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【気になる新人】次世代の注目の“表現者”・湯木慧「命に向き合ってない人になんか響かなくていい」

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
「命があるから生きてる、ではなく何かがしたいという欲がある事が生きてるという事」

メジャーデビュー記念ライヴは、“生まれた場所”でもある“原点”で

湯木慧(ゆき・あきら)、6月5日に21歳になったばかりのシンガー・ソングライター、いや、“表現者”だ。誕生日にメジャーデビューを果たし、湯木は再び“生まれた”――。

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6月5日、湯木はライヴハウス「四谷天窓」のステージに立っていた。2015年に初めてこのステージを踏んでからの“原点”、表現者・湯木慧が“生まれた”場所でもあり、メジャーデビューライヴもここでやると決めていた。『誕生~始まりの心実~』と名付けられたライヴは、“誕生”をコンセプトにし、新生児に付けられるネームバンド風のリストバンドに、湯木が直筆でシリアルナンバーなどを記入したものが、来場者全員に配られた。ステージには紗幕が張られ、それを挟んで向こう側でアコギ一本で、これまでの作品を、時に語るように、時に叫ぶように歌う。曲間には、男性と女性がストーリーテラーのように、湯木の心の叫びを代弁するようなナレーションが入る。照明、ナレーション、SE、全てを駆使して、その世界観を伝える。デビューシングル「誕生~バースデイ~」に収録されている、湯木の実際の産声を収録した「98/06/05 11:40」が流れ始めると、紗幕が上がrり「産声」を歌う。そして<僕は 真っすぐ真っすぐ前を向いて生きてゆくよ>と歌う、湯木のこれからの決意表明とでもいうべき「誕生~」のリード曲、「バースデイ」を力強く披露。「皆さんも、私も、何度でも生まれることができる」と語っていた湯木の、今一番伝えたいメッセージが詰まっている楽曲だ。

インディーズ時代から、“デジタルネイティブ世代の表現者”として注目を集める

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「命に向き合ってない人になんか響かなくていい」――そう語る湯木慧は、ギターをかき鳴らしながら歌うYUIに憧れ、独学でギターを始めた。中学生の時、「ニコ生」でギターを弾きながら歌い、初めて“発信”したが、反響は少なかった。だが、高校生の時に始めたツイキャスは、わずか2年で200万ビューを超え、一躍注目の的になり、“デジタルネイティブ世代の表現者”として、彼女の周辺がザワザワしてきた。さらに地元で路上ライヴをスタートさせ、ストリートというリアルな場所にも立ち、道行く人に、そしてライヴハウスのオープンマイクにも出演し、直接自分の言葉とメロディを伝えた。彼女の歌は、日々生きていく中で、次から次へと顔を出す感情の交差や、そこから心に焼き付き、残るものを内省する内容や、聴き手の感情を揺さぶるような歌、また、社会に対しての若者ならではの鋭い視線を、シニカル言葉で綴り、表現する。

いい意味で表現者として貪欲。「よくも悪くも、欲深い人間だと思う」

そんな自分の音楽を、彼女は、絵、言葉、ペイント、ライヴ会場の装飾など、全て自分で手がけ、あらゆる手段を駆使して、その“純度”を損なうことなく伝えようとする。素直であり、いい意味で表現者として貪欲だ。「よくも悪くも、欲深い人間だと思う」と語っているように、それが彼女にとって生きるということで、表現者としてのアイデンティティでもある。「命があるから生きてるっていうわけではなく、何かがしたいという欲があるということが、生きてることだと思って」と、その想いが、彼女が創り出す全ての作品に貫かれていて、それが“熱量”につながり、さらに「仕事だから曲を作るのではなく、心を沸々とさせることを仕事にしなければいけないと思う」という、創作というものへの向き合い方が、強さとしなやかさを生み出している。

