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『BreakingDown』は格闘技か否か、バラエティ番組的な演出の妙と数字への過剰意識が招く問題点

田辺ユウキ芸能ライター
(写真:Motoo Naka/アフロ)

格闘家・朝倉未来がプロデュースする格闘技イベント『BreakingDown/ブレイキングダウン』の第6弾が11月3日、開催された。

喧嘩自慢、格闘技経験者らが参戦し、1分1ラウンドで対決する同イベント。2021年2月にスタートして以来、じわじわと人気をあつめてきたが、今回の『BreakingDown6』は出場を希望する応募者の総数が過去最大の2000名にのぼったという。

さらに朝倉未来のYouTubeチャンネルで配信されている公開オーディションの動画の再生回数も5本で3000万を超えるなど、過去一番と言って良い盛り上がりをみせた。試合当日もオンライン中継に視聴が集中したこともあってか一時、サーバー負荷で観戦不可の状況が発生するほどだった。

公開オーディションは『ガチンコ!』『¥マネーの虎』などバラエティ番組を想起

『BreakingDown』がウケている理由はなんなのか。エンタテインメントやカルチャー的な視点で考察すると、さまざまなフォーマットやコンテンツを下敷きにしているように感じられる点が挙げられる。

『BreakingDown』はまず、公開オーディションを何度かに分けてYouTubeで配信し、視聴者を引きつけていく。血気盛んな出場希望者たちは、自分をアピールするために過激な行動に打って出る。そのために、ひな壇に座る過去大会の実績者の「レギュラー陣」らに食ってかかり、舌戦や乱闘騒ぎを起こす。目立つために、醤油を頭からかぶるなどする出場希望者もいた。

公開オーディションの場で癖の強い出場希望者をレギュラー陣と対面させ、次々と遺恨を作っていくことで視聴者に興味を持たせていく。

出場希望者の態度の悪さが目立つオーディションでまず引きつけていく展開は、1999年4月から2003年7月まで放送されたバラエティ番組『ガチンコ!』(TBS系)のなかの企画「ガチンコ・ファイトクラブ」を想起。さらに、該当回では憎らしく思える出場希望者であっても、その次の回ではレギュラー陣らと仲間のようになり、視聴者に好感をいだかせる仕組みも「ガチンコ・ファイトクラブ」に通じるものがある。

また、なぜ『BreakingDown』に出場したいのか、出場希望者にその思いの丈を吐き出させて、朝倉未来やレギュラー陣が精査する様子は、2001年10月から2004年3月まで放送『¥マネーの虎』(日本テレビ系)のイメージにも近い。

1分1ラウンド、TikTokや倍速視聴に馴染んだ若者層にぴったり

試合の勝敗を1分1ラウンドで決める形式もポイントだろう。

キックボクシングなどでは3分1ラウンドを合計で数ラウンド重ねていくが、そのやり方では技術力、体力など経験の差が歴然となる。しかし、1分1ラウンドであれば、格闘技経験ゼロの喧嘩自慢がワンチャンスで実績のある格闘家に勝てるかもしれない(もちろん実際はなかなかそうはいかないが)。今大会でも、格闘技を始めたばかりの「勾配ニキ」こと信原空が、朝倉未来と1勝1敗の実績を持つ元アウトサイダー王者・樋口武大をダウンさせるなどして金星をあげた。公開オーディションのスパーリングや過去大会でも、経験に乏しい出場者が格闘技経験者に勝利する場面も何度かあった。

視聴者的にも、1分1ラウンドの短期決戦は格闘技に馴染みのない人でも比較的、視聴しやすいサイズと言える。その「サイズ感」や「決着の早さ」は、現在のTikTokなどのスピーディーな閲覧や、映画やドラマの倍速視聴に馴染んだ若者層にぴったりなのかもしれない。

人生激変「格闘技界のM-1」、朝倉未来の「そこ、試合決定で」も流行語に

出場希望者にとって『BreakingDown』は、運命を変えられるチャンスの場となっている。

たとえばオーディションでインパクトを残せば、そのあと自身のYouTubeチャンネルやSNSでバズる可能性が高くなる。過去にも「10対1の喧嘩で勝った」と豪語しながらスパーリングや試合で惨敗する「10人ニキ」、裏社会的な濃い見た目と名言の数々で脚光を浴びる「バン仲村」、血の気の多さからいろんな喧嘩自慢から標的にされる「こめお」などが、ある意味、キャラクター化して人気をあつめている。

