Yahoo!ニュース

古内東子「美談ばかりではなかった30年。色々あったからこそ今がある」。ラブソングの名手の現在地

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/ソニー・ミュージックレーベルズ(以下同)

レコーディングメンバーと回るビルボードライブツアーを観て、深く伝わってきた「このバンドでアルバムを作りたかった」という古内の言葉の意味

30周年を迎えた古内東子が昨年2月の『体温、鼓動』に続き、オリジナルアルバム『果てしないこと』を3月8日にリリース。そしてこの日からアルバムの世界観を伝えるビルボードライブツアーが、大阪からスタートした。3月11日、その横浜公演を観た。

インタビューで古内がアルバムについて「このバンドで作りたかった」と語っていたが、その思いや狙いが伝わってきたライヴだった。TomoKANNO(Dr)、山本連(B)、石成正人(G)、松本圭司(P)、井上薫(Key※ライヴには不参加)という凄腕ミュージシャンが揃うバンドでレコーディングし、そのメンバーと共にライヴを行なうという贅沢なレコ発ツアーだ。アルバムの曲を全曲披露し、バンドが作り出す豊潤な音が古内の歌の切ない世界をより深く、印象的に彩る。アルバムの世界観が鮮やかに浮かび上がり、会場の雰囲気、そして横浜という街の空気がブレンドされ生まれる、ここだけの古内カラーにファンは酔っていた。このツアーは3月17日のビルボードライブ東京がファイナルだが、この日の極上のバンドアンサンブルと歌から描き出されるアルバム『果てしないこと』を感じるライヴ、もっと聴きたいと素直に思った。

「このバンドでアルバムを作りたかった」

このライヴに先立って、今回のバンドと共に作り上げた『果てしないこと』について、そして30周年を迎えての心持ちをインタビューした。

前作『体温、鼓動』は、6人のピアニストと共に作り上げ、約一年後に再びオリジナルアルバムを出すことが決まって、まず浮かんだのが冒頭の「このバンドで作りたい」という言葉でありコンセプトだった。

「前作がピアノトリオというちょっとジャズっぽい編成のアルバムだったから、次はバンドだなって漠然と思っていて。それは30年やってきて、ここ2~3年の中で出会ったミュージシャン達の音がフィットして、“自分のバンド”という感覚になってきたからです。それで『この人たちとアルバムを作りたいな』って素直に思いました』。

ここ数年の“古内東子の音”を共に紡ぎ、確立したメンバーと共に作るアルバムということで、今回古内は『体温、鼓動』で、それぞれのピアニストの音色を想像しながら“当て書き”したように、バンドの音を想像しながら曲を書いた。最初から最後までとにかく音が気持ちいいアルバム、というのが最初に聴いた印象だった。

「それは嬉しい感想です。ある意味すごく、今の時代ではぜいたくな作り方をさせてもらったというか。固定メンバーでリハーサルもして、みんなで“せーの”で録って、ソロアーティストとしてそういう作り方ができるというのは、すごくいい歳の取り方をさせてもらったという感じです」。

「アウトロまで徹底的にこだわりました」

その言葉通り、イントロ、間奏、そしてアウトロをたっぷりと聴かせてくれる、“余裕”を感じさせてくれるぜいたくな作りのアルバムだ。是非若い音楽ファンに、一人ひとりのミュージシャンのテクニック、それがひとつになった時のアンサンブルの気持ちよさを体感して欲しいと思った。

「今、昔のアルバムを掘って、アナログレコードを聴いている若い人が多いと聞きます。私も、昔のアルバムを掘られて聴かれているアーティストの一人なのかもしれないけど(笑)。私が70年代の洋楽アーティストを聴いて憧れたように、若い人たちにとってのそういう存在になりたいと思いました。今回もバンドのメンバーに、『アウトロの消え際の、すごいプレイがたまらないよねって周りから言われたり、音楽少年たちの心をくすぐるアウトロをお願いします』って伝えて、作りました(笑)」

歌に寄り添いながらも、それぞれの音がしっかり主張し、でも歌と共存している。30周年という、前を向いて歩きながらも振り返る時間でもあるタイミングで、楽曲作りは予想以上に「難しかった」という。

