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大滝詠一『EACH TIME』40周年 関係者の証言から紐解く“雄弁”な名盤のサイドストーリー

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/ソニー・ミュージックレーベルズ

『EACH TIME40th Anniversary Edition』が好調

『EACH TIME VOX』(3月21日発売)
『EACH TIME VOX』(3月21日発売)

大滝詠一のソロ名義としては6枚目、オリジナルスタジオ・フルアルバムとしては結果的に生前最後の作品となった『EACH TIME』が発売されたのは、1984年3月21日。40周年の今年は3月21日に『EACH TIME40th Anniversary Edition』と“究極のBOXセット”『EACH TIME VOX』(25,000円/CD3枚+Blu-ray Audio1枚+12inchレコード2枚組+豪華ブックレット+歴代「EACH TIMES」A4冊子(24P)+A2サイズポスター2種+ステッカー2種)が発売され、『EACH TIME40th Anniversary Edition』はオリコンデイリーランキングで1位(3/20付)を獲得するなど、好調だ。

『EACH TIME VOX』の中身
『EACH TIME VOX』の中身

『EACH TIME』は“曲順未完”のアルバムと呼ばれ、これまで曲順を変えて何度もリリースされ聴き継がれて、そして様々なエピソードが語り継がれている人気の高い作品だ。40周年を迎えたこの作品について、関係者の証言を基に今一度その物語性に富んだ“実像”に迫ってみたい。

「『A LONG VACATION』で注目が集まっている中、ヒットが約束されているような状況で出しても、面白くないと思っていました」

『A LONG VACATION』(1981年)
『A LONG VACATION』(1981年)

1981年に発表した名盤『A LONG VACATION』の“次”という背景、立ち位置が結果的に『EACH TIME』というアルバムを、内容は言わずもがな、その完成前、完成後のストーリーをより“雄弁”なものにしている。

「当時、あのタイミングでは出したくなかったようです」――そう関係者は教えてくれた。それはどういう事情からなのか、だから三度もの発売延期を経て“ようやく”発売に至ったのだろうか。

「『A LONG VACATION』の後ということで、レコード会社の鼻息は荒いし1位マストという空気も含めてのプレッシャーはあったと思いますが、それ以上に大滝さんの性格からあのタイミングでは出したくなかったのだと思います。元来ひねくれ者なので(笑)、『A LONG VACATION』で注目が集まっている中、ヒットが約束されているような状況で出してヒットしたとしても面白くないと思っていました。そういう単純なストーリーを、大滝さんは求めてなかった。ビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』(1966年)に続くアルバムになるはずだった『SMILE』は、結局発売されることなくお蔵入りして、ファンをやきもきさせ、でもブライアン・ウィルソンが完成させ2011年に発売されました。それでイギリスのロイヤル・アルバート・ホールで完成披露ライヴもやって……そういうストーリーが『EACH TIME』も欲しかったはず。何年も語り継がれる逸話になるストーリーを求めていたと思います。『A LONG VACATION』以上のクオリティのものを作っても、作品の中身以上に仕掛けに命を懸けている感じでした」。

「ヒットチャートレースに踊らされて、ただ消化されたくない」という思いも

大滝詠一一流のストーリー作り。未発表作品が20年、30年後に発売された時に様々な逸話が飛び交い話題になる、そんなストーリーを想像していたようだが、発売する度に曲順は違う、収録曲も違うという世界に類がないアルバム、語り継がれるアルバムになった。しかし「出したくなかった」のはそれだけが理由ではなかった。「ヒットチャートに踊らされて消費されたくない」というアーティストとしての素直な思いもあった。

「先人たちを見て、やっぱりヒットチャートレースに乗ってしまうと、そこから抜け出せなくなって永遠にアルバム作らなきゃいけない、1位を取らなきゃいけないというサイクルにはまってしまい、ただ消費されていくだけだと考えていました。それまでとは違う何か新しいこと、遊びができなくなるから、このサイクルに乗るべきじゃないと考えて、あのタイミングではリリースしたくなっかたのだと思います」。

『EACH TIME』は本来1983年7月28日に発売予定だった。紆余曲折を経て「出さざるを得ない状況」の中、翌年1984年3月21日に発売された。しかしフライングで発売されたものがカウントされ、結果、初週は11位だった。「大滝詠一は一発屋だったという声も聞こえてきた」が、発売翌週のオリコン週間アルバムチャートではマイケル・ジャクソンの『スリラー』を抑えて堂々1位を獲得し、この年の年間チャートでも8位に入るなど大ヒット。大滝にとって最初で最後の1位獲得アルバムになった。

『EACH TIME』は、『A LONG VACATION』の時にはできなかったことをとことん追求した結果「“迷い”があった」

『EACH TIME』が発売延期になったのは『A LONG VACATION』の制作時とは環境が変化し、そこから“迷い”が生まれ、制作の遅れにつながったのではないかと関係者は教えてくれた。

「『EACH TIME』は83年1月からレコーディングを始めて、自身の誕生日の7月28日に発売予定でした。5月までには形にしようと思って動いていたと思いますが、陰りが見えてきたのが5月。迷い始めました。『A LONG VACATION』の時は制作費もそこまで潤沢ではなく、節約モードでレコーディングしていたのですが、『EACH TIME』の時は、スタジオもマルチテープも贅沢に使える状況だったので、色々な発想を具現化していった結果、最終判断の場面で迷いが生じていたと感じました。余裕があるゆえの迷いがあったと思います。『A LONG VACATION』の時できなかったことをとことんやってみると、まとめようがなくなってきた。だからその後リリースするたびに曲順が変わったり、そこが“悩みのアルバム”といわれる所以の大きな部分ではあると思います」。

