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松下洸平 役者としてシンガー・ソングライターとして、どんな“ステージ”でも滲み出るその“誠実さ”

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
Photo/Viola Kam (V'z Twinkle)

1月20日、俳優、シンガー・ソングライターとして活躍する松下洸平のライヴツアー「KOUHEI MATSUSHITA LIVE TOUR 2022 ~CANVAS~」のファイナル公演を、中野サンプラザで観た。彼のライヴはこの日が初見だったが、表情豊かな歌、体に染みついているルーツミュージックでもあるR&B、ブラックミュージックのリズムと、凄腕ミュージシャンが揃うバンドが作り出すグルーヴとが三位一体となって、その世界に引き込まれた。そして本人も客席も全力で心から楽しんでいるのが伝わってきて、清々しい気持ちになった。・

2021年、松尾潔プロデュースのシングル「つよがり」で、2度目のメジャーデビュー

松下は現在は俳優として映画・舞台・ドラマで大活躍しているが、2008年にシンガー・ソングライター「洸平」としてメジャーデビューしている。その後NHK連続テレビ小説『スカーレット』でヒロインの夫・十代田八郎を演じ、俳優として大きな注目を集めるようになり、俳優業が多忙になっていった。しかし地道にライヴ活動を続け、歌うことは止めなかった。そして2021年8月、松下が敬愛する松尾潔をプロデューサーに迎え、シングル「つよがり」で2度目のメジャーデビューを果たした。『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)、『うたコン』(NHK)、『MUSIC FAIR』(フジテレビ系)など歌番組にも出演し、この大人の男女の別れを描いたR&Bバラードを情感たっぷりに歌い、そのシンガーとしての実力を多くの人に伝えた。

全国ツアーのファイナルは、中野サンプラザ2days

そして2021年12月22日には初のミニアルバム『あなた』をリリース。「つよがり」に続いてプロデュースを手掛けた松尾の手による3曲と、松下自身が作詞・作曲した2曲が収録されている。この作品を引っ提げ1月8日の宮城を皮切りに、ライブツアー『KOUHEI MATSUSHITA LIVE TOUR 2022 ~CANVAS~』を行ない、愛知、大阪と回りその最終地が東京・中野サンプラザでの2daysだ。このツアーは全公演ソールドアウトとなった。

「真っ白いキャンバスにみなさんと共にたくさんの色を乗せ、一枚の絵として完成させたかった」

松下は、画家である母の影響を受け、美術系の高校で油絵を専攻し最初のデビュー時は、“ペインティング・シンガー・ソングライター”として活動をしていた。「真っ白いキャンバスを見ると血が騒ぐ。たくさんの色を乗せ一枚の絵として完成させたかった」と語っていたように文字通り“アーティスト”として、自身が持つ全ての“色”と、ファンの“色”とでキャンバスを彩り、ひとつの“作品”を作り上げるツアーだった。

「FLY&FLOW」「STEP!」と、体が自然に揺れる心地いいリズムを刻む、躍動感あふれるナンバーで客席を煽る。しかし声を出せないファンは笑顔と体を揺らしアピール。18歳の頃から曲を作り始めたという松下の初期の作品「止まない雨」と「涙の中に君がいる」は、洸平名義で発表しているソウルフレーバー漂う楽曲。「僕ら世代にとって、松尾潔さんは青春の音楽、僕の青春を作り上げてくれた方」とその影響を強く受けた“衝動”が詰まっている。「涙~」は強い高音が印象的で、続くロマンティックなナンバー「One」でも美しいファルセットを響かせていた。「僕の記念すべき2回目のデビュー曲。40歳になっても50歳になっても60歳になってもずっと歌い続けていきたい僕の宝物」とデビューシングル「つよがり」を披露。

R&B、ブラックミュージックをベースにしたポップソングが、“映える”声

松下はその声の“成分”の肌触りが抜群にいい。ややスモーキーがかった甘さと、凛とした部分と柔らかな部分が、光と影両方を引き立てる。だから言葉が立って、聴き手の心の奥深くまで届く。松尾が書く歌詞も、その行間に流れる情緒をきちんと掬い上げて、情感豊かに歌いあげ、伝えることができる。色気も感じさせてくれ、R&B、ブラックミュージックをベースにしたポップソングが一番“映える”。音源化されていない楽曲「エンドレス」は、ボーカルとバンドのグルーヴが交錯し生まれる熱、エモーショナルさがクセになる一曲だ。