「30周年ということで、過去に思いをはせる時間が割とあって。でも未来に向けての曲を一から書き始めるというその両方をやることが、わかっていたけど意外にも難しくて。書き始めては止まり、また書いて、止まって、ということを繰り返していました。でも忙しい名手揃いのバンドのスケジュールを押さえていて、このメンバーは絶対に譲れないので締め切りは決まっていて…(笑)。それで1曲目の『Soda』という曲ができて、この曲が基点となってアルバムの方向性が見えました」。

「美談ばかりの30年ではなかった。ここにいるのは色々あったからこそと素直に思える」

『果てしないこと』(3月8日発売)
『果てしないこと』(3月8日発売)

夏の薫りが立ってくるような爽やかなナンバー「Soda」から、切なさが全体を覆う上質なAORアルバム『果てしないこと』は始まる。アルバムタイトルの『果てしないこと』というのは、古内が昔から好きな言葉だという。そのタイトル曲は古内節炸裂のラブソングだが、少し物事を見る角度、感情の捉え方が以前とは違ってきて、俯瞰してよりオトナ目線で見ている気がした。

「去年『体温、鼓動』を出した時、30周年ということについてたくさん聞かれて、しゃべりながら自分の気持ちがまとまっていったというか。『そうか、そんな経ったんだな』というところからできたのが『果てしないこと』です。実際は『こんなことがありました』という美談ばかりの30年でもなくて、自分としては『30年経ったような、経っていないような』みたいな感じが現実で。でも『確かに夢は叶ったんだけど、それももう今じゃ生活なんだよな』という、よりリアルな状況があったり、『でもそれがすごく幸せなことなんだよな』って言い聞かせてみたり…。まさにこの歌詞の世界を地で行っているというか」。

「30年やってきて、今は恋愛自体を少し俯瞰で見ている気がする」

30周年を迎えたシンガー・ソングライターとしての現在地を、素直な言葉で教えてくれた。<何度もカーブした道 だからここに、今日という場所に 辿り着いてるのかも>という歌詞が印象的だ。

「でも決して今の自分が嫌いとかではなく、今の自分はもうこれでしかないというか、肯定してあげたい気持ちもあるんです。それゆえに、ここにいるのは色々あったからだって素直に思えるんです」。

「歌詞を意識して変えようとはもちろん思っていなくて、客観的に思うのは30年やってきて、今は恋愛自体を少し俯瞰して見ている気がします。何歳の人に聴いてほしいとか、男女の設定さえもしてはいないけど、色々な人がいる、ということをより強く意識しているのかもしれません。例えば『恋愛から遠ざかって久しい』という人もいるし、それがもうあたかも罪のような意識を持っている人もたくさんいて。もっというと『お母さん、お父さんが聴いていたから、古内東子さんを聴くようになりました』という若いファンの方もいて。だからみんなが入れる“余地”というものが欲しいなと思って、ちょっと引いた位置から見ているのかもしれません」。

「親子でライヴを観に来てくれる人が多い。それが30年経ったということ」

古内のYouTubeの番組にファンから「今度のツアー、ビルボード東京には奥さんと、横浜は娘と行きます」というコメントが寄せられていた。キャリアを重ねたからこそ感じ、表現できるラブソングが生まれ、幅広いファンの心を捉えている。

「古内東子を聴きながら恋愛して、結婚して、子どもができて、その子供も成人して、子供とライヴも行けるようになるということが、30年なんだなって実感しています(笑)。もちろんそんな未来は想像していなかったし、人生においての30年ってそれぐらい色々なイベントがあって、30年という時間を改めて考えてしまいました」。

「ライヴは、観に来て下さった方が、自分と向き合う時間」

古内のライヴは、観に来ている人があの日の「自分に帰る」時間でもある。もちろん現在の自分を歌の中に置いている人もいる。どちらも結果的に心に潤いを感じる時間になっている――ライヴを観てそう感じた。

「その方が『私に帰る』という『あの時の私』とか、『あの時の彼』とか自分の世界に浸って、私のライヴを観に来たというよりも、自分と向き合う時間になるライヴなのかなって思うんです。だからさっき言っていただいたYouTubeのコメントを読んだ時も『あ、そうか』ってハッとして、やっぱりファンの娘さん、息子さん達が聴いても恥ずかしくないラブソングを書きたいなって思いました(笑)」。

otonano 古内東子30周年記念特設サイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

田中久勝の最近の記事