アナログからCDへの転換期。デジタル時代に向けてどんな音にするべきか追求し試行錯誤。「後に続く人たちに向けてのある意味、先人としての義務と捉えていたようです」

レコーディングの際、ボーカルだけに20チャンネル使って、同じ曲を季節ごとに録っていいものをチョイスしたり、こだわりはさらに増すその一方で、CDという新たに登場したメディアへの対応に試行錯誤したという部分もある。

「アナログからデジタルへ本当に転換するときの徒花みたいなところで、マスター選びの煩雑さというのは確実にあったと思います。アナログだけだったらここまで悩んでいないはず」と、アナログの作り方については百戦錬磨だった大滝が、デジタル時代の渦に巻き込まれところも否めない。

「先例がない中で、本当に迷ったと思う。でも常に新しい技術を研究材料として向き合ってきた大滝さんは、エンジニア指向でもあったので、やっぱりテクニカル的な部分も含めて自分で納得できなければダメでした。だからデジタル時代に向けてどういうマスターが最適なのかという実験でもありました。それは後に続く人たちに向けてのある意味、先人としての義務と捉えていたようです」。

「一曲一曲の尺が長めなのは、大滝さんが松本隆さんの歌詞をたっぷりと、ふんだんにその音の世界に入れたかったから」

『EACH TIME』にまつわる物語に興味は尽きないが、大滝のメロディと盟友・松本隆が書いた歌詞の世界が交差して、薫り立ってくるような世界観が鮮やかに映し出されている。『A LONG VACATION』では二人のそれが“口当たりの良さ”に繋がっていたと思う。しかし『EACH TIME』で松本が紡いだ歌詞は、一曲一曲が物語性を強く感じさせてくれ、まるで短編小説集のような作品になっている。

「『A LONG VACATION』は聴きやすくて、どんな方が聴いても楽しめる作品ですが、『EACH TIME』は年齢を重ねていって本当の姿が見えてくるような作品だと思います。いつも曲先で松本さんに歌詞を書いていただくのですが、このアルバムは長い曲が多いんです。それは大滝さんが松本さんの歌詞をたっぷりと、ふんだんにその音の世界に入れたかったからです。改めて聴いてみると一曲一曲が短編小説のようで、まさに短編小説集のような作品になっています。例え曲順が入れ替わってどういう流れになっても、アルバムとして成立するということです。それはプレイリストを楽しむ今の時代にも合っていると思います」。

想像を遥かに超える5.1chサラウンドミックスの音像

2月のある日、今回の40周年盤の目玉ともいうべき5.1chサラウンドミックスの試聴会を最高音質のシアターで聴く機会に恵まれた。「マルチスコープ」「1969年のドラッグレース」「ペパーミント・ブルー」「レイクサイド・ストーリー」「魔法の瞳」を聴くことができ、それぞれの曲の中に大滝のこだわり、遊びがまさに多彩な音になってつまっているのを再確認。“全貌”を見た気がして、その臨場感を感じる音は鳥肌ものだった。音を絵的に捉えて描く大滝のメロディとサウンド、松本の歌詞の肌触り、温度感が相まって、心に深く浸透してきた。

大滝は『EACH TIME』の発表以降、それまで以上に表に出なくなる。しかしアーティストに楽曲提供をしたり、音楽シーンの中で大滝の存在感はますます増していく。そしてその作品は今もCM曲として度々起用されるなど、そういう意味では常に最前線で活動していた音楽家ともいえる。

「楽曲を提供したり、その曲をアーティストが『紅白歌合戦』で歌ったり、80、90年代はちゃんと現役として活動していました、姿、形は見えずども(笑)。今回の『EACH TIME 40th Anniversary Edition』も、サウンドをもう少し風通しをよくして、軽やかな音像にして、歌と歌詞をしっかり聴けるマスタリングにしています。大滝さんが生きていたら、今の時代の音を研究し尽くした上で、オリジナルと比べても遜色なく聴いてもらうためにこういう音像にするのではないかと想像し、作りました」。

一度だけラジオでオンエアされ、お蔵入りした未発表音源「SHUFFLE OFF」を収録

今回も「SHUFFLE OFF」という未発表音源が収録されている。アルバム制作当時にレコーディングされ、リリース前にラジオ番組で一度だけ放送されたが、最終的に収録されなかった幻の作品で、40年の時を経て初めて公開される。大滝詠一というアーティストの奥深さをまざまざと見せつけられる。

「一度とはいえラジオで流しているのに、お蔵入りをした前代未聞の曲です。先ほど一曲一曲が短編小説のようで、短編小説集のようなアルバムという表現をしましましたが、そういう意味では『SHUFFLE OFF』という曲が、プロローグとして成立しているように思えます。物語の始まりを感じさせてくれます」。

40年経っても全く色褪せない、そして話題が尽きない『EACH TIME』というアルバムの“強さ”を改めて感じることができる。

『EACH TIME 40th Anniversary Edition』特設サイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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