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古内東子 27年間描き続ける“切なさの向こう側”にあるものを、より感じさせてくれた夜

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真は全てビルボードライブ大阪公演

10月25日『IN LOVE WITH MUSIC AGAIN ~ in Tokyo ~』は、ピアノ、キーボードと歌だけで、歌の世界観をよりドラマティックに表現

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古内東子の『IN LOVE WITH MUSIC AGAIN ~ in Tokyo ~』が、10月25日にビルボードライブ東京で行われた。9月30日に『~ in Yokohama ~』(ビルボードライブ横浜)を、10月13日に『~ in Osaka ~』(ビルボードライブ大阪)で行い、この日がファイナルだ。多くのアーティストがそうだったように、古内もいくつかのライヴが中止、延期となり、8月から少しずつライヴ活動を再開させていた。

この日が久々のライヴというお客さんも多かったはずだ。会場は感染拡大防止のため入口での検温と手指のアルコール消毒の徹底、座席数を減らしこれまでとは異なる座席レイアウトにしている。お酒と料理を楽しんでいるお客さんへの「マスクの着用をお願いします」というアナウンスが、開演の合図だ。

今までとは違う日常が日常になってしまった。古内はブログで「恋愛をテーマにずっと曲を作ってきた身としては、好きな人に触れたい、距離を縮めたい〜などと歌い続けてきた私ですが、いつも誰かと2メートル離れることを意識しなければいけないこの現実が一日でも早く終わり、誰もが好きな場所に行ったり、自由に集えるようになることを願ってやみません」と綴り、ソーシャルディスタンスという言葉が一般的になってしまい、だから余計にお客さんは古内のラブソングが恋しく、愛おしく感じてしまうのではないだろうか。

「ここに来て下さったみなさんの気持ちを重く受け止めながら、感じながら歌いたい」

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ピアノ・キーボードの“盟友”河野伸と、古内だけというシンプルなスタイルのライヴは、歌に含まれる様々な“成分”を全て感じることができるという、贅沢なライヴともいえる。それはオープニングナンバー、名曲「LOVE SONGS」から感じることができた。歌と、もうひとつの主役、河野のピアノの美しい音色が、ドラマティックな世界観を作り上げる。彼女の歌と河野のピアノとの素晴らしいマリアージュが、このライヴが目指す“場所”を、感じさせてくれる。この曲と、2曲目の実らない恋を描いた「boyfriend」は共に河野がプロデュース&アレンジを手がけたアルバム『PURPLE』(2010年)の収録曲だ。訥々と歌い、その語尾の、ビブラートとは異なる独特の“揺れ”が、言葉が映す心情をさらに切ないものにする。

「普通の普通を生活を送るだけでも大変な時期に、ここに来て下さったみなさんの気持ちを重く受け止めながら、感じながら歌いたい。そして秋という季節の季節感を感じて欲しい」と語る。秋の気配を関じるこの季節には、古内の歌がさらに胸に響いてくる。古内がピアノで「透明」のイントロを弾き始めると、河野が弾くローズの温もりのある音が重なる。<透明なら>というフレーズが、耳に残る。

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社会現象になっている映画『鬼滅の刃』を早速観てきたという話題では「泣きました。でも河野さんが音楽を担当していたらもっと泣いていたと思う!恋の歌をずっと歌っていますが、友情や親子愛も学ぼうと思いました(笑)」と“鬼滅効果”を語っていた。そして「今日は会えない時間、距離をテーマにして選曲しました」とこんな状況、時期だからこそ思いを巡らせてしまうテーマをライヴのコンセプトにした。“もう一度、恋をしてみませんか?”というメッセージが込められたアルバム『IN LOVE AGAIN』(2008年)から、表題曲「IN LOVE AGAIN」を披露。恋とは距離を置いていた女性の心模様を描き、眠っていた静かな情熱を呼び戻してくれる、そんなアルバムの表題曲は、全女性の背中を押してくれる。古内の歌が全世代の女性から支持を得ている理由がここにある。「ライヴができない日々が長く続いて、この曲を歌うと“戻ってきた”と実感できる」という言葉の後から聴こえてきたのは、イントロから極上の切なさを感じさせてくれる、ライヴの定番曲=誰もが待ち望んでいる、「誰より好きなのに」だ。この曲もどの世代が聴いてもキュンと切なくなり、いつまでもその余韻に浸ることができるラブソングのスタンダードだ。

「またみんなでワイワイしながら、マスクを取って楽しめる日が来ることを祈って、この景色を思い出にしたい」

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「happy」は<きみが笑ってるだけで こっちまでなんか嬉しくなって>という何気ないシーンが、大きな幸せを感じさせてくれる温かなラブソング。間奏の河野のローズの音が彩りを与えてくれる。「またみんなでワイワイしながら、マスクを取って楽しめる日が来ることを祈って、この景色を思い出にしたい」と語り、再び河野のピアノで「歩幅」と「コンパス」を披露。「歩幅」の<終わりがあるものに囲まれてる 私たちのはかない日々はそれでもきっと美しい いい日もそうでない日も特別>という歌詞が、ふんわりと、柔らかく、聴く人の心に寄り添う。「コンパス」では、原曲のアレンジも手掛けた河野の、上品かつパンチのあるピアノのイントロが響き渡り、心を掴まれる。ステージ後方のカーテンが開き、夕闇に包まれた六本木の景色が広がる。よりセンチメンタルな時が流れるが、この曲はそっと“力”を与えてくれる。

本編が終了し、アンコールの拍手が起こり、「サヨナラアイシテタヒト」からアンコールがスタート。誰もが深く感情移入できる曲が多いのが、古内東子というアーティストの武器だが、この曲もそうだ。客席も手拍子で楽しみながら、自分の思いを楽曲に投影させている。ラストは2004年のアルバム『フツウのこと』に収録されている、ファンの間でも人気が高い「スーパーマン」だ。<どんな距離も私には一瞬>という、この日のライヴを締めくくるのにピッタリなフレーズが心地よく、切なく伝わってくる。

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古内の楽曲を説明する時に、どうしても切ない、切なさ、という言葉を使ってしまう。それが一番ふさわしい言葉だと思っているが、この日のライヴを観て改めてやはりどこまでも切ないし、でも“切なさの、その向こう側にあるもの”を聴き手はそれぞれが感じ、求め、感動していると感じることができた。コロナ禍の中で“会えない”日々が続き、表現する側も、聴く側も言葉一つひとつ、メロディ一つひとつの感じ方が変わってきているのかもしれない。古内東子の歌は27年間、切なさとその向こう側にある、聴き手それぞれの言葉にできない感情、思いを描き続け、いつも“そこ”にいる。そこに入ると、いつも恋ができる。

◆『古内東子 硝子の夜の音楽会 ーL'ULTIMO BACIO Anno 20ー』

■12月16日(水)  恵比寿 The Garden Hall

開場18:00/開演19:00

■チケット/[前売料金(税込)]

指定席¥6800(ドリンク代別)

S席¥9000(ドリンク代別)

プレミアムシート¥12000(1ドリンク&1タパス付)

イベントHP

◆『TOKO’S LOVE SONGS 〜Noel〜』

■12月19日(土) 海辺のポルカ 神戸

1st.Open 15:30 / Start 16:00

2nd.Open 18:30 / Start 19:00

◆チケット/¥7000(ドリンク代別途)

イベントHP

古内東子 オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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