ピアノの可能性を追求する二人の天才――奇跡の連弾・連打で熱狂ライヴを作り上げる鍵盤男子とは?    

大井健(手前)と中村匡宏。ピアニストと作曲家のピアノユニット=鍵盤男子

人気ピアニスト・大井健×作曲家・中村匡宏=鍵盤男子

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鍵盤男子は人気ピアニスト大井健と、音楽博士でもある作曲家中村匡宏のピアノユニット。2011年の結成以来、その超絶テクを駆使した、高速連弾に耳を奪われてしまう圧巻のライヴが、若い女性を中心に話題を集めていた。そんな鍵盤男子が11月29日にアルバム『The future of piano』でメジャーデビュー。30日にはそれを記念したライヴが、品川eXで行われ、1stステージは『THE HISTORY ザ・ヒストリー」と題して、これまでの集大成としてクラシック曲を中心としたセットリストで、二人も燕尾服に身を包み演奏した。2ndステージは『THE FUTURE ザ・フューチャー』と題し、デビューアルバム『The future of piano』の収録曲を全曲披露。“ピアノはまだまだ冒険できる”という、アルバムに付けられたキャッチコピーの通り、ピアノの可能性、ピアノが奏でる音楽の未来を提示してくれた。オリジナル曲はもちろん、二人が愛してやまないオアシスや、レディオヘッド、コールドプレイといったUKロックのカバー、クラシックを大胆にアレンジしたものなどを披露した。二人は回転するステージの上で、一台のピアノで時にポジションチェンジをしながら、圧倒的なテクニックで連弾、連打を披露した。スクリーンに映しだされる二人の指使いにも引き込まれた。

クラシックでいうところの連弾は、二人のピアニストがそのテクニックを駆使して、まるで一人で弾いているような聴かせ方、シンクロ率の高さを表現するものだ。しかし鍵盤男子はそこが大きく違う。作曲家とピアニスト、2つの異なる生き方、独立しているものがひとつになる時に生まれる、“味のあるシンクロ率”が、“衝撃”として伝わってくる。二人の才能、演奏力はもちろん、豊かな知識とアイディアから生まれる曲とアレンジ、エンターテイメント性を兼ね備えているピアノユニットだ。そんな二人に鍵盤男子という特異なユニットについて、そしてアルバム『The future of piano』に込めた想いを聞いた。

「僕らは森を見る人と木を見る人。それぞれの特性を活かし、お互いが刺激し合っている」(中村)

メジャーデビューした事については、二人とも「夢がひとつ叶った」と言い、それは二人のホームグラウンドともいうべき、クラシック音楽の世界をもっと知って欲しいという強い思いの表れでもある。中村は「僕はずっとクラシックの世界で勉強してきて、クラシックのお客さんはコアな方が多くて、そこで成立していて、どうしてもマイノリティな雰囲気があってあまりスポットが当たらない。メジャーデビューする事で、クラシックのファンではない人達にも鍵盤男子を聴いてもらえるきっかけというか、認知だけでもまずはしてもらいたくて」と語ってくれた。

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大井と中村は国立音楽大学の同窓生でもあり、共にバックミュージシャン時代を含め、10年以上一緒に活動を共にしている。大井がソロとしてメジャーデビューしたり、中村がオーストリア・ウィーンに留学したり、すれ違っていた時期もあったが、鍵盤男子を続けてきた。プライベートでも仲がいいという二人に、お互いの“魅力”を聞いてみた。「まず、僕は弟が欲しかったんです(笑)。それと、彼は常に前を見て挑戦し続ける、常に新しいものを取り入れて、自分の幅を広げることに労力を惜しまないとところです」と大井が語ると、中村が「嬉しいですね(笑)。彼ももちろん音楽に対して勤勉で、貪欲ですが、自分とまた違う性質の、音楽への取り組み方が面白いです。昔二人で、それぞれの事を森を見る人と木を見る人だと言っていました。彼はすごく繊細にピアニズムを見て、その全体像や構成を、僕は作曲の知識を活かして見て、2人が本当に合っているという感じがしています」と教えてくれた。ピアニストとピアニストではなく、ピアニストと作曲家という二人が繰り出す連弾が、クラシック音楽はもちろん、ジャンルレスで音楽の世界を作りあげている。「最近彼から「ピアニストみたいなピアノの弾き方もできるようになったね」と言ってもらえ、これは実は作曲家としてすごく嬉しくて。彼も、再現芸術を美しく見せる訓練を受けているピアニストではあるのですが、作曲家が考えている音楽の見せ方に、かなり柔軟です。テクニックだけに縛られない部分もあるし、お互いのプレイに刺激を受けているし、僕は彼の演奏が毎回勉強になっています」(中村)

