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ライヴに拘る音楽番組『Sound Inn S』で、布施明が“君薔薇”や名曲の数々を圧巻パフォーマンス

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/BS-TBS

日本を代表するアレンジャーが、この日限りのアレンジを作り上げ、凄腕ミュージシャンとアーティストがセッションする、生演奏に拘るライヴ番組『Sound Inn S』(BS-TBS)。

2025年に60周年を迎える布施明が圧巻の歌を披露

12月16日(土)放送回には間もなく76歳、2025年にデビュー60周年を迎える、今も第一線のステージに立ち続ける布施明を迎えての1時間スペシャル(通常は30分)。その衰えを知らない圧巻かつ繊細な歌声で、オリジナル曲とカバーを披露する。94歳のレジェンドクラリネット奏者・北村英治との共演は必見だ。

様々な世代のアーティストがカバーし歌い継がれていく「君は薔薇より美しい」

布施は1965年にデビューし「霧の摩周湖」(66年)「愛は不死鳥」(70年)「積木の部屋」(74年)「シクラメンのかほり」(75年の『日本レコード大賞』を受賞)などヒット曲を連発。中でも1979年に発表し大ヒットを記録した「君は薔薇より美しい」は鈴木雅之、ニセ明(星野源)、山崎育三郎、橘慶太(w-inds.)、上白石萌音etc…世代問わず様々なアーティストがカバーし、今も歌い、聴き継がれて愛されている名曲だ。布施も「この曲があったから今も歌っていられる」と語る名曲を、この日は十川ともじのアレンジで披露。

豪華なホーンセクションとストリングスが織りなす心躍るサウンドに、布施の歌が高らかに響き渡る。作曲したゴダイゴのミッキー吉野が、ジャズを作りたいという着想から生まれたこの曲について布施は「変則拍子で途中で3/4になるから当時は歌うのが難しかった。でも今の若いアーティストは簡単に歌えるから本当に凄いと思う」と若い世代のアーティストの才能に感心していた。そして「今日もストリングスとホーンが入ったバンドが素晴らしいアンサンブルを作ってくれているので、テレビで観ている人も是非ノリノリで一緒に歌って欲しい」と語っていた。

布施明と「My Way」の物語

「My Way」も布施の代名詞といえる一曲だ。1967年に作られたフランス語の曲をポール・アンカが英語で作詞し、69年にフランク・シナトラが歌い世界的なヒットになったスタンダードナンバーだ。布施は22歳の時カバーしたが、この曲と布施には知られざる物語があった。

当時の所属事務所の先輩で、ジャズシンガーだった中島潤氏がこの曲を日本語でカバーし、歌っていたが中島氏が急死。布施は中島さんバージョンを後世に残したいと、1972年のシングル「愛すれど切なく」のB面に収録しようとレコーディングに臨んだ時、「思いがけない展開になった」という。「元々は《今 黄昏近づく人生に》という歌い出しでした。でも当時22歳の僕がその歌詞を歌っても、全く説得力を持たない。だから即興で《今 船出が近づく この時に》と歌ったらそれが採用されて」。こうして布施が即興で歌った歌詞が半世紀以上経った今も、スタンダードナンバーとして歌い継がれている。しかしこの物語にはまだ続きがあった。 

布施が中島さんが訳詞をして歌っていたと思っていた歌詞は、実は片桐和子さんが訳詞したものだった。そして片桐さんは布施の最初の歌の先生だったというつながりがあり、そういう意味でも布施にとってこの曲は、歌手人生の中でなくてはならない存在になった。そんな曲を、この日は笹路正徳がアレンジを手がけた壮大かつ優しいサウンドに乗せ、熱唱。例えば今この曲をレコーディングすることになった場合、《~黄昏~》をやはり《~船出~》に変えるか、という質問には「この年齢になったので《今 黄昏近づく人生に ふと佇み 私は振り返る》という元の歌詞のまま歌うと思う」と語っていた。

「ピエロ」(86年)は、布施のコンサートのバンマスであり、長年の音楽パートナーであるピアニスト・井川雅幸とデュオで披露。語りかけるようなピアノと歌。愛嬌と哀愁が重なり、哀しみと切なさが伝わってくる。

「恋のサバイバル」は、グロリア・ゲイナーが歌いディスコヒットした「I WILL SURVIVE」(1979年)のカバーで、布施が日本語詞を手がけている。コンサートでもファンに人気のこの曲を、この日は本間昭光が手がけた、よりゴージャスになり上品なグルーヴィーさを感じさせてくれるアレンジのサウンドをバックに、情熱的に歌った。

世界的クラリネット奏者・北村英治とのコラボが実現

ビリー・ホリディを始め、数多のアーティストが歌ってきたジャズのスタンダードナンバー「I’LL BE SEEING YOU」は、船山基紀のアレンジで披露した。布施が「クリスマスシーズンにとても合うと思う」と語り、「憧れ」と慕う世界的クラリネット奏者・北村英治が登場し、コラボが実現。

94歳の大ベテラン、伝説のミュージシャンとの共演に、布施だけでなくバンドメンバーも興奮が隠せない様子だった。ストリングスとホーンも入った、豊かなジャズサウンドに乗せ歌う布施の歌に、寄り添うような北村の瑞々しく優しいクラリネットの音色。極上のセッションを全員が楽しんでいる。演奏を終えた北村は布施に「いいフィーリングだったよ。嬉しかった」と笑顔で語りかけ、握手。セッション後はこの貴重な機会を楽しみにしていたミュージシャンと北村とが、賑やかに記念写真タイムを楽しんでいた。

布施明、北村英治、船山基紀
布施明、北村英治、船山基紀

「今までの道、過去にさよならを言って前に進もうという歌だから『TIME TO SAY GOODBYE』を歌い続けている」

2019年、布施は声帯にポリープが見つかるが、発声を一から見直しながら治療を続けると、ポリープがなくなっていたという。これをきっかけにようやく自分の歌い方がわかってきたと語る。

そして最後に「TIME TO SAY GOODBYE」を大嵜慶子のアレンジで歌った。「今までの道、過去にさよならを言って前に進もうという歌。だから好きで歌い続けている」と語り、更新を続けているシンガーの思いと交差するような歌詞は、聴く人全てに勇気を与える。「コロナ禍を過ごしてきたからこそ今届けたい」と、柔らかさの中に熱を感じさせてくる優雅なアレンジに乗せ、熱唱した。その説得力たるや、まさに圧巻の歌だった。

この他にも布施が出演し、数々の洋楽のカバーを披露していた70年代の『サウンド・イン “S”』の貴重映像もたっぷりと観ることができる。

「もう少し歩いて、忘れていたものを拾い集めていきたい」

2025年にデビュー60周年を迎える布施。この日の歌と言葉を聴いていて、稀代のシンガーの歌うことへの原動力は、ひとつひとつの歌に込めた強い思いだと感じた。気持ちを研ぎ澄ませて歌に向かうその姿勢には、感動を覚える。この日のセッションを終えて布施は「もう少し歩いて、忘れていたものを拾い集めていきたい」と歌、音楽への思いを新たにしていたようだ。そうやって進化を重ねていき、布施が敬愛するシャルル・アズナヴールやトニー・ベネットのような、誰からも長年愛され、いつまでも生き生きと歌を歌い続けるその姿が想像できる。

布施明のパフォーマンスが楽しめる『Sound Inn S』は、12月16日(土)19時~BS-TBSで放送される。

『Sound Inn S』オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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