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湯木慧 防護服ワンマンライヴを『選択』し、確信したこと 「音楽を心の防護服にして前に進む」

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/ビクターエンタテインメント

「あなたの心の防護服はなんですか?」

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「あなたの心の防護服はなんですか?」――湯木慧ワンマンライブ『選択』を開催するにあたって、本人からファンに向けそんなメッセージが届けられた。6月に予定していた東名阪福でのワンマンツアー『選択の心実』が、新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止となり、その後、8月に入って9月12日に横浜・1000 CLUBでワンマンライブ「選択」を行うことを発表した。このライヴは当初来場者は、当日用意される防護服を着用してライヴを観覧することになっていたが、着用することはせず、湯木のサイン入りの防護服が客席に置かれることが直前にアナウンスされた。彼女は防護服という今大切な存在を作品として、また芸術として何か発信できないかと考えた。当日は新型コロナウイルス感染拡大防止ガイドラインに準拠し、観客は200人程度に抑え、着席での観覧になった。「サブスクLIVE」でも生配信された。

これから本当にライヴが始まるのだろうかと思うほど静まり返った客席。しゃべっている人がほとんどいない会場内には、鈴虫の鳴き声が流れ、涼感を誘っていたが開演5分前になるとお客さん、スタッフ、そこにいる全ての人から発せられているであろう緊張感と期待感が熱気に変わり、会場全体が徐々に熱を帯びてくる。そこには湯木本人の、このライヴに“辿り着いた”思いも含まれていたのかもしれない。

「防護服は身に付けるものだけど、愛も苦しみも含む「選択」を下している、全ての人への“心の防護服”は、音楽です」

衣装を白で統一した湯木とメンバーが登場。オープニングナンバーは「Answer」。誰もが久々の“生音”だったと思う。湯木とメンバーも久々にお客さんを前に音、声を出したはずだ。お互いのライヴへの“飢餓感”が音と空気になり、力強い歌と強いコーラス、情感的な音色に、客席は引き込まれる。湯木のアコギの鋭いカッティングに乗せ「網状脈」が投下される。ライヴでは定番の大切に歌い続けている一曲だ。18歳の時に作った作品で、歌詞にも18年という言葉が入っているが、22歳、オトナになった湯木が放つひと言ひと言が、いつもにも増して力強さを湛え、心に響いてくる。コーラス・楠美月とのフェイクの掛け合いも引き付けられる。

「極彩」は湯木の、時につぶやくように、時に力強く表現する歌が、楽曲の「深い」ところへまで連れて行ってくれる。そして湯木の口から思いが溢れる。「コロナによって、音楽業界、大切な人や場所が窮地に立たされ、何かしなければと思いながらも、ただ気持ちを抑えることしかできなかった自粛期間だった。そんな時、事務所社長から“防護服ライヴ”の提案をいただきました。もし防護服が用意されていなかったら“選択”できなかった。防護服って何だろう?って考えました。防護服ってセンシティブな言葉だから怖かったけど、重要なものだし、悪いことの裏側にはいいことが、いいことの裏側には悪いことがくっついてくるものだけど、自分が信じられる確かな答えを知っていくために、そして少しずつ変わっていきたいと思ったひとつの“選択”です。防護服は身に付けるものだけど、愛も苦しみも含む「選択」を下している全ての人への“心の防護服”は、音楽です」。そう語り、「自分で決めたこの道なんだと、明日は一歩踏み出すのです」という歌詞が心に響く「存在証明」を歌った。

ここでバンドメンバーは一旦捌け、イスの上に胡坐をかく昔からのスタイルで、アコギ一本で「一匹狼」を披露。配信ライブを観ている人に、アイテムを送ってもらえると防護服を医療機関に寄付しますと呼びかけ、アイテムを募る。「追憶」「ハートレス」と弾き語りが続き、歌がよりダイレクトに一人ひとりの心に飛び込んでいく。スポットに照らされながら歌う「ハートレス」の《誰も生きたいと言える世界になれ》《感情を絶やさないで、生きるために最後まで》という歌詞が“今”に寄り添い、まるで湯木が聴いている一人ひとりの肩を抱き、温もりを伝えているようだった。この曲に限らずこの日彼女は、生きるという魂を注ぎ込んだ剥き出しの歌で、客席、そして配信ライヴを観ている聴き手に、どこまでも寄り添っていた。

バンドメンバーとの“絆セッション”

