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シンガー・ソングライター阿部真央の10年 「今、必要なことは“本当の自分”に戻ること」

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
「変わりたいと思ったのも、子供が生まれたことがきっかけ」

来年1月の10周年を前に、心の叫びでもあるシングル「変わりたい唄」を発売。全161曲サブスクリプション配信もスタート

「変わりたい唄」(10月24日発売)
「変わりたい唄」(10月24日発売)

<変わりたい もっと自分を生きたい>――来年1月にデビュー10周年を迎える、シンガー・ソングライター阿部真央が、2年2か月ぶりとなる最新CDシングル「変わりたい唄」(10月24日発売)で、そう叫んでいる。リアルな歌詞を紡ぎ続け、これまでシングル16作(配信限定を含む)、アルバム10作を発売し、ライヴも精力的に行ってきた彼女が、10年というひとつの節目を迎えて「変わりたい」と思うのは、改めて、進化を続けていきたいという意思表示なのだろうか?それとも、何かを抱えて、現状を“打破”するために「変わりたい」のだろうか?

折しも11月1日、デビューアルバム『ふりぃ』から最新シングル「変わりたい唄」までの全161曲のサブスクリプション配信がスタートし、10周年に向け、阿部真央の音楽がさらに広がりを見せてくれそうな中、彼女に今の胸の内を聞かせてもらった。等身大の阿部真央のリアルを書き続けてきた彼女の、現在のリアルとは?

ニューシングル「変わりたい唄」のジャケットは、坂道の途中で笑顔の彼女が、大きく足を広げ、踏ん張り、変身ポーズをとっている。ミュージックビデオでは、彼女の出身地・大分県のローカルヒーロー「パワーシティーオーイタ」と共に、全力で駆け抜ける爆破シーンが印象的なコミカルな映像だが、このタイミングでなぜ「変わりたい唄」だったのか、そこからインタビューはスタートした。

「もっと自分を生きたい、もっと自分になりたい」

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「自分が今一番思うことだったからです。10周年を前に、何を書こうか悩んで、もちろんこれまでの感謝とか、今までの歩みを振り返るということも考えましたが、あまりしっくりこなくて。それで、「じゃあ10年前はどうしてたかな」と振り返ってみると、「自分は今こうしたいんだ」とか、10代の、すごく個人的なことをわがままに歌った『ふりぃ』というアルバムでデビューしました。もう一回そこに立ち返ろうと思い、「じゃあ今一番自分が思うことってなんだろう」って、自分と向き合う時間を作ったら「私は変わりたい」と思いました。10年という時間の中、ここ数年は「そろそろ変わらないと」という思いが強かった。私は自分にあまり自信がないタイプの人間なので、それを壊したくて10年前、デビューしました。でも気がつくと、違うところで“気にしぃ”になっていて。それは例えば世間からの評価とか、アーティストとしてのイメージとか、ファンの方からのそれぞれの楽曲に対する反応とか、そういうところをすごく気にして、ビクビクしているのを感じていました。「本当はこれがやりたいんだ、こういう風に振る舞いたい」のなら、あらゆる自分を、自分が認めなければダメだと思いました。それは“本当の自分”に戻るということだったんですよね。もっと自分を生きたい、もっと自分になりたいという気持ちが素直に出てきて、「変わりたい唄」ができあがりました」。

「アルバム『Babe.』では、子供が生まれたことによって自分が感じていることを、そのまま出した」

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この10年、彼女はプライベートでも色々あった。2015年、24歳の時に結婚、その年の9月に出産、そして翌年離婚と、まるでジェットコースターのような2年間があり、少女から大人へ、そして母へと、成長を続けてきた。リアルを作品として歌い続け彼女は、母となった自分を歌詞とメロディに投影させていった。

「最初の2~3年は、「阿部真央ってこういうイメージで見られているから、こうあるべき」と頑なな感じでした。でも4年目あたりから子供を産むまでは、考え方も少し柔軟になって、ライヴのMCでふざけてみたり、少し自分を出すようになって、アニメや映画のタイアップを書き下ろすという、それまでやったことがなかったことにもチャレンジしました。出産前まではそんな時期が続いて、出産してからはちょっとブランクもありましたけど、正直、曲は変わったと思います。でも去年出した『Babe.』では、子供が生まれたことによって自分が感じていることをそのまま出したので、感じることをそのまま出すというスタンスは、そんなに変わっていないんですよね」。

