世界が絶賛した才能が没後、国内CDデビュー 夭逝の天才ヴァイオリニスト若林暢とは?

”魂のヴァイオリニスト”若林暢

クラシックチャートを席巻するデビューアルバム

『ヴァイオリン愛奏曲集』
『ヴァイオリン愛奏曲集』
『ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ全集』
『ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ全集』

若林暢(のぶ)という女性ヴァイオリニストの“デビューアルバム”が、今クラシックチャートを席巻している。6月21日に発売された2作のうち、『ヴァイオリン愛奏曲集』が、7月3日付Billboard JAPAN Top Classical Albumsで2位以下を大きく引き離しての1位、そして3位にも『ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ全集』がランクインした。さらに6月26日付オリコンウィークリー クラシック部門アルバムランキングではそれぞれ2位と4位にランクインし、国内デビューアルバム2作が同時に各チャートのトップ5にランクインするという人気ぶりだ。『ヴァイオリン~』は、彼女が愛したヴァイオリン小品の中から、クライスラー、パガニーニ、サラサーテ、ラヴェルなどの選りすぐった名曲のライヴ音源集で、『ブラームス:~』はイギリスで1993年に発売され、ヨーロッパ各紙で「歴代のブラームスの名演」と賞賛された音源だ。

世界が認める才能、しかし日本では名前が知られていなかった。その死から一年経ち、ようやく”CDデビュー”

若林暢
若林暢

デビューといっても彼女はもうこの世にはいない。実は昨年6月8日、58歳の若さでガンのため惜しまれつつ亡くなってしまった。彼女は4歳でヴァイオリンを始めたが、指導した先生が怖くなるほどの上達ぶりで、天才少女と呼ばれていた。東京藝術大学、同大学院を経て、ジュリアード音楽院を卒業、博士号を取得。1987年カーネギーホールでのデビューリサイタルは、ニューヨーク・タイムズでも絶賛され、世界各地で演奏活動を行った。ニューヨーク国際芸術家コンクール、ヴィエニャフスキ国際コンクール、モントリオール国際コンクールなどのコンクールで優勝、入賞が多数あり、主にアメリカやヨーロッパで活躍をした。その一方で、日本ではほとんど名前が知られていなかったというから不思議だ。その死から一年、彼女が遺した名演が音源化され、ようやく日本で”CDデビュー”を果たした。

晩年は両親の介護をしながら、自身もがんと戦いながら音楽活動。最後までヴァイオリンを弾き続ける

彼女は海外から帰国後、後進の指導とチャリティー活動に熱心だった。晩年は最愛の両親の介護をしながら音楽活動に励んでいたが、自身も乳ガンに罹患。そのガンは肝臓にも転移。余命宣告を受けながらも、彼女は一人で介護と演奏活動を両立させ、続けていたという。「ヴァイオリンを弾ける事の幸せ」を常々口にしていた彼女は、激痛の緩和ケアのための鎮痛剤を打ちながら、最後まで生きることをあきらめないで大好きなヴァイオリンを弾き続けた。彼女は、病気と闘っていたことを周囲に気づかせる事なく逝ってしまい、あまりに突然姿を消してしまったため、彼女の事を知る誰もが戸惑った。

デビューアルバム”の題字を手がけたさだまさしは、「もっともっと評価されるべき人」

Photo/御堂義乘
Photo/御堂義乘

シンガー・ソングライターのさだまさしは彼女と親交があった一人で、ある日、さだの元に彼女の母親から一枚のアルバムと共に、「若林暢のCDに言葉を添えて欲しい」という手紙が届いたという。久しく彼女と会っていなかったさだは、その手紙で彼女の死を知る。母親もその手紙をさだに送った直後に亡くなってしまった。さだは彼女が奏でる音楽を「理知的で繊細な心根だけではない奥行きと力強さが伝わってきます。その一曲一曲の暢さんの音楽に対する表現力に驚き、もっともっと評価されるべき人であったと確信します」と絶賛。彼女の作品を世の中に広めていくために何かしたいと思い、今回発売となったCDのジャケットの『魂のヴァイオリニスト』という題字を書いた。

盟友達が追悼リサイタル

アルバート・ロト(ピアノ)、ワルター・アウアー(フルート)
アルバート・ロト(ピアノ)、ワルター・アウアー(フルート)

CDリリースを記念した、追悼リサイタルが6月20日の松戸公演を皮切りに全国8か所で行われ、そのファイナルが29日、彼女と共演をし、親交を深めたウィーン・フィルハーモニー管弦楽団首席フルート奏者、ワルター・アウアー氏と、彼女と最も多く共演をしたピアニスト、アルバート・ロト氏を迎え、東京・日本基督教団田園調布教会で行なわれた。この公演は若林の遺志を継ぎ、東日本大震災復興支援チャリティーとして行われ、さだもスペシャルゲストとして出演した。出演者はそれぞれ生前の若林との想い出を語り、さだは「暢さんとは1982年の「軽井沢音楽祭」の時初めてお会いして、その演奏にとても感動しました。彼女は当時“売り出し中”で、でもヴァイオリニストとして誰でも持つ名誉欲やキャリア欲が全くなくて、それが不思議でした。そういう意味でもなぜかずっと忘れられない人です」と彼女との出会いを語り、今回のアルバムが好調な事にも触れ、「暢さんの音楽が沢山の方々に受け入れられて、私も本当にうれしく思います。きっと暢さんも天国で微笑んでいらっしゃることでしょう。暢さんの音色が、さらに多くの方々に届くように、私も応援していきます。」と祝福した。

親日家で、彼女と最も多く公演したピアニストのアルバート・ロト氏は「暢さんとは200回くらい一緒に共演しました。素晴らしい演奏と共に、ヴァイオリンを子供や若い人達に教えている時の真剣で、楽しそうな彼女の姿が印象的です」と語り、盟友ワルター・アウアー氏は「彼女はリスクを恐れず、高い完成度を目指して優れた演奏をしていました。心から響いてくる音楽を奏で、常にベストを尽くすためにあらゆる努力を惜しまない素晴らしい音楽家でした。亡くなる前にも共演したが、病気の事は全く知らなくて、死を知らされた時は本当にショックでした」と語った。

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凛とした空気と、優しい空気が流れる、祈りの空間で奏でられる、力強くも優しい、慈愛に満ちたアルバート氏のピアノ、凛々しくたおやかな音のワルター氏のフルートは、そこにいる人全ての心を浄化してくれるような音色だった。ワルター氏が「ずっとコンサートをやってきているのに、今日はリハーサルで二人の音がなかなか合わなくて、どうしたんだろうと思っていたのですが、それは暢さんがここに来ているからです」と語り、演奏しながら時おり天を見上げ、彼女の存在を感じながら“共演”を楽しみ、捧げていた。

聴き継ぎ、語り継いでいかなければいけない、日本が誇る才能

『ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ全集』は、その隅々まで情緒に満ち溢れた演奏と表現力には、ブラームスファンならずとも胸が熱くなるはずだ。『ヴァイオリン愛奏曲集』は、全くの未編集のライヴ音源で、彼女の研ぎ澄まされた感性と、ライヴならでは昂揚感と、客席との心のコミュニケーションを感じる事ができる名演。若林暢が遺した数少ない貴重な音源の次の発売を心待ちにしたい。そしてこんなにも素晴らしいヴァイオリニストが日本にいたという事実を、次の世代へ語り継ぎ、その魂がこもった素晴らしい演奏を聴き継いでいきたい。

「OTONANO」若林暢特設サイト