アーティスト、クリエイターとそれを支えるスタッフのメンタルヘルスケアの重要性が、エンタテインメント業界の大きなテーマ

近年、アーティスト、クリエイターとそれを支えるスタッフのメンタルヘルスケアの重要性が、エンタテインメント業界の大きなテーマになっている。コロナ禍でライヴやコンサートが軒並み中止となり、生活の糧を失うアーティスト、スタッフは少なくなかった。生活への不安に苛まれ、精神的に追い込まれ、心のバランスを崩してしまう人は多い。

レコード会社最大手ソニー・ミュージックエンタテイメント(SME)が昨年9月、アーティスト、スタッフ等にメンタルサポートを行なう「B-side」プロジェクトをローンチさせた。その担当者のソニーミュージックの徳留愛理氏と尾花慎二氏に、このプロジェクトの詳細と現状について話を聞いた。

表に立つ自分(A-side)だけでなく、普段の自分(B-side)を大切に。そしてソニー・ミュージックグループのスタッフは、どんな時もアーティストやクリエイターのそばに(Beside)。

まず最初に「B-side」というプロジェクト名については、表に立つ自分(A-side)だけでなく、普段の自分(B-side)を大切に、そしてソニー・ミュージックグループのスタッフは、どんな時もアーティストやクリエイターのそばに(Beside)、という2つのメッセージを込められている。どんな時もそばにいる――このひと言、事実が、アーティスト、クリエイターにとってどんなに心強く、大きな存在か。このプロジェクトの存在自体が、SMEで活動するアーティスト、クリエイターにとって大きな心の拠りどころになるはずだ。

「社員をケアするという部分では産業医さん、保健師さんという存在がありますが、アーティスト、ミュージシャン、広い意味でクリエイターの皆さんをサポートするためには、新たなメンタルヘルスケアの仕組みを構築する必要性がありました」(尾花)。

尾花氏は「B-side」が生まれたきっかけをそう教えてくれた。これまでは、アーティストやクリエイターのメンタルヘルスケアはマネージャーの仕事でもあった。しかしSNSというよくも悪くも大きな存在によってそれは変化してきた。このプロジェクトのリーダーで、アーティストマネージャーとしての経験が豊富な徳留氏は、アーティストとファンの距離感の変化が大きなポイントだという。SMEの傘下には、アーティストやタレント、お笑い芸人等を多く抱えるマネジメント会社・ソニー・ミュージックアーティスツがある。またソニー・ミュージックレーベルズの中には、King Gnu、緑黄色社会などのアーティストのマネジメントを行なっている、徳留氏が所属しているSML Managementがある。このほかにもSMEでは、声優、作家、ネットを中心に活動するクリエイターなど、幅広いアーティストやクリエイターをサポートしている。

「SNSの登場によってタレントやアーティストと、ファンとの距離感が変わったことは大きい」

「SNSの登場によってタレントやアーティストと、ファンとの距離感が変わったことは大きいです。近くなって、いい部分もあると思いますが、のべつまくなしで情報が入ってくるし、それを見てしまい、心のバランスを崩してしまうケースもあると思います。こうなってしまうとそのフォローはマネージャーだけでは難しく、プロの方達のサポートを受けながら、アーティストを支えた方がよい場合もあるのではないかと思っています。さらにコロナ禍で活動がままならなくなって、それまで感じたことがない不安に苛まれているアーティストやスタッフは少なくありません。エンタテインメントというものに対して“不要不急”という言葉を出されてしまうと、アーティスト、タレントは自分達のやっていることを否定されているように感じる人もいたり、物理的に時間ができた結果、色々考えてしまい、ネガティブになってしまう人もいるのでは思います」(徳留)

時代の変化と共に、マネジメント方法も変化に迫られてきた。ちなみに徳留氏はマネージャー時代、アーティストのメンタルケアをどういう方法でやり、そして自身の心のケアはどうしていたのだろうか。