インディーズ最後のアルバム『蘇生』で、これまでやってきたことを“総括”。「湯木慧の蘇生という意味もあった」

湯木は昨年、インディーズ最後の作品として『蘇生』というアルバムを作り上げた。“次”に向かうにあたり、10代にやってきたことを総括して、区切りをつける作品を作るということは、彼女にとってはどうしても必要な作業だった。「最初に思っていたことや、エネルギーが薄れていないか、そういう自分の原点を思い出させる感情の蘇生、楽曲の蘇生、そして湯木慧の蘇生という意味もあった」。同時に、不要になったものの中にこそ芸術は存在すると、“残骸”に命を吹き込み、「残骸の呼吸」という個展ライヴを行った。どんなことがあっても湯木慧は湯木慧なんだということを、自分にも、そして外に向けても発信したかった。

ハタチの誕生日を迎える時、改めて誕生日って?と考え、生まれた『誕生~バースデイ』。湯木慧という人間の何度目かの“産声”

デビューシングル「誕生~バースデイ~」(6月5日発売)
デビューシングル「誕生~バースデイ~」(6月5日発売)

これまでの自分、そして作品を総括し、“蘇生”。新しい自分が生まれた。それがライヴでも言っていた「人は何度でも生まれることができる」ということだ。生まれ、産声を上げ、肺呼吸を始め、新鮮な空気をたくさん体内に取り入れ作った作品が、デビューシングル「誕生~バースデイ~」だ。湯木が「バースデイ」「産声」「極彩」という3曲に込めた思いとは。

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『バースデイ』は「ある日身近で起きた悲しい交通事故が、この曲を書くきっかけになりました。目の前でお母さんを事故で失った少年は、その翌日が、誕生日だったということを、後で知りました。お母さんのこと、少年のことを考えると、色々な想いが交錯して、そんな時に、思いは「バースデイ」のサビのメロディとなって出てきました。でもそこから書けないというか、書かなかったというか。サビの一番強いメッセージは、その事故から受けた衝撃から生まれたものですが、それ以外の部分を語ることは、私には簡単にはできないと思いました。私の誕生日ではなく、少年の誕生日、そのお母さんの命日ということを思いながらサビを書いたので、それ以外の部分は浮かばなかったです。その後、自分のハタチの誕生日を迎えようとしていた時、改めて誕生日って?と考え、初めて曲の全体像が見えてきました」。

『産声』は、「人間の温かさとか、命の強さ、繋がりのようなものを一番強く感じる時が、生まれる瞬間だと思うのです。人間は生きていく上で、結局ひとりだと思いますが、生まれる瞬間はへその緒がまだ繋がっていたりと、決してひとりではないんですよね。でも、へその緒が切れた瞬間から、もうひとりに向かっていくというか、自分の世界、意思が確立された瞬間、もうひとりぼっちなんだなって感じます。そこがすごく面白いなと思って。生き方や感じ方はひとりひとり違ってくるけど、みんな、最初は同じように生まれてきたんだというところに着眼して、この曲を作りました」。

『極彩』は「人間も動物も植物も、何もかも生まれた瞬間から燃えていく、命を燃やし続けているんです。だからいつか灰になるし、燃えている火の彩りが、人生なのかなって。結局はみんな同じ色の灰になるんですけど、その過程では人それぞれ違う色に燃えていて、それこそが個性であって美しいのだと思います」。

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「誕生~バースデイ」のアーティスト写真に写っているのは、湯木が心身ともに落ちた時に“蘇生”する場所の一つであるという、生まれ故郷・大分県の阿蘇野というところにある森。そこにある木だ。「樹齢何百年かの欅の木で、根っこが自分よりも大きな岩を飲み込んでいるというか、重なった形になっている珍しい木で、その石と根っこの上で写真を撮りました。私を“蘇生”してくれた場所です」と教えてくれた。デビューライヴ後のSNSでは「皆さんの愛を沢山吸収してこれからもっと実りのある、真っ直ぐ大きな木に、なってゆくのです」と呟いている。8月には早くも次のシングル「一匹狼」を発売することを発表した。

「傷つくことや嫌だと思うことは、すごくエネルギーになる」

常に表現のその先を目指す湯木慧が、創作の場をメジャーシーンに変え、これまで以上に人との出会いを楽しみ、ケミストリー、試行錯誤を重ねながら進んでいく。「傷つくことや嫌だと思うことって、すごくエネルギーにもなる」と、生きることに正面から向き合っている彼女の創り出すものが、これから楽しみでならない。

湯木慧 オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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