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大滝詠一が『A LONG VACATION』40周年でやりたかったこと、聴かせたかったもの<後編>

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/ソニー・ミュージックレーベルズ

<前編>に続いて、貴重な音源、資料が満載の、名盤『A LONG VACATION』40周記念の完全生産限定盤VOX『A LONG VACATION VOX』(4CD+Blu-ray+アナログレコード(2枚組)+カセットテープ+豪華ブックレット+復刻イラストブック+ナイアガラ福袋)について、関係者にインタビュー。大滝詠一の“体温”が感じられるこのVOXに込められたその思いを紐解く。

『A LONG VACATION VOX』は、さながら、家で見る、感じる“大滝詠一『A LONG VACATION』展”

DISC-4の『A LONG VACATION RARITIES』も“ロンバケ”周辺の音楽の初CD化、初出音源のオンパレードで興味が尽きない内容のVOXだ。まさに家で見る、体験する“大滝詠一展”という感じだ。

「誰も想像もしなかった時代が訪れて、でもそんな中でもこれだったら仰るように、どこか展示している場所に出かけなくても、イベント的な感覚で楽しんでいただけるのはと思っています。我々音楽ファンにとってはまさにディズニーランドのような大人のワンダーランドです」。

「大滝さんは“ロンバケ”について、外からの色々な要因が産んでくれた作品でもあるということに、いつも感謝していました」

このVOXは、大滝の“体温”を身近に感じることができる仕上がりになっている。

「色々な人にも愛された結果が、本人にとって初の大ヒットアルバムになったという事実はありつつも、本人は自分一人で作った訳ではなく、ありがたいことに外からの色々な要因が産んでくれた作品でもあるということに、いつも感謝していました。同時に、プレゼンでボツになった音源が収録曲として生まれ変わったり、失敗も成功に繋がるんだよということも伝えたかったはずです。『Road to~』を聴いていただいたり、インタビューを読んでいただくと、1回の失敗でくじける必要なんてないと思ってもらえると思うし、それはどんなことをしている人にも当てはまる、大滝さん流の人生の指針を教えてくれているなと感じています。少し大げさかもしれませんが」。

他のアーティストへの提供曲で、ボツにならなければ“ロンバケ”の収録曲にはなっていなかった作品があったり、不思議な巡りあわせを感じさせてくれる。

「挫折したものに新しい息吹を吹き込んで、“ロンバケ”という一枚の作品になっていることが、このVOXを作っていて、これは明るい提案だなって思えた大きな理由だと思います」。

「“ロンバケ”は大滝さん、松本隆さん、永井博さん、3人のトライアングルの作品。誰一人欠けてもここまでの成功はなかった」

先日発売された雑誌『Pen』(CCCメディアハウス)の大滝詠一特集号で、作詞家の松本隆は“ロンバケ”について語っていたが、VOXではその手書きの第一稿の貴重な原稿も見ることができ、これを見て曲を改めて聴くと、また言葉が違った感じで伝わってきたり、歌が違う感じに聴こえてくる。

「改めてこの“ロンバケ”という作品は、大滝さんと松本さん、そしてジャケットを手がけてくださった永井博さんの、3人のトライアングルのアルバムだなと思いました。三者が協力して作った共作だということを、改めてたくさんの人に伝えたいです。誰一人欠けてもここまでの成功はなかったということです。今回アルバム収録曲全ての直筆の歌詞を提供していただいたのですが、特に『君は天然色』の歌詞をよく読んでいただくと、世に出たものとは違っています。普通だったら、そういうものはあんまり出したくないと思うと思いますが『これは歴史的事実だから』ということで、松本さんも『発表していいよ』と言ってくださったことも、本当にありがたかったです」。

名盤の名盤たる所以を、学術的に証明している興味深い資料

驚いたのが、ブックレットのラストに初代“ロンバケ”から30周年記念盤まで全7種類のマスタリングレベルを解析して、大滝詠一/ナイアガラレコードの軌跡を学術的に考察した研究論文が収録されていることだ。名盤の名盤たる所以を、学術的に証明している資料まで見せてくれている。

「元ソニー・ミュージックスタジオのエンジニアで、今は大学の専任講師をしている柿崎景二さんの研究論文で、本当に大学で発表したものです。 “ロンバケ”がデジタルの先駆けであり、CD第1号になっていて、 尚かつ周年毎に色々なデジタルマスタリングのものが出ていますが、それはその都度デジタルの進化を反映したものだということを、数値で実証したものです。学術的にも“ロンバケ”という作品が研究対象になっているというのは、それも面白いトピックスだと思い収録しました」。

