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次代の歌姫・草ケ谷遥海がワン・ダイレクション等を輩出した『X ファクターUK』に挑む――その一部始終

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
「ウェンブリー・アリーナで100%の力を発揮できたあの感覚を胸に、次に進みたい」

草ケ谷遥海(くさがや・はるみ)というシンガーを知っているだろうか。音楽バラエティ番組になどに度々出演し注目を集めていたが、そんな中出演した、今年1月にオンエアされた『第5回全日本歌唱力選手権 歌唱王』(日テレ系)で、惜しくも優勝を逃したものの彼女が歌った「Listen」(ビヨンセ)は、その圧倒的な歌唱力と表現力で、視聴者に感動を与えた。ネット上でも絶賛の声が飛び交い、大きな話題となった。すぐに『行列のできる法律相談所』(同)にも出演し、その歌で共演者を驚かせ、またも視聴者をくぎ付けにした。

高校生のとき、「X FACTOR OKINAWA JAPAN」に出場。いつか出たかった「X FACTOR UK」

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その後はライヴ活動を精力的に行い、歌を磨いていたが、実は彼女はこの夏、「人生最大のチャレンジ」(草ケ谷)に立ち向かっていた。それは世界的なオーディション番組、レオナ・ルイス、ワン・ダイレクションなどを輩出したイギリスのオーディション番組、「X FACTOR UK 2018」にゼロから挑み、3度渡英している。彼女は17歳・高校生の時に、「X FACTOR OKINAWA JAPAN」(2013年4月~2014年3月)に挑戦している。スーパー高校生として注目を集め、しかしオーディションの途中から、実力のある同世代の女子4人組グループ「Hey World」のメンバーとして、チャレンジを続けた。でも、望むような結果を手にすることができず、チャレンジは終了していた。しかし草ケ谷の心の中には悔しさと共にもの足りなさが残り、いつか“本物”の「X FACTOR UK」に挑戦したいと思い続けていた。そんな押さえきれない気持ちを、今年実行に移した。自ら応募して、先方からの連絡を待った―――。

レオナ・ルイス、ワン・ダイレクション等を生んだ「X FACTOR UK」への憧れ

6月2日、草ケ谷は羽田空港国際線ターミナルの、ロンドン・ヒースロー行きの搭乗口に、大きな希望と、お気に入りの衣装を詰め込んだ、小さな彼女がさらに小さく見えるほどの、巨大なキャリーケースを持って現れた。彼女はいつも緊張しているとき、声を出して気持ちをほぐすが、この日も出発前からすでに緊張していた。「「X FACTOR OKINAWA」の時とは全然気持ちが違います。年齢的なこともあるけど、なんだかんだいって「~UK」って、“本物”じゃないですか。沖縄の時は、オーディションを受けた人が大体3千人と聞いていますが、今回は約7万人です。ずっと受けようと思っていましたが、小さい頃から観ていた「X FACTOR UK」に自分が出るのは、場違いかなと思った。心の準備が沖縄の時のよりも何十倍も必要だった」。

「X FACTOR UK」は「ステージ5」まで競う。草ケ谷はまず「ステージ1」で、プロデューサーによるオーディションに臨む。

東京から12時間半。草ケ谷は初めてイギリスの地に立った。オーディション会場は、数々の世界的なアーティストがライヴを行っている、ウェンブリー・アリーナだ。オーディション前日、会場前に立つと、草ケ谷を再び緊張が襲う。人生をかけた1日が始まるわけだから、緊張も身震いもするのは当然だろう。

「なんで日本からわざわざイギリスまで来たの?」「もっと自分を試したかったから」

ウェンブリー・アリーナ前で
ウェンブリー・アリーナ前で

6月3日(現地時間)、オーディション当日。緊張した面持ちでウェンブリー・アリーナに向かう草ケ谷。一人での戦いが始まった。「会場に入ると、声出しの時間も与えられないまま、いきなりブースに入れられ、歌わされました。まず「I CANT MAKE YOU LOVE ME」(ボニー・レイット)を歌ったら、「もう一曲歌って」と言われ、とっさにJessie・Jの「Mamma Knows Best」を歌ったら、緊張からか、全然違う曲になっちゃって。でもすぐに「次に進んで」と言われて。喜んでいいのかどうかもわからない、慌ただしい感じでした。アジア人らしき人がほとんどいなくて、場違いなのかと思ったりもしました。次の審査に進む人が10人くらい集められ、部屋がいくつもあって、その中で歌いました。最初は「Listen」(ビヨンセ)を歌って、満足してもらえたような反応だったので、大丈夫かなと思ったら、「もう一曲ある?」って聞かれて。また違う曲を歌ったら「「Listen」はエモーショナルだね」って言われたので、この曲は自分の人生に寄り添ってくれている歌、この曲があったから多くの人に歌を聴いてもらえるようなったと訴えました。「なんで日本からわざわざイギリスまで来たの?」とも聞かれ、「もっと自分を試したかった」と答えました」。