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前作『おっぱじめ』から2年ぶりに発売された7枚目のアルバム『Babe.』(2017年)には、その2年間に彼女が感じた喜びや優しさ、悲しみが溢れている。妊娠中に敢行したツアーで感じたことや、生まれてきた我が子への、母としての素直な思いなど、まさに等身大の阿部真央がそこにいる。しかしこのアルバムにはこれまでの作風と大きく変わった、それまでは包み欠かさず、自らを“晒していた”歌詞に、ほんの少しのフィクションを増やし、そこを深く掘り下げていくことで、物語を作りあげていった曲も収録されている。このアルバムは様々な評価が飛び交ったが、彼女の言葉の強さが際立った作品であり、自身でも満足のいく仕上がりになっている。

「活動にブランクができて、セールス的に落ち込んだりしたけど、出産は理由にならない。私が作る曲のクオリティや、動き方に問題があった」

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「強くなったと思う。単純に生活していかなければいけないこともあるし、活動にブランクができたことで、セールス的に落ちたことがあって、でも私の中では出産は全然理由になっていなくて、単純に私の曲のクオリティや、動き方の問題だったということが、身に染みてわかったというか。それはすごくいい経験になりました。やっぱりライヴが好きだから、みなさんにライヴに来て欲しいですし、でもお客さんが減って私の音楽を聴く人も減ってしまったら、ライヴも少なくなるしみんなに会えなくなるし……。何より私は評価されたいんですよね。それはひとえに音楽が届いて欲しいと思うからで、それが売れたいとイコールにはならないんです。届いて欲しい場を失わないためには、ある程度みなさんに支えてもらって、届けられる環境がないと、メジャーデビューとした意味がないと思う」。

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8作目の最新アルバム『YOU』(2018年)では、『Babe.』から一転、明るく前向きな気持ちが前面的に出ている、開放的なアルバムになっている。ライヴで盛り上がる「K.I.S.S.I.N.G.」や、岡崎体育をアレンジャーとして迎えた「immorality」、山本彩(NMB48)へ提供した「喝采」のセルフカバー、切ないバラード「Angel」など、恋愛に光を当て、影を作り出し、その両方を掘り下げている。彼女はこれまで1年に1枚のペースでアルバムを作り、シングルも作り続け、コンスタントに創作活動を行ってきた、レコード会社孝行のアーティストだが、その裏側では、生みの苦しみを味わってきたという。1枚目、2枚目のアルバムまではシンガー・ソングライターによって異なるが、それまでの「貯金」で、曲作りも困らないという場合も多い。彼女はまさにそれだった。しかしその後は「摩耗しました」というくらい、創作の泉が枯渇してくのを感じていたという。

苦しい時期もあった創作活動。「でも無理やり作った曲がもてはやされても、全然嬉しくなかった。それが続いていたら、辞めていたかも」

「2枚目『ポっぷ』で、それまでのストックをほぼ使ってしまって、3枚目の『素。』(2011年)にはデビューしてから作った曲を入れなければいけなくて、でも当時はとにかく忙しくて、時間が全然なかったので、「私、デビューしてまだ2年なのに、こんなに書けないんだ」と愕然として、「駄目だな、私」って思いました。だから『素。』の時は、本当に曲が書けなくて、苦戦しました。東日本大震災にもショックを受けたということもありますが、実際あの時は肌もボロボロで、太ってしまって、苦しい時期でした。そういう状況の中で、無理やり作った曲をライヴでやって、それがもてはやされたところで、全然嬉しくなかった。その状況が続いていたら、辞めていたかもしれません」。

彼女は自分のことを「わがまま」だという。10年間、彼女の作品作りについてはもちろん、その行動や言動を、スタッフは優しく見守ってきた。それは彼女のわがままが怖く、何か言って、へそでも曲げられたら困る、という思いから強く言わないのではなく、繊細で感情豊かなその性格こそが、彼女の作品そのものだからだ。いい意味で大切に、純粋培養されたきた。

「世間知らずをいいことに、現実を見ないで、嫌なことから逃げていることがウィークポイントでもあり、創作活動においては、そうではないのかもしれない」

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「何もわからないまま、世間知らずで育って(笑)。世間知らずをいいことに、現実を見ないで、嫌なことから逃げてきていることが、ウィークポイントだと思ったので、私がきちんと現実を見、向き合えばいいのかなって思ったこともあります。でもやっぱりそれでは止まってしまう、何もできなくなってしまうと思いました。だからあまり映画とかも観ないですし、あの短いトレーラーでさえ泣いてしまって、辛すぎて観れないんです。あと拷問シーンとかがあると、もう気持ち悪くなって観れなくなる。だから本当にわがままで、人の痛みとかを勝手に妄想して、自分で苦しんで逃げるというところが、私にはあると思います。それを吐き出して曲にして、それが誰かの好きな歌になってくれれば、より嬉しいという感じでした」。

