佐野元春 「こんな時代だからこそ、ポップミュージックは、人々に柔軟な視点をプレゼントできる存在に」

佐野元春 and The Hobo King Band(1997年)

「今回の『THE BARN DELUXE EDITION』は、国内の他のアニバーサリーエディションの概念を、大きく超えた存在感を放っている」

1997年12月1日、一枚のアルバムが日本の音楽シーンに登場した。佐野元春 and The Hobo King Band『THE BARN』。当時の日本のヒットチャートを席巻していた、エレクトリックなポップス・ロックとは一線を画す、アーシーでオーガニックなバンドサウンドが心地いい、70年代の良質なアメリカン・ロックに敬意を表した作品だ。レコーディングは、聖地・アメリカ・ウッドストックにあるベアズヴィル・スタジオ。徹底的にアナログにこだわったこの作品は、当時爆発的なヒットにはならなかったものの、圧倒的なクオリティの高さから“名盤”として聴き継がれている。その『THE BARN』が、今年発売20周年を記念して、当時のライヴ映像、レコーディング風景、写真集などが付いたアナログ盤ボックスセット『THE BARN DELUXE EDITION』(3月28日発売)という形でリリースされた。佐野元春に当時に思い出と共に、改めてこの作品をリリースした意義を聞いた。

『THE BARN』(1997年12月1日発売)
『THE BARN』(1997年12月1日発売)
『THE BARN DELUXE EDITION』
『THE BARN DELUXE EDITION』

「『THE BARN』はこれまで発表してきた作品の中でも、特に思い出深いアルバムなので、20年経ってこういう形で出せるというのは率直に嬉しい。今回のDELUXE EEDITIONは、国内の他のこうしたアニバーサリーエディションの概念を、大きく超えた存在感のパッケージだと思っています。こうしたエディションが日本で成立するのは、稀な事だと思います。20年前のリソースの音もしっかりアナログで残す事ができ、写真も当時ボブ・ディランやTHE BANDなど数々のアーティストを撮影していたエリオット・ランディと、日本を代表するカメラマン宮本敬文氏の写真がしっかり残されています。映像も当時の最高の映像クリエイターが撮ったもので、所属レーベル・エピックレコードの担当者が一流のスタッフを起用して、しっかりリソースを残してくれた事が大きいです。それが20年後にもつながったと思っています。とても感謝しています」。

映像を観たり、写真集を見ながらこのアルバムを聴いていると、まるで1997年のウッドストックに同行しているような感覚になる。空気、匂い、そして緩やかな時間の流れまでがパッケージされているようだ。

「『THE BARN』は発表から20年経って、リアルタイムで聴いていた世代だけではなく、今の若い世代のファンからも支持されていて、作って良かったと思う」

「いつも、僕が体験した事を聴いて下さった方にも、疑似体験して欲しいと思っているので、それは嬉しい感想です。今回のパッケージに収録した全てのリソースは、当時のものなので全てがアナログで、写真もフィルムです。音もライヴ映像も写真も、最新技術との融合で、鮮やかに当時の空気感が蘇っていて、改めて僕がやっている活動は、時代時代の技術によって支えられているなと強く思いました。『THE BARN』は創作の場を東京からウッドストックに移して、ウッドストックの空気の中で作ったので、特別なものです。あの土地は様々なアーティスト達が集まる、アーティストヴィレッジのような場所なので、手作り感や手工業的なものが尊重されます。当然『THE BARN』もアナログレコーディングでしたが、あのコミュニティの中では自然なアプローチでした。それを日本に持って帰った時に、「なんだこの古臭いのは」って言われたら困るなという気持ちは当時ありました。でもこうして20年経って、リアルタイムで聴いてくれた世代だけではなく、若い世代のファンからも「このアルバムのサウンドいいね」という声が届いているので、作って良かったと思います」。

「当時、エレクトリックのダンスポップ、ロック全盛の中、アナログレコーディングで作り上げた、オルタナティブなロックアルバム『THE BARN』には賛否両論あった。でも僕には自信があった」

20年前の日本の音楽シーンでは、エレクトリックなダンスのダンスポップ・ロックが人気で、デジタルレコーディングが主流。そんな中で、『THE BARN』は生音にこだわり、アナログレコーディングを敢行した。当時は逆行しているという声もあったが、その先を見据えた佐野の判断だったのだろうか。