そして、翌日の審査に進むことになったが、草ケ谷はスケジュールの都合で、帰国しなければいけなかった。それを訴えると、本来は翌日に行うはずの予定だったが、その場で歌を収録してくれ、それがステージ3であるビデオ審査という形になった。草ケ谷は一旦帰国。そして一週間後、合格の連絡が届いて、「ステージ4」、審査員によるオーディションに進むことになり、7月に再びイギリスへ行くことになった。

ウェンブリー・アリーナで、審査員、3,000人の観客を、歌で圧倒。「今まで頑張ってきた。ここで、悔いが残らないようなパフォーマンスができなければ負けだと、自分に言い聞かせた」

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7月19日、草ケ谷の姿は、再びウェンブリー・アリーナにあった。「まずプロデューサーの前で5曲歌わされました。自分ではアンドラ・デイの「Rise Up」を歌うつもりでしたが、「ホイットニー・ヒューストンをやりましょう」ということになって、歌いました。私は話声がそんなに大きくないけど、歌を歌うと声がすごく大きいので、しかもアジア人だし、そのギャップをプロデューサーが面白いと思ってくれたのでは」と自己分析した。

そしていよいよステージで、審査員を前に歌う時が近づいてきた。審査員というのは「X FACTOR」でおなじみの辛口プロデューサー、サイモン・コーウェル、そしてロビー・ウィリアムズとその妻で女優のアイーダ・フィールド、ルイ・トムリンソン(ワン・ダイレクション)の4人と、3000人の観客だ。本番までかなりの時間待たされた。気を抜けない時間が続き、緊張が高まる。しかしここで、草ケ谷の心は折れなかった。13歳の時から日本で生活を始め、言葉の壁に悩まされ、「伝えたいことを伝えられないのってこんなに地獄なんだ」と悔しい思いをして、その分、歌で伝えたいという強い気持ちを持って、ずっと活動してきた。「今まで頑張ってきたんだから、ここで悔いが残らなうようなパフォーマンスができなかったら、負けだよと自分に言い聞かせました。1か100がどっちか。ステージにあがった瞬間、足ががくがくしました。審査員のルイ(・トムリンソン)が緊張をほぐしてくれようとしたのか「時差ぼけ?」って聞いてきて、でも私、ルイのファンだったので、しゃべっていると余計に緊張しました(笑)。歌は100%力を出せました。まるで金色の羽が生えていて、羽ばたいている自分が想像できました。「歌唱王」の時に歌った「Listen」より気持ちよかった。最初は審査員も、お客さんも反応がイマイチだったので、2番から自分を捨てようと思って、どう思われてもいいやと思いました」

「色々考えすぎている自分を捨てることができた。その瞬間、気持ちが解放された」

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このオーディションの前に、彼女のインスタグラムのダイレクトメッセージに、心ないコメントが届いていたという。彼女は自分のアイデンティティを持つということに、苦しんでいた。「自分のことを疑ってしまっていた。そんな時期に「X FACTOR UK」に行って、イギリスで、アジア人、日本人として見られて、ネガティブなことを言われると思った。でもその時に、1か100かしかない、ということを思い出して、もうロンドンに来ることもないかもしれないと思い、色々考えている自分を捨てることができた。その瞬間、気持ちが解放された。そうすると客席も気にならなかった。で、歌い終わった後に、みんながスタンディングオベイションしてくれていることに気がついた」。