そうやって苦しみながら作り上げた、これまでの作品の積み重ねが10年という時間を作り、携わってくれた全てのスタッフに対して、今は、ただただ感謝の気持ちしかないという。

「最初に10年間を振り返った時、「苦しかった」より「よくやってこれたな」という、ファンのみなさんとスタッフへの感謝しか出てこなかった」

「こういう風に10年を迎えられたのはすごく幸せだと思う。最初に10年を振り返ったとき、「苦しかったな」という思いより、「よくやってこれたな」という、支えてくれたファンのみなさんと、スタッフへの感謝しか出てきませんでした。それはいい10年を過ごしたという証だと思う。セールスが落ち込んだり、世の中的にも「阿部真央って何してるの?」と思われていた時期もあって 、今もそういう時期だと思っていますが、それすらも色々なことを知る、すごく貴重な経験と思える。充実とは違うけど、すごくいい10年だったんだなって思います」。

彼女にポジティブさをプレゼントしたのは、生まれてきた子供なのかもしれない。

「子供は自分という命に自信を持って、小さくても輝いている。私もこうならなければと思った」

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「そうですね、子供からいっぱい学ばせてもらっています。変わりたいって思ったのも、子が生まれたことがきっかけで、子供とか動物って、“自分”であることを疑わないじゃないですか。自分はこうなんだと、自分という命にすごく自信を持って、キラキラしていて。だから子供って、小さくても必死に生きてる命が輝いてるのは、多分そういうことなんだなって思って。こう見せたいとか思ってなくて、だからすごく自分たちに自信を持っているから、私もこうなりたいと思いました」。

2010年に声帯の治療で一度活動がストップし、先日も声帯結節で手術を受けたことを報告したが、今回は「よくするための手術だし、経験もあるから、今回は全く不安はなかった。ポジティブに考えています」と語っているように、精神的にも充実している。それが冒頭に出てきた、最新シングル「変わりたい唄」のMVとジャケット写真には出ているのではないだろうか。

「監督からヒーローが登場して、爆破シーンもあると聞いた時、絶対やりたいって思った(笑)。結局それも私の中で変革を起こす、「変える」という意味で必要だった。ジャケ写もこういう感じのものは今までやったことがないんですけど、前からコMVでコスプレをやったりしていたし、二枚目の人がやる三枚目みたいな感じのものがずっと好きでした。それでダサい格好をして(笑)、ポーズを決めるのも、爆破シーンも絶対やりたい、やるなら徹底的にやろうって言って、そういう意味でもお気に入りのジャケ写とMVです」。

来年初のベスト盤を発売。「5年前のシングルコレクションは、ファンのみなさんに「新しい曲を出せなくてごめんなさい」という気持ちだった」

来年1月23日には初のベスト盤をリリースする。2014年にもシングルベストアルバム『シングルコレクション19-24』を発売しているが、これは彼女にとっては本意ではなかったという。それはファンに対して申し訳ないという気持ちからだった。

「なんで出さなきゃいけないのかわかんなくて(笑)。ベストって、10年経ってから出すものだと自分の中では思っていました。だから10周年でベスト盤を出すのはいいけど、5年でシングルベストって、ダサすぎって思っていました(笑)。でも私がその時、新しい曲が書けなかったこともあるし、スタッフの提案を受け入れました。だから当時のインタビューで。、「新しい曲を出せなくてごめんなさい」って、ずっと言っていたはずです。来年出すベスト盤は、出すことができて嬉しい。きっと自信がついたのだと思います、10年やってこれたたっていう」。

まもなくスタートする全国ホールツアーは「みなさんに感謝を伝えるツアーだから、ファンの人が好きな曲をたくさんやりたい」

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11月からは、来年1月末まで続く全国ホールツアー『阿部真央 らいぶNo.8~Road to 10th Anniversary~』がスタートする。彼女自身が「ファンのみんなが好きな曲をたくさん歌いたい」というこのツアー、10年のキャリアがギュッと凝縮され、かつ次の10年へ向け歩き出した、表現者・阿部真央の強い意志を感じることができるはずだ。1月22日は、5年ぶりの日本武道館ワンマンライヴ、そしてファイナルは1月27日、初の神戸ワールド記念ホールでのワンマンライヴと、大きな舞台が待っている。

「今回のライヴは、みなさんに感謝を伝えるツアーだから、ファンの人が好きな曲をいっぱいやりたいし、私が今できる最高のクオリティで観せるだけです。昔だったら絶対来て!って言っていると思いまけど(笑)、今は、来れたら来て欲しいな、という感じです」。

阿部真央 オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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