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野暮な浮世の事はしばし忘れて、柳家小菊の情緒ある「粋曲」で”粋”を味わう ”江戸のラブソング”に酔う

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
”小菊姐さん”の”粋な”「江戸のラブソング」に夢中になる、若いファンが増えている
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7月13日、創立90周年という歴史ある東京・日本橋の三越劇場では、暑い外の世界をよそに、“粋”が作り出す涼やかな風に、客席は包まれていた。この日同劇場では、『粋曲~江戸のラブソング~ 柳家小菊」と銘打った、「粋曲」で人気の柳家小菊の独演会が行われていた。特別ゲストは春風亭小朝で、笑いと、情緒を感じさせてくれる時間とで、極上の空間を作り上げていた。

柳家小菊の「粋曲」に夢中になる若いファンが増えている

粋曲とは江戸~明治~大正~昭和と、音曲師が寄席で歌い継いできた端唄(はうた;江戸の庶民に愛された流行り歌)、新内(しんない; 遊女の悲恋物語、心中物が多く、座敷芸、あるいは流しの音楽として伝承されたきた)、都々逸(どどいつ;七・七・七・五の音数律の情歌)などの、情緒を感じさせてくれる音曲の事。それを艶と張りのある三味線の弾き唄いで披露してくれる“粋な姐さん”が柳家小菊だ。落語ファン以外にはなかなか馴染みが薄いかもしれないが、今、小菊を目当てに寄席を訪れる若いファンも多く、独演会もすぐにチケットが完売になってしまう程だ。

”江戸の音色”と美しい言葉で、当時の男女の心模様、庶民の生活、文化の薫りを伝えてくれる

『粋曲~江戸のラブソング~』(7月12日発売)
『粋曲~江戸のラブソング~』(7月12日発売)

その小菊が2006年にリリースしたCD『江戸のラヴソング 柳家小菊・ひきがたり寄席のうた』の第2弾、『粋曲~江戸のラブソング~』を7月12日に発売し、好調だ。三越劇場での独演会は、この作品の発売記念でもあった。『粋曲~』は端唄・新内・都々逸など、江戸情緒あふれる音曲を、三味線の弾き唄いで表現し、その芸を余すことなく披露したライヴ音源。特に表声と裏声を交錯させる節回し、非常にテクニカルな歌唱は見事のひと言。どの時代、どんな音楽にもラブソングはあるが、江戸時代のラブソング、当時の人々の心模様が映し出されているラブソングは、現代にも通じる美しさと悲哀を感じさせてくれる。もちろん江戸時代の様子や空気、匂いはわかるはずもない。落語では絶妙の語り口でそれを再現してくれるが、粋曲は、“江戸の音色”と唄、美しい言葉と耳なじみのいいメロディとで、当時の男女の心模様、庶民の生活の様子など、その文化の薫りを教えてくれる。そこから滲み出る空気感は、情緒があり、ただただ美しい。

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独演会の小菊は、三味線を撥や爪弾きながらで歌唄い、そしてトークでも楽しませてくれ、凛として、色気が漂い、でも可愛いさも感じさせてくれる、ますます磨きがかかった品のある芸だった。“粋”とは、江戸に暮らす庶民の生活の中から生まれた、独自の独特の美意識の事だが、小菊の芸はまさにそれ。決して大げさなものではなく、こざっぱりとして、とびきり美味しいものを、少しずつ食べさせてくれる感覚。和の世界に興味がある人は、是非、粋曲の世界にも足を踏み入れて欲しい。年齢に関係なく、その“粋”な空気に魅了されるはずだ。柳家小菊のCD、舞台で、野暮な浮世のことを一瞬忘れて、“粋”な世界を楽しみたい。

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<Profile>

柳家小菊(やなぎや こぎく)。東京都府中市出身。早稲田大学第一文学部中退。1973(昭和48)年、柳家紫朝(鶴賀喜代太夫)に入門。1977(昭和52)年「第6回放送演芸大賞」ホープ賞受賞。1977(昭和52)年「第14回ゴールデン・アロー賞」芸能新人賞受賞。1979(昭和54)年新内師範として「鶴賀喜代花」の名を許される。主な持ちネタ:淡海節、さのさ、どどいつ やぐら太鼓 たぬき 明烏 日高川。8月26・27日に、神奈川県・箱根の岡田美術館で「歌麿と、唄で楽しむ江戸の粋」と題して、喜多川歌麿の「雪月花」三部作のうち、「吉原の花」と「深川の雪」が展示され、そこで吉原、品川、深川について唄った曲を中心に、柳家小菊の演奏会が行われる。絵を観て、粋曲を聴いて、江戸情緒を体感できるいい機会になりそうだ。

「OTONANO」柳家小菊特設ページ

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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