「話をひたすら聞くということもありましたが、改まってなんでも話をしてくれるタイプのアーティストばかりではないので、見ていてちょっとしんどそうだなって思ったら、こちらから聞いてみるとか、きめ細かく観察を続けるとか、仕事の負担を少し減らすとか、アーティストによって色々と対処していました。私について言えば、細かいことはもちろん話せないにしても、推して知るべし、的な仲間がいて、そこで話をして、気持ちを共有するだけで心が少し軽くなっていました。でも『これはまずい』と自分でも思ったこともありました。私が現場でやっていた当時は、心療内科という存在もあまり知られておらず、あったとしても行くのが憚れる、そんな風潮でした。その時はそういうことを話せる仲間もいませんでしたので、鬱々としながら、空を眺めることくらいしかできませんでした(笑)。そんな経験もふまえ、『B-side』はアーティストに利用して欲しい、というところからスタートしていますが、それと同じくらい、もしくはそれ以上に、アーティストやタレントと直接仕事しているマネージャー、スタッフに利用して欲しいです」。

メンタルヘルスの問題は、海外に比べるとまだまだ理解やサポート体制が十分ではない

日本ではメンタルヘルスの問題がタブー視されたり、偏見が根強く残っていたり、精神論で片付けられていた時代が長く続いた。だから現在も、進んできたとはいえ、海外に比べるとまだまだ理解やサポート体制が十分ではない。「B-side」は【オンライン相談】【カウンセリング】【定期チェックアップ】という3つのサポートを提供している。

「まず【オンライン相談】は、24時間365日、健康上の不安を匿名で医師にオンラインで相談できるツールです。【定期チェックアップ】は、年に一度の健康診断と同様にメンタル面のチェックアップも定期的に行います。30分程度のセッションで、受診は任意です。そして【カウンセリング】では、臨床心理士や公認心理師などの専門家によるメンタルカウンセリングを受けられます。機密保持には細心の注意を払って運営しています」(尾花)。

「【カウンセリング】では、複数のカウンセリング団体と契約していて、男女、年齢、相談の領域など、カウンセラーを相談者が選べるようになっています」(徳留)。

カウンセリングを体験

後日、筆者も実際にカウンセリングというものを体験してみた。1時間、今悩んでいること、気になっていること、心の襞の、その間に潜んでいるようなことも聞いてもらった。それが自然に口をついて出てきた。カウンセラーは真摯に向き合ってくれ、時に心の状態をイラスト化したものを見せてくれながら科学的に解説してくれ、どうすれば悩みの出口が見つかるのかということが、説得力をもって伝わってきた。

「私もプロジェクト立ち上げにあたり、カウンセリングを受けました。知っている人には話をする時って、ちょっとカッコつけたり、“大丈夫前提”で話をしてしまいがちですが、カウンセラーに対してそういう態度は必要ないので、あまり今まで話したことがないようなことも話していたと思います。カウンセラーは、客観的に傾聴し、効率的にいい方向に導いてくれました。ただ、カウンセリングは相性の問題が非常に大きいので、一度で自分に合うカウンセラーさんと会えるとは限らないことも留意しておく必要はあります」(徳留)。

「B-side」という駆け込み寺の存在が安心感に

「B-side」という駆け込み寺の存在があるだけで、アーティストやそこに関わるスタッフは安心できるはずだ。

「そういう存在でありたいです。何かあった時に、支えようとしてくれる組織やシステムが社内にあるということを知ってもらうことが大切だと思います。一回オンライン相談をしたり、カウンセラーと話をしただけですぐに変化を感じることは難しいかもしれませんが、でも何かあった時に『確か、こういう時はこうすればいいって言ってたな』とか、それを思い出して参考にしたり、意識を持ってもらえると、多少変わってくるのでは、と思っています」(徳留)。

アーティストやタレントが自分らしい心でクリエイトし、それを支えるスタッフも健康で健全な心で働いて欲しい

「B-Side」プロジェクトに関わる10数名は、全員が兼務で運営に携わっている。それぞれの仕事をこなしながら、社内、社外から様々な情報を入手し、精査、日々ブラッシュアップさせていっている。「B-side」は活用して欲しいが、本当は活用しなくてもいい状況になっていることが理想的だ。

「使われずに済むのは、つまり皆が元気に活動できているからかもしれないので、そうなって欲しいという思いで運営しています。その一方で、もし必要が生じた時にはこのプロジェクトの存在を思い出してもらえるように、周知の取り組みも進めていきたいと思っています」(尾花)。

アーティストやタレントが自分らしい心でクリエイトし、それを支えるスタッフも健康で健全な心で働いて欲しい――そう願う「B-side」の取り組みが、もっと広くアナウンスされ、エンタテインメント業界を始め業界内外で、メンタルヘルスケアの問題がもっと語られるべきだ。

ソニー・ミュージックエンタテインメント オフィシャルサイト