Yahoo!ニュース

鈴木雅之 35周年ツアー完遂 「誰の歌でも“自分色”に染める」新境地に挑み続けるヴォーカリストの矜持

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/ソニー・ミュージックレーベルズ

全国22都市で24公演完遂。35周年記念ツアー『masayuki suzuki taste of martini tour 2022 ~DISCOVER JAPAN DX ~』

鈴木雅之の全国ツアー『masayuki suzuki taste of martini tour 2022 ~DISCOVER JAPAN DX ~』のファイナルが7月16日、大阪フェスティバルホールで行われ、4月からスタートした全国22都市(全24公演)を巡ったツアーを締めくくった。

新境地に挑み続けてきたヴォーカリストとしての矜持、日本の音楽シーンを彩り、多くの人の心を潤してきたポップスの名曲と、それを歌ったアーティストへのリスペクト、鈴木の“想い”が歌になって伝わってくる。そしてそれは会場に足を運んでくれたお客さんの肩を抱き、背中をさするように、少しでも生きるエネルギーになればという“願い”になって、客席に伝わる。

2011年東日本大震災の際、日本を代表する名曲たちを歌い、被災地に少しでも元気を届けようとスタートさせた『DISCOVER JAPAN』シリーズ。2014年『DISCOVER JAPAN II』、2017年には『DISCOVER JAPAN III ~the voice with manners~』を発表。そして、ソロデビュー35周年を記念し、このシリーズ三部作からセレクトしたナンバーに加え、新たにレコーディングした最新カヴァー(YOASOBI「怪物」、手嶌葵「明日への手紙」、スターダスト☆レビュー「木蘭の涙」)、さらに同シリーズ以外のカヴァー曲も収録したカヴァーベストアルバム『DISCOVER JAPAN DX』を2月に発売。そのリリースツアーであり、35周年のアニバーサリーツアーでもあった。

YOASOBI「怪物」は「2020年代のラヴソングという意味では群を抜いている」

開演前。久々にライヴを観るというお客さんも多いはずだが、幅広い年齢層のワクワク感で充満する会場に流れるのはオールディーズナンバー。開演の合図はルーサ・ヴァンドロス「Always and Forever」だ。客電が落ち、声優・山寺宏一氏のナレーションによる前口上の後に披露されたオープニングナンバーは、常に更新した歌を聴かせてくれる鈴木の真骨頂ともでもいうべきYOASOBIの「怪物」だ。“ラヴソングの王様”・鈴木が「2020年代のラヴソングという意味で群を抜いていると思う」と、今=令和を代表する一曲をファンクミュージックに仕立て、披露した。“大人度”が増した槇原敬之「SPY」のカバーに続き披露したのは、数多くのアーティストがカヴァーしている、日本のポップスシーンに残る名スタンダードナンバー、キリンジ「エイリアンズ」だ。ゆったりとしたアコギのイントロが印象だが、ベースが太いリズムを刻み、そのリズムにたゆたうように鈴木の深く太いボーカルが乗り、さらにコーラスが加わると、得も言われぬ感動が浮かび上がってくる。

鈴木の声のパワーと伸び、そしてキレ。さらに繊細と獰猛さを持ち合わせている。客席に襲い掛かるように向かってきて、そして優しく包み込むような感覚。これがグループでデビューしてから42年、ソロで35年様々な曲を歌い続けてきた、キャリアという強い武器が成せる技なのか…前半の3曲を聴いただけで色々なことを感じさせてくれた。

昭和~平成~令和の名曲が次々に登場。時空を超えた音楽の旅を楽しむ客席

布施明「君は薔薇より美しい」のパンチ力は凄まじく、「ルビーの指環」(寺尾聰)ではギターのイントロが流れてきた瞬間、客席から歓声があがる。松本隆のダンディズムを感じる歌詞のAORを鈴木が歌うと、よりセクシーな空気を纏う楽曲になる。「道化師のソネット」(さだまさし)は、そのソウルフルな歌で、原曲とは違う肌触りだが、オリジナルが持つ圧倒的な切なさはその温度と共にそのまま伝えてくれる。客席は時空を超えた音楽の旅を楽しんでいる。昭和、平成、令和、それぞれの時代を彩った、彩る名曲達が次から次へと流れてきて、幸せな時間を作り上げる。

「震災、コロナ、乗り越えなければいけない環境でアルバム(『DISCOVER JAPAN』シリーズ)を出してきて、改めて日本を見直そうと思った。その中で活力、エネルギーになるものが“音楽”であるのは間違いないと思った」と、これまで自身が辿ってきた道を振り返って、改めてそれが間違いではなかったと確信した夜になった。それは客席のファンの、マスク越しからでもわかる輝くような笑顔が物語っていた。

「バラードを丁寧に人々の心に届けられるようなヴォーカリストでありたい」

日本各地で度々起こる震災、そしてコロナ禍で大切な人を亡くした人も多いはずだ。鈴木も35年の間に大切な肉親を亡くしている。そんな計り知れない大きな“喪失”を経験している人の心に届けとばかりに「木蓮の涙」(スターダスト☆レビュー)、「愛し君へ」(森山直太朗)を、ひと言ひと言丁寧に伝えるように、寄り添うように歌うと、涙を拭いながら聴いている人の姿も。この日も語っていたが、鈴木は常々「バラードを丁寧に人々の心に届けられるようなヴォーカリストでありたい。そして色々な作品を、誰の歌でもあっても”自分色”に染め上げ、自分の世界を作り上げたい」というブレないポリシーがある。その姿勢が明確に出ているのが『DISCOVER JAPAN』シリーズだ。