「君は天然色」のミュージックビデオが初めて制作されて、3月3日に公開され早くも約400万回再生(4月3日現在)と話題になっている。揺れる水面や水の動きが美しく、キラキラしたサウンドと本当にマッチしている。

「3月21日にサブスクでも配信するということが決まっていましたので、海外の方にも聴いていただける機会が増えるので、YouTubeでの映像は必須になってきます。今、海外でシティポップが盛り上がり、ブームになっていて、そのアイコンとして使われているのが永井博さんのイラストです。それと個人的に思っているのは、究極のシティポップの音とは何かと言ったら、はっぴいえんどやティンパンアレイ、パラシュートなどでシティポップを彩ってきた鈴木茂さんのギターの音色だと思っていて。だからアイコンとしてその二つが揃っている作品として、“ロンバケ”というのはすごくありがたい作品です。VOX用に1979年発表した『A LONG VACATION artbook』を復刻した際、永井さんが当時のイラストをフィルムでお持ちだったのでそれを使用してMVを作ろうと思いました。同じタイミングでアニメ作品『かくしごと』のエンディングテーマに「君は天然色」が起用され、そのTVエンディング映像を手掛けていたのが、『君の名は。』『天気の子』の予告編演出などで有名な、世界的なアニメ映像ディレクターの依田伸隆さんでした。依田さんも以前から大滝詠一作品の大ファンということを聞き、無理を承知でMVの制作をお願いしたところ、快く引き受けてくださいました。『かくしごと』のプロデューサーも元々ソニーにいた方で、ここでも色々な縁やつながりがあって、あのMVが実現しました」。

「“ロンバケ”は最初にCD化されたアルバムなので、あの音が基本。しかし、あらゆるメディアで聴かれた時に、最高の音で聴けるように仕上げなければいけない」

Blu-ray Discには映画『私をくいとめて』のためにニューミックスされた「君は天然色」のみならず、『A LONG VACATION』全曲を5.1chサラウンド音源で収録するという、プレミア感のある音源になっている。

完全生産限定盤VOX『A LONG VACATION VOX』(3月21日発売/23000円+税)
完全生産限定盤VOX『A LONG VACATION VOX』(3月21日発売/23000円+税)

「この映画自体にも色々な縁があって実現しました。最初『君は天然色』を5.1chサラウンドでというお話を頂いた時は、現行の2chのステレオマスターをただ機械的に5.1ch化していただくつもりでした。ところが、大九明子監督から劇中で歌始まりから使いたいとお願いされて。元のステレオマスターではエディットしても、直前のイントロ部の音が残ってしまい綺麗に始めることが出来ません。そこで、大滝さんもサプライズ好きだったので、こうなったらオリジナル・マルチトラックから5.1chにリミックスしてプレゼントしようと。実際に作ってみたところ5.1chとの親和性がすごく高くて、それで全曲やってみようということになりました。でも当初、エンジニアに打診したところ『難しい』と言われて。“ロンバケ”のレコーディングは、楽器がバラバラに録音されているのではなく、特に「君は~」は十数人の音が、ガッと2チャンネルにまとめられているので、これを広げろと言われても、確かに無理な話です。“ロンバケ”に関しては、やはり最初にCD化されたアルバムということで、あの音が基本なので、今回のDISC-1のマスタリングも、できることなら触りたくないというのが本音だと言われました。音作りのベースはCDですが、あらゆるメディアで聴かれた時に最高の音で聴けるように仕上げなければいけないので、大滝さんが生前望んでいたであろうことを、我々が我々なりに汲み取って作っています。5.1chについても『聴いて違和感があったら言ってください』とエンジニアから言われ、そのテクニカル的な意味合いよりも、聴いた直感で何か違うと思ったら、それはもうだめだから、ということを言われて、そこがポイントになりました。でもまったく違和感がなく、逆に“ロンバケ”ってここまで立体的な音、あるいは映像的な展開がこんなにぴったりくるんだという新しい発見がありました。結果的には本当に素晴らしい仕上がりで、色々な方に褒めていただいて、映画にもすごく合っていたし、エンジニアもやってよかったと言っています」。

『A LONG VACATION 40th Anniversary Edition』特設サイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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