筋から離れるので詳細は省くが、両作品ともストーリーの大事な局面で、死者と生きた人が婚礼を挙げるシーンが登場する。その様子は抜群のインパクトをもたらしていた。

 だが、不思議なのは「伝統的な風習」と言われながら架空の話にしか出てこないし、比較的長く台湾にいる筆者でさえ、身近に体験者がいないことだ。具体的な事例について知りたいと考えていたところへ、「冥婚をテーマに修士論文を書いた人がいる」という話を耳にし、直接、ご本人にお話を伺うことになった。

大都市よりも農村部に多い風習で「ご祝儀袋を路上に置くことはない」

 李佩倫さんは、台北芸術大学の大学院で「蘭陽平原冥婚習俗之調査研究」という修士論文を2012年に提出して修士号を取得した。「2011年に全部で40を超えるケースについて調査しました。そのうち2例では実際に立ち会いました」。

 調査数の多さに驚いてしまった。李さんは言う。「田中さんが住んでいるのは台北ですよね。ご主人のご実家も台北なのであれば、大都市ですから、なかなか難しいと思います。冥婚の風習が色濃く残るのは、伝統的な農業を営む地方ですから」。

 タイトルにある「蘭陽平原」とは、宜蘭平原の別称である。一般には、ネギ、鴨の産地として知られ、周囲の宜蘭評は「空気が美味しいところ」とされる。歴史的には、台湾東部の中で最も早く開拓が始まった地域で、台北との交通が至便になったのは2000年代に入ってからのことだ。

 冥婚についてあまり耳にしないのには、地域性のほかにも理由がある。李さんは言う。

 「家族にとっては辛い話になりますから、台湾で積極的に話題にする人はいないと思います。非常に特別な儀式ということもあって、執り行うことができる人も多くないんです」。

 にもかかわらず誰もがこの習俗を知っている理由を問うと「テレビや映画の影響ですよ。ただ、どれもショッキングな描き方で、冥婚についてちゃんと紹介されているとは言い難いです」という。専門家から見るとフィクションに過ぎないようだ。「路上にご祝儀袋を置くやり方は、実際にあるんですか」と重ねると「ありませんね」と即答。李さんはこう言った。

 「考えてもみてください。実際に娘を亡くした親が、よくわからない相手に大事な娘を嫁がせようと思いますか」。

冥婚が補う家制度の盲点

 ここで、李さんの話を踏まえつつ、冥婚の文化的背景を整理しておこう。

 ベースにあるのは中華圏にある男性重視、父系社会の考え方だ。男性の場合、男に生まれると家族の中で「房」を持つことが許される。反対に、女性はこの「房」を持つことができない。日本でいうなら、男性は分家と名乗れるが、女性は分家できないのと同じ理屈だ。

 その父系社会を表す言葉として「男有後、女有歸」という概念がある。男は仕事で大成し、女は嫁に行く、これが人生で成し遂げるべき大事として考えられている。

 そこで問題になるのは、幼くしてあるいは若くして他界した場合だ。現代のように医療が発達していない時代、夭折は決して珍しい例ではなかった。李さんによれば、宜蘭における幼児の死亡率は、1950年に50.38%と非常に高かった。それが12.04%にまで下がったのは1976年のことだという。

 台湾の伝統的風習として、その信仰深さは日本でもよく知られる。お参りのために廟に向かうほか、伝統を重んじる家庭には位牌を置く祭壇が設けられ、そこに故人の位牌が並べられる。日本でいうなら、神棚や仏壇のようなものだ。命日やその他の節目には、お供えをし、紙の金を焼いて死者に捧げる。そのようにして先人を祀る営みは今の暮らしにも息づいている。

 「ところが、とりわけ女性は、未婚のままで亡くなっても房がないため位牌もなく、祀ってもらうことができません。台湾では死者も生きた人と同じように歳を取るのですが、適齢期になると親はやっぱりきちんとしてやりたいと考えるんですよね」。

 そこで未婚で亡くなった女性に冥婚させて相手の房に入れ、位牌に名前を残してもらう。つまり、死者に行き先を与えるわけだ。男性重視の仕組みでは十分に補えないものを補う役割だと考えればいいのかもしれない。

 ほかに冥婚を行う理由として「算命」というものもある。陰陽五行に基づく占いである。台湾では、冠婚葬祭や日常の暮らしにこの算命がかかわる。結婚式なら、算命で新郎新婦の生年月日などを占ったうえで、両者が結婚するにふさわしい日が選ばれる。