自他共に認める“ラヴソングの王様”。その「鈴木雅之のラヴソングの世界を創ってくれたのが小田(和正)さんだった」と語り「別れの街」を披露。小田のコーラスと鈴木の声が交差するとスタイリッシュな薫りが立ってくる。「おやすみロージー」では、山下達郎の一人多重アカペラが流れ、鈴木の情熱的かつメロウな歌声と重なり、抜群の肌触りに。大沢誉志幸が手がけたソロデビュー曲「ガラス越しに消えた夏」は、全く色褪せないのはもちろん、今の鈴木のボーカルが、楽曲が持つ瑞々しさと切なさを増幅させ伝えてくれる。小田和正、山下達郎、そして大滝詠一という3人の日本のポップス界の巨人から楽曲提供を受け、プロデュースしてもらっているのは、鈴木ただ一人だ。ポップスの職人達から愛される鈴木の歌声、音楽のセンスは、今も進化を続け“深化”している。

ファンキーな「DRY・DRY」で総立ちの客席は熱くなり、「違う、そうじゃない」でさらに熱気が高まり、「め組のひと」では全員が笑顔で心で一緒に歌っていた。この日の客席は幅広いファン層で埋め尽くされて、誰もが体を揺らしながら楽しんでいたが、その全世代をカヴァーできるのが、圧倒的な親近感と切なさを感じるメロディーが印象的な名曲「夢で逢えたら」だ。この曲もみんな心の中で口ずさんでいる。

「辛い時、悲しい時、苦しい時、言葉じゃなくて寄り添ってあげられるもの、みんなの大切なメロディーを届け続けていきたい」

「辛い時、悲しい時、苦しい時、言葉じゃなくて寄り添ってあげられるもの、みんなの大切なメロディーを届け続けていきたい」と語り、玉置浩二の「メロディー」を歌い始める。原曲とは違うアプローチで、作者(玉置)がこの曲に込めた熱を、丁寧に掬い上げていくように歌う。客席に感動の波が広がっていくのが伝わってくる。

『かぐや様は告らせたい』の主題歌「GIRI GIRI」を、すぅと披露

アンコールは、これも60歳を超えてもなお新境地に挑み続けるヴォーカリスト・鈴木雅之の、進化の“証”となったアニソン「GIRI GIRI」だ「いざ自分がステージで還暦を迎えたら、まだ届けなければいけない歌がいっぱいあると思った。だからこそ色々挑戦をしてみようとアニソンの世界にも飛び込んで、アニメ『かぐや様は告らせたい』の主題歌を3期連続で歌わせていただきました」と語り、アニソン界の“永遠の”大型新人が、新しいパートナーで、2021年にバンド活動を休止したSILENT SIRENのギター&ヴォーカルの“すぅ”をフィーチャリングし、披露。大人の色香を纏う声の鈴木×ファニーボイスのすぅが、ダンスを交えながら、告白直前の“GIRI GIRI”の攻防を繰り広げるファンクナンバーだ。二人の声が交差し、エネルギッシュなグルーヴが生まれる。こんなにギラギラしたポップスを創り上げることができる65歳、他にはいないだろう。

「人間、歳を取ることが怖いんじゃなくて目標を見失うことが怖いんだ。だからみんなも小さなことでいいから目標を持って欲しい」

「代表曲をお届けします」と「恋人」と「もう涙はいらない」を続けて披露。このライヴの主役はもちろん鈴木雅之だが、凄腕ミュージシャンが揃うバンドのアンサブルの素晴らしさ、そして高尾直樹、露崎春女の変幻自在、圧巻のコーラスが歌をさらに光を当て、それらが一つになって感動を大きくしていた。

「人間、歳を取ることが怖いんじゃなくて目標を見失うことが怖いんだ。だからみんなも小さなことでいいから目標を持って欲しい」という言葉が心に響く。目標を持って新しいことに挑戦していくこそが“生きる”ことである、ということを身をもって提示し続けている鈴木の言葉は深い。そんなメッセージを込め最後に「明日への手紙」(手嶌葵)を歌った。客席、そしてWOWOWの中継でこのライヴを楽しんでいる全ての人に向け、手紙をしたためるように<明日を描くことを止めないで><人は迷いながら揺れながら 歩いてゆく>と想いを込め歌い、届ける。

全公演無事に走り抜けた鈴木とバンドメンバー、スタッフに大きな拍手が贈られる。鈴木の歌にファンは感動の涙を流し、マナーのいいファンの『声なき声の大合唱』が、鈴木とバンドメンバー、スタッフを感動させた。今が最高なんだと歌い続けている鈴木の思いは、このツアーに足を運んだ全てのファンにしっかり届き、心に刻まれたはずだ。

今夏フジロックに出演。11月は服部隆之とのシンフォニックコンサートを開催

11月にはカヴァーアルバム『DISCOVER JAPAN』シリーズのサウンドプロデューサー・服部隆之と共に、オーケストラアレンジでのツアー『billboard classics 鈴木雅之 Premium Symphonic Concert 2022 featuring 服部隆之 ~DISCOVER JAPAN DX~』を予定しているが、まずは直近に初出演する真夏の“フジロック”のステージで、スーツとエナメルシューズで決め、濃厚なラブソングを軽やかに歌う“ザ・大人”の鈴木に注目したい。

※服部隆之の「隆」は「生」の上に横棒が入る旧字体が正しい表記です。

鈴木雅之 オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

田中久勝の最近の記事