インディーズデビュー後、中村が留学し、活動がストップ。「このユニットは彼の曲が要。帰国してから鍵盤男子をやれる確信があり、送り出した」(大井)

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鍵盤男子は2014年にインディーズデビューし、他にはないその音楽性が徐々に広がっていき、ライヴには若い女性ファンを中心として幅広い層のファンが殺到した。しかしそんな中で、中村のウィーン国立音楽大学大学院への留学の話が持ち上がった。「鍵盤男子を含めて、二人とも色々な活動をしていたので、その活動をストップしてまでも行く価値があるかと聞かれて、僕は絶対行くべきだと言いました」(大井)、「鍵盤男子が少しずつ注目を集めているタイミングだったので悩んでいたら、彼の方から行った方がいい、将来的に鍵盤男子のためになるから行ってくれ、という言い方をしてくれました」(中村)、「彼が帰ってきたからでも絶対鍵盤男子はやれるという確信がありましたし、このユニットではフレッシュさや若さを先行させたものをやりたくなかった。鍵盤男子の要は彼が作る曲であって、彼がどれくらい幅を持って、鍵盤男子を世に出せるかが、後々の事を考えた時に一番大事でした」(大井)。中村がウィーンで鍵盤男子の音楽を周りの人に聴かせたところ、ヨーロピアンスタイルと日本の音楽が絶妙に融合したその新鮮さに、現地の人からは好評だったという。

1stアルバムはオリジナル曲と、オアシスなどのUKロックと、クラシックを斬新なアレンジでカバー。平面的な音楽を立体的に聴かせてくれ、ピアノ音楽の新たな可能性を示してくれる傑作

メジャーデビューアルバム『The future of piano』(11月29日発売)
メジャーデビューアルバム『The future of piano』(11月29日発売)

「音楽への愛がお互い熱狂的」(中村)という二人が、メジャーデビューアルバム『The future of piano』に注ぎ込んだ情熱は、ピアノという楽器の可能性をさらに広げる事につながっている。オリジナル曲を中心に、二人のルーツミュージックでもあるUKロックのオアシス「Don’t Look Back In Anger」、レディオヘッド「CREEP」、コールドプレイ「Viva La Vida」のカバー、そして「ボレロ」(ラヴェル作曲)、「威風堂々」(エルガー作曲)を大胆なアレンジでカバーするなど、二人の感性と技が炸裂した11曲が収録されている。「僕は毎回、オリジナル曲もアレンジも含めて、基本的に彼の事を思って書くことが多いです。レディオヘッドの「クリープ」に関しては、ものすごい思い入れがあるのも知っていたので、「このアレンジだったらやらない」と言われないように(笑)、気合を入れました。だから見たこともない楽譜になっています(笑)」(中村)、「ピアノやっている方が「クリープ」のスコアを見たら、ラヴェルとリストが混ざっていると思うと思います(笑)。それくらいの大作です」(大井)。

「クラシックへの興味の入口になって欲しい。でもクラシック音楽の敷居を下げたいとは思っていない。クラシックは難しいもの、聴きにくいものとして捉えてもいい。その真髄を楽しんでくれる人が増えて欲しい」(中村)

その中村のアレンジは、「ボレロ」、「威風堂々」のクラシック曲でも冴え渡っている。原曲の崩し方の塩梅が絶妙で、一作品としての素晴らしさはもちろんの事、原曲を聴いた事がない人には、原曲を聴いてみたいと思わせてくれるはずだ。クラシックの入口へといざなってくれる。「クラシック音楽をみんなに聴いて欲しい、でもクラシック音楽の敷居を下げたいとは思っていなくて。間口を広げるとかそういうことではなく、本当にクラシック音楽はいと思って欲しくて。クラシックというのは聴きにくいもの、難しいものでもよくて、それを楽しんでもらえる人が増えればいいなと思って作ったアルバムです」(中村)。

一枚通して聴くと、ピアノが歌っているのが伝わってくる。そして時には叫び、時にはやさしく語りかけてくれる感覚がある。平面的な音楽を、より立体的に感じさせてくれる鍵盤男子の音楽。ピアノの音でここまで、ワクワク、ドキドキさせてくれる作品もなかなかない。