短期間で人生が激変する可能性があるという点では、「格闘技界のM-1」と称することができるのではないか。

ほかにも、公開オーディションでマッチメイクの際に朝倉未来が口にする「そこ、試合決定で」という決まり文句がSNS上で流行になりつつある。また、ネット掲示板で以前から使われていた男性のことを指す「ニキ」(「10人ニキ」「醤油ニキ」「勾配ニキ」など)という呼び方も復刻気配をみせている。そうやってネットカルチャーにもいろいろと影響が広がっている。

「素人」の加減の知らなさによる暴力トラブルが問題に

一方で、イベントの規模が拡大するにつれて問題点を指摘する声も挙がっている。

『BreakingDown6』では、公開オーディションで女子フライ級マッチへの出場を希望する、みらたむ、いーたろが大暴れし、同席したオーディション参加者・緒方友莉奈に左膝半月板損傷など複数の怪我を負わせたほか、同じく参加者・坂口杏里にも暴行を加えた。大会前日の11月2日にひらかれた記者会見では、出場者の久保田覚が、対戦相手・まさおをパイプ椅子で襲撃。まさおがこめかみあたりから流血する事態となり、ふたりの試合は中止に。いずれも「傷害事件ではないか」という意見が出ている。

実際の格闘技の試合でも記者会見時のフェイストゥフェイスのときに乱闘騒ぎが起きたりするが、それはあくまで踏み越えてはいけない一線をわきまえたプロ同士のやり取りである。だが『BreakingDown』では「素人」が暴力的なトラブルを発生させており、その加減の知らなさがはっきりと露呈されるかたちとなった。

過激な行動はなぜ起きてしまうのか、背景に「脚光」と「数字」

過激な行動に出る背景には、「脚光」と「数字」の誘惑が転がっているからではないか。実際、みらたむ、いーたろによる暴行回が1000万近い再生回数を叩き出しており、皮肉にもこれが今回の公開オーディション動画のなかで最多再生数となっている。

本大会出場の判断材料のひとつに「話題性」や、対戦相手との「ストーリー性」が重視されることから、出場希望者のなかに「誰かに喧嘩をふっかければ話題になる」という安易な意識が働いているのかもしれない。

公開オーディションでもレギュラー陣や出場希望者たちは、対戦候補者に「お前、誰だよ?」「(顔や名前を)知らない」などネームバリュー的に自分と釣り合っているかどうかばかり話している。また、相手のSNSのフォロワー数を気にするなど、数字的なメリットを過剰に意識する場面が多々ある。

『BreakingDown』のその先にYouTuber、TikTokerとしての成功を見据える出場希望者が増えているからこそ、数字への過剰意識の末、演出をこえた暴力という手段に打って出てしまう可能性があるのではないだろうか。

武尊、平本蓮ら現役格闘家たちから否定的な意見も

格闘技界からも『BreakingDown』のやり方を疑問視する意見が挙がっている。

久保田覚のパイプ椅子での暴行を受けて、格闘家の武尊は「子供達が見る影響を考えて欲しい」「ここ数年の数字が取れれば何でもありで先のことを考えてないこの業界が嫌い」、同じく格闘家・平本蓮も「ブレイキングダウンが格闘技として一般層が認識してしまうのは正直納得いきません」「大会ではなく企画 あんな危険なただの人の喧嘩は今すぐ終わらせるべきだと思います」とTwitterで苦言を呈した。

『BreakingDown』の現状は、格闘技とは別ものであり、ショービジネスとして見る向きが強まっている。第6弾の公開オーディションでは、「本気で格闘技に取り組んでいる格闘家がもっと注目されてほしい」と訴える出場希望者もいたほどだ。

朝倉未来はYouTubeチャンネルの企画然り、人が潜在的に「観たい」と思えるものを具現化できることに長けた、名プロデューサーでもある。『BreakingDown』も「素人」の本気の殴り合いなど、その生々しさが刺激へとつながって一気に注目をあつめるようになった。海外進出も視野に入れていると語っており、今後もいろんな話題を振りまいていきそうだが、持ち味でもあるアンダーグラウンドな雰囲気をどこまで貫くかが課題のひとつになるのかもしれない。

芸能ライター

大阪を拠点に芸能ライターとして活動。お笑い、テレビ、映像、音楽、アイドル、書籍などについて独自視点で取材&考察の記事を書いています。主な執筆メディアは、Yahoo!ニュース、Lmaga.jp、Real Sound、Surfvote、SPICE、ぴあ関西版、サイゾー、gooランキング、文春オンライン、週刊新潮、週刊女性PRIME、ほか。ご依頼は yuuking_3@yahoo.co.jp

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