シンガーとしての“強さ”を改めて感じさせてくれた、宇多田ヒカル「君に夢中」(ドラマ『最愛』主題歌)のカバー

この日は、松下が出演していた人気ドラマ『最愛』(TBS系)の最終回からまだ間もないとあって“最愛ロス”を感じている人が多かったはずだ。『最愛』への熱い思いを語る松下。キャリアの中でも特に大切な作品になったようだ。その主題歌でドラマをより盛り上げ、欠かせない存在になっていた宇多田ヒカル「君に夢中」をカバー。頭のフェイクから引きつけられる。この難易度が高い曲を、オリジナルを最大限にリスペクトしながらも、見事に自分色に染め上げ、シンガーとしての強さを改めて感じさせてくれた。メロディに歌詞を乗せるのではなく、歌詞にメロディを乗せ、演じる視点に重きを置いて、歌っていることが伝わってくる。

バンドが作る極上の音と歌が交差し生まれる、気持ちいいグルーヴ

それにしてもバックバンドが作り上げる音、アンサンブルの気持ちよさは格別だった。太いリズムが松下の声と交差した時に生まれるグルーヴは、このライヴの聴きどころだ。ずっと聴いていたくなるようなサウンドは、松下の盟友でこの「エモい音」(松下)が松下の音楽には欠かせないという、バンマスでもあるNulbarichのギター・カンノケンタロウ、同じくNulbarichのベース永井隆泰、そしてドラムの海老原諒、キーボード平野晋介、マニピュレーター足立賢明が弾き出している。歌を立てながらも、それぞれの音がきちんと主張している。「Heart」はカンノのギターだけで披露。目で呼吸を合わせながら歌う松下。そこにはただただ音楽を楽しむ二人の音楽少年がいた。二人がこの時間を愛おしんでいるのが伝わってくる。「十数年彼と一緒にやっているけど初めてです。隣で歌っててパッと見たら中学2年生のカンちゃんが見えた。なんかちょっと泣きそうになっちゃって」と語る松下の優しい表情が印象的だった。

コロナ禍、ファンや家族に会えない淋しさを歌にしたという「みんなが見てる空」は、それでもつながっているんだと、優しく背中を撫でてくれるような作品だ。ベースがうねるAORテイストの「彼方」で、また客席の心が躍り出す。「KISS」は2015年に松下自身が作ったグルーヴィーな楽曲。これまでも度々ライヴで披露されていた、ファンの間でも人気の高い楽曲で、3月14日に配信されることが発表された。2008年の1度目のデビュー曲「STAND UP!」をソウルフルに歌いあげ、本人、バンド、そして客席がとことん楽しみ、まさに会場が一体化。「聴いてくれるみなさんがいて、初めて僕はここに存在することができる。僕にとって最愛な『あなた』はみなさんのことだと思っています」と、ラストナンバーの強いバラード曲「あなた」を、万感の思いを込め歌った。

「みんなと一緒に新しい世界を見たい。もっともっとすごい景色を見たい」

アンコールはピアノの弾き語りで「握手」を披露。<このストーリーの主役は僕さ 誰にも譲れない>という歌詞が、アーティスト松下洸平の今の充実ぶりを表しているようで、熱を湛え、強く伝わってくる。「みんなと一緒に新しい世界を見たい。もっともっとすごい景色を見たい」と語り「旅路」を歌い始める。ミニアルバム『あなた』に収録されている松下が書いた楽曲で、どんなことがあっても前に進み続けるんだという、決意表明のような歌を力強く、ファンとそして自身に向け歌った。

その歌にも言葉にも感じる清潔感と“誠実さ”

歌にも、客席に語りかける言葉ひとつひとつにも、松下洸平というアーティストの、そしてひとりの男として“誠実”さが滲み出ていた。これは装ったり作ったりできるものではない。そして何をやっても様になる男——それは音楽からも芝居からも愛されている“表現者”だから――。

なお、この中野サンプラザ公演の配信映像が、松下の35歳の誕生日である3月6日(日/15:00〜18:00※アーカイブ期間 放送終了〜3月11日(金)23:59)に、再編集されたスペシャルver.として配信される。

松下洸平 オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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