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湯木が絶大な信頼を置く、大好きなバンドメンバー一人ひとりとのコラボコーナーも、このライヴの聴きどころのひとつだった。「思い出深い曲をやろうと思います」とインディーズでの最後のアルバム『蘇生』に収録されている「ヒガンバナ」を、パーカッション・ヒロシのカホンとアコギで披露。高低差の激しい歌は、エキセントリックかつ切ない。それが聴き手の心をこじ開ける。続いてコーラスの楠美月と歌った「金魚」は楠の美しい声が会場中に響き渡り、湯木の声が重なり、心が“浄化”されていくような感覚になる。二人ともパーテーションを挟んでのパフォーマンスだが、楽しみながら歌っているのが伝わってきて、観ている方も楽しくなる。メジャーデビュー曲「バースデイ」は、「一番狂っている人」と愛情を込め紹介し、キーボードのベントラーカオルとセッション。ギターを持たずに歌をとにかく“伝える”。その思いが伝わってくる。

この時世ならではの、換気タイムが設けられる。全てのドアが開けられ、休憩タイムかと思いきや、ステージではコーラスの楠美月がメインで「Answer」、「一匹狼」を歌い、ライヴの熱を逃がさないように、メンバーが“軽い”セッションを楽しむ。

「万華鏡」でライヴ再開。2018年のワンマンライヴ「水中花」では、この曲とスクリーンに映る鮮やかで流動的なリキッドライティングがリンクして、まさに万華鏡のように色鮮やかに変化していく模様が映し出され、それが強烈な印象として残っている。しかしこの日はシンプルなセットかつ、客席も盛り上がるのをガマンしているという状況の中で、《なんでなんでを繰り返して 抱え込んだ迷いごとも全部 万華鏡の中に広げて 綺麗に飾ればそれでもういいんだよ》と歌い、自らの声で「万華鏡」に光を当て、客席を美しく照らしているかのようだった。

「『わからない』ということを肯定できた作品」

メジャー1stEP「スモーク」(8月19日発売/通常盤)
メジャー1stEP「スモーク」(8月19日発売/通常盤)

8月19日に発売したメジャー1stEP『スモーク』は「わからないということを肯定することができた作品」だが、そのテーマに最初は飲み込まれ、落ちるところまで落ち、「霧の中で作った曲」が「スモーク」だ。「人は先の見えない道を切り拓いていかなければいけない。その道程でもがき、彷徨い、血迷い、正解なんてわからない。でも「わかりません」という言葉を口するするのは怖いし、どこかいけないことのような気がするけど、そう言えることは悪いことじゃないと思う。歌いながら泣きそうになる感覚は初めてだった」。そんな特別な曲「スモーク」を絶唱すると、客席に感動が広がっていく。

「前例のないことを前にしたら前に進むしかない」

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「わからないことを肯定できた中で生まれてきた『選択』。選択をしたらいいことも悪いこともついてくる。前例のないことを前にしたら前に進むしかない。今日という日を選択できて心からよかったと思える。選択ということは愛と苦しみを含みます。ここに来るという選択をしてくれて本当にありがとう」と客席にメッセージを贈り、本編最後の曲で、ライヴ初披露の新曲「選択」を歌った。見えない答えを求め、煙の中を彷徨いながらも前に進むことで『スモーク』というEPを作り上げ、その先に“あった”この曲を“選択”した湯木。これまでの楽曲とは明らかに異なる温度感を感じさせてくれる、深く深化したメロディが「明日を選ぼう」という彼女の言葉を真っすぐに伝える。

「音楽を受け取ってくれることが当たり前じゃないことがわかった」

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アンコールも、声を出さずに拍手だけで湯木に思いを送るファン。その思いに応え再び湯木が登場し「みんなもっとオーラ出していいんだよ。今日は来るという“選択”をしてくれてありがとう」と改めてファンに感謝にし、さらに「心からみなさんのことが大切。音楽を受け取ってくれることが当たり前じゃないということがわかった」とコロナ禍の中で感じた、ファンという存在のありがたさ、大切さを素直に吐露した。そしてEP『スモーク』をもがき苦しみながら、死さえ感じながら作っていく過程の中で、それでも残っていた「作らなければ」という本能、感情のまま、まさに生死の“狭間”で作りあげた「狭間」を、初めてピアノの弾き語りで披露した。強いけど弱くて、弱いけど強い“自分自身”を映し出している。せつないピアノの音色と“届けたい”という強い思いが込められた歌。EP『スモーク』はこの曲が最後を飾り、完成した。この「選択」というライヴも、この曲で完成した。

全ての演奏が終わった瞬間、湯木もファンもこの日のライヴを「選択」したことが間違いではなかったと確信できたはずだ。そして思いの丈を伝えた湯木とバンドメンバー、感染予防を徹底させた運営と、マナーを守ったファン、終演後の会場内には全員の“感謝”という思いが溢れ、清々しさが残った。

湯木慧 オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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