「全然逆の事をやっていました(笑)。でもマーケティング的な視点とかは一切なく、僕のファンに新しい音楽をプレゼントしたいという気持ちだけでした。1997年当時は思い返してみると、エレクトリックのダンスポップ、ロックが流行っていて、歌詞も<I LOVE YOU、YOU LOVE ME>に終始するような、他愛のない内容のものが多かった。僕はその時40歳を超えていたので、もう少し踏み込んだ、成熟した歌詞の物語を歌いたいと思っていました。そうした時に、サウンドはコンピュータで制御されたものではなく、最高のミュージシャン、職人集団でもあるホーボーキングバンドのポテンシャルを、最大に引き出した日本で最高のロックアルバムを作りたかった。そしてオルタナティブの価値を、僕のファンに見い出して欲しかったし、喜んでもらいたかった。でもレコード会社やマネージメント会社は嫌がりますよね(笑)。たぶんハラハラドキドキしたと思います。でも僕には自信がありました。90年代中盤以降、日本でもリスナーの音楽の聴き方、嗜好も多様化してきていました。だから爆発的にヒットするとは思っていませんでしたが、こういうオルタナティブなロックが好きなファン層は、絶対いると思っていました。もちろん賛否両論ありました。佐野元春 with THE HEARTLANDのサウンドがいいという保守的なファンからは、「こんなの佐野元春のサウンドじゃない」という声があったのは事実です。でもライヴを観てもらえれば、僕はそんなに変わってないよっていうのは、わかってもらえると思っていました。色々な意見や感想をいただきましたが、でも僕は僕という感じで突き進んできました」。

『THE BARN』の前作、『Fruits』(1996年7月1日発売)のレコーディングの際に集まってきたメンバーを中心に結成されたのがThe Hobo King Bandだ(佐橋佳幸(vocals, guitars)/KYON(vocals, guitars, keyboards, accordion, mandolin)/井上富雄(vocals, bass)/小田原 豊(drums, percussions)/西本 明(organ, keyboards))だ。いってみれば『Fruits』がオーディションの場という見方もできる。

「僕は1980年にデビューして、THE HEARTLANDというバンドを結成し、14年間活動して、解散しました。その後、2年ほどブランクがあって、アルバムを作ろうという事になり、いってみれば初めての“ソロアルバム”として作ったのが『Fruits』でした。その時、スキルの高いミュージシャンに集まってもらい、その中から何人か集まってできたのがThe Hobo King Bandです。だからまさに『Fruits』がオーディションの場だったといえると思います」。

レコーディング直前に家族を亡くし、哀しみの中、ウッドストックへ。「結果的に、自己再生のための時間になった。それはウッドストックの自然の中で、自分とそして音楽と向き合えたから」

そして佐野とThe Hobo King Bandのメンバーとの共通のルーツミュージック、クロスポイントが、70年代のアメリカのロック、つまりそのアーティスト達がこぞって訪れたウッドストック、ベアズヴィル・スタジオへの憧れだった。「その聖地に行って、自分達のルーツミュージック、ルーツアティストが立っていた場所を確かめたい」という衝動に駆られるのは、当然だ。しかし時を同じくして、佐野は大切な家族を亡くしている。今回の作品についている写真集の最後のページに、佐野のメッセージが記されているが、心を撃たれる。『THE BARN』の曲を書いている時に、妹さんを亡くし、その時の思いが綴られている。ウッドストックに行くというのは、佐野にとっては大切なレコーディングであり、さらに、自身の再生のための旅、時間でもあったのだろうか?

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「振り返ればそういう事になりましね。確かに家族を亡くした直後にウッドストックに渡り、レコードを作らなければいけなかったという事は、自分がいつも以上にしっかりしていないと、やり通せないという覚悟はありました。ただウッドストックという場所は、とても自然に恵まれていて、宿泊先の前には広い森が広がり、その森を散策しながら家族とは何か、自分とは何かという事と、ゆっくり向き合う事ができ、心が癒されました。ウッドストックだったからこそ、哀しみや運命的なものを音楽という形で表現できたのだと思います。そういう意味ではウッドストックにはとても感謝しています

常にバンドと共に活動。「野球チームの監督のような存在なのかもしれない。それぞれのミュージシャンの素晴らしい部分を、最大限に引き出すと素晴らしい作品ができあがる」

『THE BARN』という作品がその後の佐野元春というアーティストに与えた影響の大きさは計り知れない。「このアルバムは、その後の僕のキャリアのスタートだったのかなと思います」。それが2004年に、さらに理想の音楽、活動を求め、立ち上げた自身のレーベル「DaisyMusic」へとつながっていく。佐野はTHE HEARTLAND、The Hobo King Band、ザ・コヨーテバンドと、キャリアの中で常にバンド共に活動を続けているが、そのバンドメンバーはいずれも今や日本の音楽シーンには欠かせないミュージシャンになっている。佐野は当時から若きミュージシャンの才能を見い出だしていた。ミュージシャンを育てていきたいという気持ちが強かったのだろうか?