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そんなアルバムを披露するライヴが、冒頭のシーンだ。CDでももちろん二人の音の“凄み”は伝わってくるが、ライヴではそれが肌を通じて体の中に入ってきて、得も言われぬ感動を感じさせてくれる。二人もやはりライヴに賭ける思いが強い。「いわゆる非圧縮というか、一番高みにあるものがライヴです。一番核になるものであって、それを広く伝えるためのCDという考えです。ライヴとCDは全く別で、それぞれで最高のものを作っている自負はありますが、ライヴというのは、言葉では表現できない、理屈抜きで感じる場。音楽を聴いて悲しい気持ちになったり、感動するとか震えるとか、それは音響物理学的に感動するものはあるかもしれないですけど、それだけではなくて、やっぱり何か説明できない霊感的な、厳かなものが感じられるのは、ライヴしかないと思っています」と、中村は音楽博士としての見解を教えてくれた。「鍵盤男子はライヴがメインだと思っていて、ライヴがきっかけで、みなさんに受け入れてもらえたと思います。今回レコーディングするにあたって、CDの楽しみ方ってライヴの楽しみ方と全然違っていて、だからライヴ感をそのままCDに持ち込むのはもったいないと思いました。CDとしての独立した価値というか、CDだからこそ伝えられることもあると思うので、そこを意識して作りました。なのでライヴではまた全然表現も変わると思います。そこが楽しいところかなと」(大井)。「ライヴを楽しんで、帰ってCDを聴くとまた違った聴こえ方がします。ライヴとCDでは弾き方も変えています。ライヴはその時限りの、特別なソースがかかるという感覚です」(中村)。

「ピアニストと作曲家、それぞれの自己を確立した二人がコラボするから面白いし、オリジナルの響きが生まれる」(大井)

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大井はソロピアニストとして2015年にメジャーデビューし、2枚アルバムをリリース。全国ツアーも行っていて、メディアの露出も多く、熱狂的なファンが多い。大井の中ではソロと鍵盤男子は、それぞれどんな存在なのだろうか。「鍵盤男子として活動を始めた時、それぞれに理想像がありました。それはお互い作曲家、ピアニストとして、まず自己を確立する事でした。それぞれの道を確立した2人がコラボするからこそ、鍵盤男子は面白いと思うし、それは今でも変わっていなくて。彼もこれから作曲家としてどんどん活躍していくと思うし、僕はソロでは鍵盤男子とは全く違うソロの世界を確立させていって、それをミックスさせた時にオリジナルの響きが生まれてくると思っています」(大井)。中村もそこは同じ考え方で、「僕達は中村匡宏という作曲家としての生き方と、大井健というピアニストとしての生き方の二つが独立していて、それが一緒になるのが面白い。その二つあるラインが、鍵盤男子として悪い意味でひとつになってしまうのが嫌で、なのでコンビというよりは、ユニットという感覚の方が近いと思う。二つの大きいラインが、一緒にひとつのものを作り上げているという感覚が欲しい。だからリハーサルもお互いやりたいものを持ち寄ってぶつけ合って、混じり合うところはそうなるし、逆に敢えて混ざらないようにする事もあります。混ざった方が綺麗に響くかもしれないけれど、それって鍵盤男子じゃないよね、ここはバラバラでいいんじゃないかなって」(中村)、「今回もアルバムを作っている時に感じたのが、究極のバランスを作ってしまうと、すごくつまらないものになる瞬間が多々ありました」(大井)。「でもそれって狙って作るのは難しくて、お互い仲はいいのですが、リハーサルに時間をかけるよりは楽しく一緒に話をしたり、ご飯を食べたりする方が、いい音楽を作れると思っています」(中村)。

「お互いに合わせるのではなく、理想の音楽が2人の中でできあがっていて、それぞれがそこに向かっていく」(中村)

阿吽の呼吸がなければ、あの見事な連弾も連打も表現できないが、アンバランスさも大切にし、“整え過ぎない事”を常に考えている。「僕が大井に合わせたり、大井が中村に合わせるというのは結構難しくて、僕と大井で何かひとつの目的があって、そこに合わせるというのがやりやすいやり方で。理想の音楽が2人の中でできあがっていて、それがどういうものかを普段話をして見つけて、リハーサルではそこを狙っていくという感じです」(中村)。

それぞれが注目を集める存在だが、全ては鍵盤男子のために、そう言い切る信念を持ち活動を続けている。二人の活動が活発になればなるほど、鍵盤男子の音楽が面白く、豊潤なものになるという事だ。ジャンルに囚われる事なく、鍵盤の可能性を追求、提示してくれる二人が作り出す世界を、是非体感、体験して欲しい。

鍵盤男子オフィシャルサイト