 また、このところ日本では、芸能人の不倫が大きな話題を呼んだが、台湾ではそれを冥婚によって解決を図ることがある。仮にひと組の夫妻が算命で「夫には妻が2人いる運命にある」という結果が出たとする。妻目線で考えれば、この夫とは離婚の可能性がある、ということになる。そこで妻は夫に冥婚させ、自らとの離婚の可能性を断つのだ。

 ほかにも冥婚が成り立つための要因はあるが、通底するのは家制度だ。家を存続させる中でこぼれがちな女性をなんとかして組み込みたい、そんなふうに受け止められる。

 なお、冥婚のお相手はどうするのか。その道の仲介者がいるのである。昔の日本でいうところの仲人だ。生きた人の仲人と違って、冥婚の仲人は生きた人同士の仲人を経験したことのある人だけがなれる。誰でも彼でもできるものではない、というあたりもまた、心憎い。

冥婚では同じ男性に嫁ぐ姉妹の例が多い

 一般に冥婚を果たした男性は運気があがるとされている。大きなメリットと考えられているわけだ。運気だけではない。男性側は経済的にも潤う。

 「結婚には費用もかかります。結婚を希望する男性が経済的に厳しい状態にある際、先に仲人から紹介された相手と冥婚して、手元に資金を蓄えてから、実際に生きた相手と結婚する、という例もあるんです」

 台湾の結婚式では、通常、女性方が男性方に結納金を渡す。冥婚では謝意を込めて男性方に渡すのが通常のようだ。

 また、李さんが調査した40を超す事例のうち「いちばん多かったのは、姉妹が同じ男性に嫁いだ例だった」という。

 李さんの、父方の叔母にあたる女性が病のために夭折した。後年、その叔母の姉の夫が彼女と冥婚した。1988年のことだ。叔母の夫は、続く体調不良を改善したい、と冥婚を希望したのだという。「すでに双方の身元はわかっているわけです。そこへ冥婚することによって、さらに両家の関係を強固なものにするわけです」。

 先に李さんが、路上のご祝儀袋という方法を否定したのには、やはり通常の結婚と同じように家同士の結びつきを考えることも背景にある。

 冥婚のパターンには3種ある。男女双方ともに死者の場合と、男女のいずれかが死者の場合だ。男女とも死者の場合は、両者がすでに交際関係にあることが多いようだ。実際、今年6月に交通事故で亡くなった20代の男女がいた。交際5年に及んでいたこともあって、女性方の母親はメディアの取材に対し、2人を一緒にするために冥婚させたいと涙ながらに述べていた。

 冥婚の場合、通常の婚礼と同じようなプロセスを辿るが、やや簡素化したものであることが多いという。また宴客を呼んでの大々的な披露宴などは行わず、多くは自宅でひっそりと執り行われる。近隣の住民でさえ、冥婚が行われたことを知らないのだ。なるほど、実際の例があまり知られない理由はこんなところにもあるようだ。 

冥婚の取材を通じて

 「そうやって嫁がせることで、死者としっかり別れる、という意味もあるんです」

 李さんの話を聞きながら感じたのは、「冥婚」は台湾の家制度にあるひずみを補おうとする工夫だった。調べていくうちに、日本でも山形などに、「ムカサリ絵馬」など似た風習があることも知った(参照むかさり絵馬)。筆者自身は台湾に来るまで見聞きしたことがなかったし、映画でもドラマでも確かに霊と結婚する様は絶大なるインパクトだった。しかし、取材を通じて子を亡くした親心を想像すると、不思議と、怖さや驚きよりも、切なさが立った。

 日本でも最近は婚礼や葬儀の簡素化が進んでいる。だが、死者との別れをきちんとしておくことは、案外、この先も生きていく者にとって大事なことかもしれない。

 さて、台湾の現代的な姿が伝えられる一方、こうした伝統的な風習に驚く人があるかもしれない。だが、言ってしまえば「そういうもの」なのだ。筆者としては、台湾の一段深いところに触れられて、また一歩、台湾に近づいた気がしている。

台湾ルポライター

1973年愛媛県生まれ。大学卒業後、出版社で編集者として勤務。2013年に退職して台湾に語学留学へ。1年で帰国する予定が、翌年うっかり台湾人と国際結婚。上阪徹のブックライター塾3期修了。2017年からYahoo!ニュースエキスパートオーサー。雑誌『& Premium』でコラム「台湾ブックナビ」を連載。2021年台湾師範大学台湾史研究所(修士課程)修了。

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