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「The Hobo King Band結成時は、メンバーは30代前半でしたが、音楽に対する知識と愛情は他のミュージシャンに比べて強かったので、彼らはきっと日本の音楽シーンを支える存在になると思っていました。ザ・コヨーテバンドもそうです。結成して13年になりますが、彼らもこれからの音楽シーンを支えていくミュージシャンになると思います。僕は誰かを育てたりする事はできませんが、時々思うのは野球チームの監督のような存在なのかもしれないという事です。ミュージシャンはバックボーンやプレイスタイルは、それぞれ個性があるので、その個性やポテンシャルを最大限に引き出して、それをバンドサウンドにする。自分が理想とするサウンドはある事はありますが、それを押しつけないという事が大切です。集まってくれたミュージシャンの素晴らしいところを最大限に引き出すと、『THE BARN』のようなアルバムができるし、ザ・コヨーテバンドであれば最新アルバム『MANIJU』のようなサウンドができあがるという事です。ミュージシャンの世界は年齢は関係ありません。いかにゴキゲンなアイディアを持っているかが重要です」。

「音楽の形態の変化はひと言、「面倒くせぇな」(笑)。でも自分がやっている事は何ら変わらない。どの世代にも聴いてもらえるポップソングを作っている」

佐野は37年間音楽を鳴らし続けている。その間、アナログ、CD、デジタルとメディアの変遷も経験し、聴き手の音楽の聴き方も含めて、様々な環境の変化の中で活動してきた。現在の音楽シーンに改めて感じる事を聞いてみると「ブラックビニール、CD、そしてダウンロードと音楽の形態が変わってきて、これをひと言でいうと「面倒くせぇな」という事です(笑)。いちいちそのメディアのいいところ、悪いところを検証する必要がある。面倒くさいですよね。でも自分がやっている事はなんら変わりません。なぜ自分は詞を書くのか、曲を書くのか、音楽に対する姿勢は、ソングライティングを始めた12歳の時から変わっていないです。僕は、その世代にしか通用しない音楽を作っているのではなく、どの世代が聴いても楽しく歌って踊ってくれるようなポップソングを書いているつもりです。だから10代、20代のファンも聴いてくれています」。

「誰もが日常の中で考えるシーンが増えてくる時こそ、ポップミュージックは人々に柔軟な視点をプレゼントできるアートであって欲しい」

佐野は昔から、音楽を通じて主義・主張を訴えているのではなく、目の前に起こっている事を切り取って、正確に伝えるという一貫した考え方の元、作品を発表し続けている。しかし時に勘違いをして受け止められる事もあるという。

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「僕の音楽を聴いて、「政治的だ」という人が中にはいますが、それはその人の感受性が強いのだと思います。どういう風に聴いてもらっても構わないですし、むしろその音楽を聴いて十人が十人「こういう意味だよね」と受け取られるのは、大した音楽ではありません。聴いた人がそれぞれ意味や形を変えていく曲こそ、豊かなポップソングだと密かに思っています。現在のように政治がタフな状況になって、誰もが日常の中で色々と考えるシーンが増えてくる時こそ、ポップミュージックは人々に、柔軟な視点をプレゼントできるアートであって欲しいと思います」。

「その時その時の情熱を正直に込め、ファンにプレゼントするような気持ちで音楽を作る。それが普遍性を持ってくれると嬉しい」

佐野が目指す、「普遍的なポップソング」を作るためには、何が一番大切、必要なのだろうか?

「難しいですが、その時その時自分に正直に情熱を込めて、ファンにプレゼントするような気持ちで作る事だと思っています。それが結果的に普遍性を持ってくれるといいな、時代を超えて欲しいなという願いは常に持っています」。

2020年に、40周年を迎える佐野元春は、どこに向かうのだろうか?

「僕は昔から2年先の事は考えないようにしています(笑)。そこから先は何が起こるかわからないですし、楽しみにしていたいし、そういう性格です。でも2年先は40周年です。しかもオリンピックイヤーで、ツアーを回りたいけど、ホールが確保できるのか心配なので、さすがに考えなければいけないと思っています(笑)」。

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