「サイモン・コーウェルの辛口な意見を聞きたかった」

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草ケ谷が歌を歌い始めた時は、キャラクターを演じている部分も多分にあるとは思うが、足をテーブルの上にあげ、悪態をついていたロビー・ウィリアムスも、2番を歌う頃には観客の大歓声も聞き、足を下ろし、驚いた表情で聴きいっていた。終わった後、草ケ谷はステージ上で泣いていた。「ホイットニーは、初めて歌が好きになったアーティスト。いわば初恋の相手だった。そのホイットニーの歌、初恋の歌を、初めて出た「X FACTOR UK」で披露できたのも、これもひとつの運命かなと思った。そうしたらサイモン(・コーウェル)に「この曲は色々な人が歌っている。だから違うものが観てみたい。この曲だと「X FACTOR UK」の中で進化していくあなたを想像できない」と言われました。そうしたらアイーダ・フィールドが「そんなことない、上手いし」って言ってくれて。「ホイットニーの存在がなかったら、私はこの舞台に立っていなかった」と素直に言うことができました」。

草ケ谷は、これまで様々なアーティストを見出してきた、サイモン・コーウェルの意見を聞きたかったという。「ダメ出しをして欲しかったし、むちゃくちゃなことを言われたかった。日本では私の歌に対して、否定的なコメントってあまり聞くことがなくて、でもそうじゃなくて、どこがいけないとか、何が足りないとかサイモンに言って欲しかった。でも「YOU LOOK GOOD」と言ってくれて、もっと自信を持とうと思いました(笑)」。

観客から喝采を浴び、ウェンブリー・アリーナを熱くした草ケ谷の歌に、審査員も合格を出した。終演後、アリーナ近くでタクシーを待っていた草ケ谷に、会場から出てきた多くのお客さんが声をかけ、拍手を贈っていた。さあ次のステージへ――草ケ谷も草ケ谷の歌を聴いたお客さんも、誰もがそう思った。

「これ以上悔しい思いをすることは、この先ないかもしれないけど、冷静でいることの大切さを勉強できた」

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7月30日。草ケ谷は三たびイギリスの地に降り立った。会場はイースト・ロンドンにあるイベントスペース・Tobacco Dock。しかしここで草ケ谷に伝えられたのは「不合格」という無情の言葉だった。テレビの演出上なのか、不合格と伝えるために、わざわざ日本から来させるという、しかも先方のスタッフ内のコミュニ―ケーション不足からなのか、旅費は自己負担で、なんとも不誠実というか後味の悪い結末に、草ケ谷も落ち込んだ。ウェンブリー・アリーナで納得のいく歌を歌い、次へ進める旨のメールを受け取っていただけに、余計にショックは大きい。「X FACTOR UK」では通常、「ステージ5」をクリアした人を待っているのは「ブートキャンプ」だ。アリーナオーディションで合格した人たちが、いくつかのグループに別れて、協力しつつ自己アピールで勝ち残っていくというステージだが、今回はこの「ブートキャンプ」のシステムがなかったようだ。「サイモンに「この次は、ちょっと特別なものが観たい」と言われていたのに、落ちました(笑)。一連のチャレンジを振り返ると、むちゃくちゃ悔しくて、いい経験だったと思えるまでに時間がかかりました。人生をかけたチャレンジだったし、この7月30日のできごとは一生忘れないと思う。失恋より忘れない(笑)。でもこれ以上悔しい思いをすることは、この先ないかもしれないけど、冷静でいることの大切さを勉強できた。ウェンブリー・アリーナのステージで、100%の力を発揮でき、歌えたあの時の感覚を胸に、次に進みたい」。

これまでの経験や苦労がつながった「X FACTOR UK」だったはずだ。改めて歌うときの集中力の凄まじさを実感した。3、000人の前で歌っている時に、彼女は「意識革命」ができた。

<Just be true to who you are>――本当の自分になる。

9月3日。ロンドンから帰国した草ケ谷は、8月30日から全国3か所でサカタケントとの2マンライヴを行い、その最終日、新宿BLAZEのステージに立っていた。ここで草ケ谷は現在の思いを吐き出した。「この夏は色々なことに疲れてしまって。歌を聴いてもらいたくて歌っているのに、いつの間にか自分は単に注目されたいだけの人になってしまった。それがすごく嫌だった。こんなにも幸せな音楽をやれているのに、それに気づけなかった自分がめっちゃウザい」と。

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「自分の味方になってくれる曲」という「X FACTOR UK」では歌えなかったJessie Jの「Who you are」を、この日は歌った。この曲の歌詞に気持ちをぶつけて、ファンに伝えた。<Just be true to who you are>、本当の自分になる、と。この誓いを胸に、草ケ谷遥海は12月7日『草ケ谷遥海 WINTER ONE MAN LIVE 2018』(渋谷・SPACE ODD)のステージに臨む。さらに進化した草ケ谷の歌を聴くことができそうだ。

草ケ谷遥海 オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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