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遥海 ルーツ音楽と向き合い、進化した新作を発表 その歌は、痛みを知るからこそ人の気持ちに寄り添える

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供 ソニー・ミュージックレーベルズ/アリオラジャパン

11月、初のミュージカル『RENT』に出演するも、自身も含め出演者が新型コロナウイルスに感染し、公演中止に

デビュー前から大きな注目を集めていたシンガー・遥海が、シングル「Pride」でメジャーデビューしたのは2020年5月。コロナ禍でのデビューで、希望と不安が交錯する中、彼女は懸命に歌った。自身が「この歌があったからここまでこれた」と感情移入する「Pride」や、カップリング曲「answer」の、前向きな世界観を感じさせてくれる歌は、聴く人を勇気づけた。そして11月にはミュージカル日本版『RENT』でミュージカルデビューを果たしたが、公演中に遥海を含む出演者が新型コロナウイルスに感染。2週間で公演中止となってしまった。遥海は心身ともに苦しい入院生活を送り、そして復活を果たしし、様々な思いを込めたEP『INSPIRED EP』を2月17日に発売した。そんな遥海に久々にインタビュー。強い光が宿るその瞳に、引き込まれた。

入院中の遥海を支えた最新オリジナル曲「FLY」

「最初はホテル療養でしたが、どんどん体調が悪くなり病院に入院しました。歩くだけで息苦しくて味覚障害が出て、初めての舞台の『RENT』が中止になった悔しさと、体調の悪さとで、本当に苦しかったです」。

そう、新型コロナウイルスへの感染による症状、苦しかった入院生活のことを語ってくれた。遥海が『RENT』で演じたのは、スパニッシュ系のドラッグ中毒のダンサー・ミミだ。自分の中にはないキャラクターと向き合い、そしてミミが歌うパワフルなソロ曲をはじめ、様々なジャンルの音楽に取り組み、悩み、試行錯誤しながら懸命に稽古に励み、初日を迎えた。

「ミミという役は全く自分の中にないものばかりなので、でもそれを自分の中で何かに例えられることができてリンクした時、初めて嘘のない演技ができると演出家に言われて。その言葉で前が開けて、とにかく稽古をして初日を迎えましたが、でも舞台って本番で進化し続けると思っていたので、それが進化の途中でいきなり途切れてしまって…。舞台で、自分の演技も変化していっていると感じながら演技していたのに、その最終形を確認できないまま途中で終わってしまって、本当に気持ちが落ちました。でもそんな時、支えてくれたのは今回のEPに収録されている『FLY』でした。体調も悪いし、気持ち的にも辛すぎて“FLY”したいって思いました。まさか自分の曲で励まされるとは。本当にずっと聴いていました」。

「自分に何かあると、心の支えになってくれるのはいつも自分の曲だった。そんな曲達を早く皆さんにライヴで伝えたい」

「FLY」は、ゴスペルの要素を取り入れたコーラスが印象的な、美しいミディアムバラードだ。歌詞のひと言ひと言、 行間に感じる心の機微を丁寧に掬い取って歌う、その圧巻の表現力が聴きどころだ。遥海はカラオケ番組やオーディション番組で見せた、“圧倒的なボーカルパワー”というイメージが強いかもしれないが、圧倒的なのはその表現力だ。それがこの曲からは伝わってくる。遥海は作詞にも参加(共作)し、自分の思いを自分の言葉で紡いでいった。

「元々英語詞だったのですが、自分とリンクする部分は日本語で表現したいと思いました。今思うと『Pride』はコロナ禍でのデビュー時の曲で、ミュージカル『RENT』が終わってしまった時には、とことん弱さを曝け出している『WEAK』(配信リリース)という曲があって、病院のベッドの上で、困難を乗り越える過程で「FLY」という曲があって、こうやって考えると、私に何かあった時にはいつも自分の曲が寄り添ってくれて、そんな曲達を、経験を踏まえて改めてライヴで人前で歌える日を、楽しみにしています」。

遥海の血となり肉となっている、“インスパイア”された洋楽R&Bラブソングのカバーを収録。「裏テーマは私がシャワー中に聴きたい、口ずさんでいる曲」

『INSPIRED EP』(2月17日発売)
『INSPIRED EP』(2月17日発売)

