デビュー40周年、矢野顕子の名ドキュメンタリー映画が復活上映 そのあまりにも生々しく美しい”瞬間”

名カバー集のレコーディングの緊張感を捉えた、名ドキュメンタリー映画『SUPER FOLK SONG ~ピアノが愛した女。~』

『SUPER FOLK SONG』(1992年)
『SUPER FOLK SONG』(1992年)

デビュー40周年を迎えたシンガー・ソングライター矢野顕子。彼女がこれまで発表してきた数々の作品の中でも、特にファンの間で名作と誉れ高く、また後に活躍する多くのアーティストに影響を与えた一枚として聴き継がれているのが、1992年に発表したアルバム『SUPER FOLK SONG』だ。『SUPER~』は、矢野のピアノ弾き語りシリーズの第1弾として、編集なしのいわゆる「一発録り」でレコーディングされ、山下達郎、大貫妙子、佐野元春、あがた森魚他の作品をカバーしている。彼女の音楽性の幅広さを感じさせてくれると共に、聴く者全てが矢野独特の世界観に引き込まれ、そして彼女の、彼女が作り出す音楽が醸し出す大きな愛情に包まれたような感覚になる。

この名盤誕生の一部始終を捉えていたドキュメンタリーフィルム『SUPER FOLK SONG ~ピアノが愛した女。~』も92年に公開され、当時2万人を動員し、それまでのレイトショー記録を塗り替える大ヒットになっている。この作品がデジタル・リマスタリングが施され、1月6日から15日間限定で全国の劇場で復活上映される。この映画をひと足先に観てきた。

凛とした空気の中、ピアノを前に格闘する矢野。その凛とした空気を作り出しているのはもちろん矢野本人なのだが、やはり初めてホールを貸切っての「一発録り」という事で、通常のレコーディングとはその緊張感が違うのだろう。ピアノの前で繰り返し練習し、レコーディングをしては止め、また演奏しては途中で止め、また演奏する――挑戦を繰り返す矢野の姿が包み隠さず映し出されている。観ている側が正座して観なくては、と思ってしまうほどのピリピリした緊張感が生々しく伝わってくる。レコーディングというのは、言ってみればアーティストが裸の自分をさらけ出している場所。当然第三者にはあまり見せたくないものだ。しかしこの映像では矢野の一挙手一投足がそのまま映し出され、その“瞬間”がつぶさに記録されている。偶然に撮影されたのではなく、確信犯的に“瞬間”を次々と切り取り、映し出す映像は、矢野と撮影者との信頼関係なしには撮れない。

矢野が全幅の信頼を置いたその人物は、故・坂西伊作監督。「監督から、撮影するときは、どこから撮られているかわからないようにするし、レコーディングの邪魔にならないようにしますから、と説得されたの」と矢野は坂西とのエピソードを教えてくれた。坂西は、その天才的、独創的なアイディアで、佐野元春、大江千里、TM NETWORK、渡辺美里、岡村靖幸、ストリート・スライダーズ、CHARA、エレファントカシマシ、遊佐未森、JUDY AND MARY、T.M.Revolution、川本真琴etc…数々のアーティストのミュージックビデオや、ライヴの映像ディレクターとして活躍。カメラの前にいるアーティストの一番美しく、そして人を引き付け、人の心に響く部分を引き出し、映像に残し続けた。誰からも愛され、信頼された名クリエイターだ。

その坂西の前で、矢野は懸命に、一心不乱に歌とピアノとに向き合った。その姿を捉えた映像は計約92時間にも及んだという。観ている側の胃が痛くなる程の、張りつめた空気の中で、矢野のピアノの音色の美しさに誰もが胸を打たれるはずだ。美しく、柔らかな雰囲気の矢野が奏でるピアノは、素直でふくよかで優しく、凛とした美しさを感じさせてくれる。矢野の、自分を信じ、いい音楽を生み出そうと懸命に、純粋に向き合い、それが生まれる“瞬間”にかける激しさは、想像を絶する。そしてその“瞬間”を何が何でも捉え、離さないんだという坂西の強い意志とが交錯し、画面から痛いほど伝わってくる。ミュージシャンとクリエイターの真剣勝負なのだ。だから何年経っても決して色あせない極上のドキュメンタリー作品になった。

「自分造りの大きなターニングポイントになった作品、映画」(矢野)

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昨年12月22日、東京・新宿バルト9でこの作品のプレミア上映が行われ、矢野が登場し当時のレコーディング、撮影時の思い出などを語った。当時の映像の中の自分の印象については「なーんでこんなに一生懸命なんだろ」と笑いながら語っていた。制作の経緯については「まったく思い出せない、全部忘れちゃうの。でも映画を撮っておいて良かった。時が経ってしまうと、私は全部流れて忘れていっちゃうから」というコメントには、客席から笑いが起こった。 「当時の事を思い出すと、少々照れくさい気持ちになりますが、改めて作品を観ますと40年の活動の中でこの作品は、いまの自分造りの大きなターニングポイントになっていたのだなと感じる映画でした。レコーディングの中で失敗したり、成功したりする私を観て、ぜひ観客の皆様も、一緒に曲を作っているかのようにお楽しみ頂けると嬉しいです」と語っているように、観客はまるで矢野と共にレコーディングをしているかのような感覚になる。

この映画の公開初日である1月6日(金)から1月9日(月・祝)まで4日間連続で新宿バルト9では、各界からゲストを招いてトークイベントが行われる。6日坂本美雨(ミュージシャン)、7日砂原良徳(ミュージシャン)×ユザーン(タブラ奏者)、8日三浦光紀(プロデューサー)、9日平野勝之(映画監督)と、ジャンル問わずバラエティに富んだ個性的な面々が矢野顕子を語る。

『SUPER FOLK SONG ~ピアノが愛した女。~』特設サイト