『INSPIRED EP』はタイトル通り、オリジナル曲「FLY」と、遥海が幼少期からよく聴いてまさにインスパイアされた、2000年代の洋楽R&Bラブソングのカバーが4曲収録され ている。家族に連れられて通っていた、フィリピンの教会のクワイア(聖歌隊)に参加していたことで培った、ゴスペル的要素を各楽曲に融合させた。アリシア・キーズの2007年のヒット曲「No One」は、50centやEminemにも楽曲提供しているmasa ashがアレンジとボーカルディレクションを担当。 キーシャ・コール「LOVE」(2006年)はイケガミキヨシのアレンジ、「ビヨンセのパワーにも憧れますが、自分の理想像としては、今もリアーナに憧れています」と教えてくれたリアーナの「Take A Bow」(2008年)は、SIRUP、iri、eillなど数々のアーティストを手がけるプロデューサー・Mori Zentaro がアレンジ。そしてプッシーキャット・ドールズの「Stickwitu」(2005年)はDJ/プロデューサーのKosuke Haradaがアレンジを手がけている。影響を受けた、誰もが知る名曲の数々は「私がシャワー中に聴きたい、口ずさんでいる曲かも」とカバーした理由の裏テーマを教えてくれた。誰にも見られない、素になる時間にふと歌いたくなる曲達だ「原曲に寄せようとは思っていなくて、自分の色をしっかり出したかった」という彼女の思いが、それぞれのアレンジにも昇華され、注目のクリエイターたちのアレンジの競演という部分も、このEPの聴きどころのひとつだ。

「うまく歌わなくていい、というプロデューサーからの言葉に、何かが弾けた気がした」

「No One」以外のボーカル・ディレクションを担当するのは松浦晃久。平井堅やJUJU、リトグリを始め、数々のアーティストを手がけるプロデューサーと真っ向から、歌、伝えることに徹底的に向き合った。

「松浦さんに『うまく歌わなくていい』って言われた時は、何かが弾けた気がしました。日本語を“伝える”上で、松浦さんとの出会いが大きかったです。カバー曲は、自分なりの言葉にしようと頑張ると、同時に自分流にアレンジしたくなる自分もいて、でもそうではなくて、その曲の元々のよさを活かして、その上で自分を出すにはどうしたらいいか、ということをもっと考えた方がいいと、歌の押し引きの大切さを教えてくれました」

「FLY」に込められた思い、ロンドン・ウェンブリーアリーナで感じたあの感覚

そのレコーディングの様子は現在YouTubeで公開中の「INSPIRED EP」の制作活動に密着したドキュメンタリー番組『遥海 Special Story "PROMISE"』を観ると伝わってくるが、カバー曲それぞれに課題を課し、テクニックと、歌に向かう姿勢を磨き上げている。その集大成とでもいうべき作品が、オリジナル曲「FLY」だ。

「2018年にイギリスで「The X Factor (UK)」に挑戦した時に、ウェンブリーアリーナで感じた、羽が生えて飛んでいるようなイメージを思い出しました。悔しい思いをしたけど、忘れられないあの時の思いを曲に残せたし、『FLY』は色々な意味で今までの私の引き出しを全て出せた一曲になっています」。

2018年8月、「The X Factor (UK)」にチャレンジした遥海は順調に勝ち抜き、セミファイナルの「ステージ4」の舞台、ロンドン・ウェンブリーアリーナのステージに立っていた。同番組でおなじみの辛口プロデューサー、サイモン・コーウェルなど4人の審査員と3000人の観客を前に、圧巻のパフォーマンスを披露。スタンディングオベーションが起こり、サイモン・コーウェルからも高評価を得たが、惜しくも敗退。しかしバックステージに戻ってきた彼女は、同行取材をしていた筆者の前で、確かに「歌は100%力を出せました。まるで金色の羽が生えて、羽ばたいている自分が想像できました」と語ってくれた。あの大舞台で、力を100%出し切って歌えたことが、その後の大きな自信になっているし、それだけに忘れられない悔しさにもなっている。だから大きくなれた。<あなたが居るからそれだけで 世界は光輝く>――その時の思い、それまで感じてきた様々の思いの中で、自分の心の支えになっている強くも優しい言葉を、彼女は「FLY」に昇華させた。

多くのアーティストがそうだったように、ライヴが中止になるなどコロナ禍で思うように活動ができず、いくつもの悔しい思いを経験した遥海は、それを糧に歌を磨いてきた。意気消沈していた自身を奮い立たせた「FLY」を始め、聴き手に希望を与える歌が詰まった作品が『INSPRED EP』だ。

遥海 オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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