Yahoo!ニュース

『ブラッシュアップライフ』がZ世代を巻き込んだ理由

田幸和歌子エンタメライター/編集者
(画像提供)日本テレビ

「これはいったい何周目の人生のどのあたりの光景か」

そんな不思議な感覚に幾度も襲われた1月期。「不思議な感覚」の理由は、路上で、電車内で、公園で、美容院で、街のあちこちで、バカリズム脚本×安藤サクラ主演のドラマ『ブラッシュアップライフ』(日本テレビ系)の話題を耳にしたことだ。

リアルな街中でドラマの話をする人たちを見かけるのは、いつ以来だろう。それも、いわゆる“ドラマ好き”の中心を担う中高年女性層ではなく、女子中高生や大学生などが「昨日の『ブラッシュアップライフ』観た?」なんてやりとりを、街中でしているのだ。これはまさしく同作の主人公・近藤麻美(あーちん/安藤)と幼馴染の門倉夏希(なっち/夏帆)、米川美穂(みーぽん/木南晴夏)の3人組(正しくは4人組)が放課後に行っている「ドラマクラブ」(好きなドラマや役者などについて評価ポイントなどを交換ノートに書いておしゃべりする)の光景そのものではないか。

最近では10月期の『silent』(フジテレビ系)が、TVer再生回数やSNS世界トレンド、聖地巡礼などで大いに話題になった。菅田将暉主演の『ミステリーと言う勿れ』(2021年/フジテレビ系)やさらに遡って『3年A組-今から皆さんは、人質です-』(2019年/日本テレビ系)など、若い世代に人気があった作品がときどき登場してもいる。

しかし、ドラマ黄金期に学生が、会社員が、翌日の学校や会社で「昨日あのドラマ観た?」と語り合ったように、今の若者がテレビの話をする機会といえば、せいぜいスポーツの国際大会やお笑いの大会くらいではないか。

実際、次世代メディア研究所代表/メディアアナリストの鈴木祐司氏のYahoo!ニュース個人オーサー記事(3月5日)によると、『ブラッシュアップライフ』はT層(男女13~19歳)、1層(男女20~34歳)、M2(男性35~49歳)で首位となった一方、4層(男女65歳以上)で最下位、3層(男女50~64歳)でもぱっとしないという調査結果が見られたそうだ。

では、なぜ『ブラッシュアップライフ』がこうもZ世代などの若い人たちに受け入れられたのか。

(画像提供)日本テレビ
(画像提供)日本テレビ

あるある満載の日常系+コント要素+Z世代も通ったカルチャー

最初はSNSなどの反応を見る限り、バカリズム脚本の『架空OL日記』(2017年~/読売テレビ)シリーズにも通じる‟脈絡なく話題があちこちにとぶ女子会トーク”や“地元ノリ”を楽しむ層、安藤サクラや夏帆、木南晴夏、臼田あさ美、三浦透子、松坂桃李、染谷将太、黒木華などの豪華な役者陣に注目する層などをひっくるめ、いわゆるドラマ好きがメイン視聴者だったように見えた。

加えて、バカリズム脚本ならではの登場人物の細かなキャラ設定や掛け合いの面白さ、「来世」に南米のオオアリクイやインド太平洋のニジョウサバ、北海道のムラサキウニなどを持ってくる、バカリズムのコントにも通じる奇想天外な独特の世界観に、通常はドラマをあまり観ない男性層や若者世代も「面白い」と言い始めた流れがあったように思う。

さらに、Z世代などの若い女性たちにとっては、30年前後の同じ人生を何度もやり直す主人公と10歳程度かそれ以上の年齢差があるものの、「シール交換」「ラウンドワン」「プリクラ」などの遊びは、コロナ禍突入以前には誰もが通った道。主人公が中学校で社会科教師・三田哲夫(ミタコング/鈴木浩介)に没収されたゲームボーイアドバンスは知らないが、Z世代にとってはそれがDSなどにそのまま置き換えられる共通体験だろう。また、加藤(宮下雄也)がカラオケで熱唱する「粉雪」も当然馴染みがある。

しかし、若い世代がハマった理由は、そうしたカルチャーへの懐かしさや共感ばかりではない。実は途中からSNSで目立ち始めたキーワードがある。それは「まどマギ」だ。

(画像提供)日本テレビ
(画像提供)日本テレビ

終盤で突然SNSを沸かした「まどマギ」展開

「まどマギ」とは、漫画、小説、ゲーム化、劇場映画化等もされた、Magica Quartet原作・虚淵玄脚本・新房昭之監督の人気アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』(2011年1月~4月/MBS)のこと。

願いをかなえた代償として「魔法少女」になり、人類の敵と戦うことになった少女たちに降りかかる過酷な運命を、優れた魔法少女になれる可能性を持ちつつ傍観者として関わることになった中学生・鹿目まどかを中心に描く作品だ。

「トラウマアニメ」に数えられるダークファンタジーと、まさか「バカリズムが壮大なスケールを持て余し、不思議な日常を描く地元系タイムリープ・ヒューマンコメディー」が、重なってくるとは。

『ブラッシュアップライフ』の場合、途中までは、バカリズムお得意の「あるある」満載の日常系と、『世にも奇妙な物語2012年秋の特別編』(フジテレビ系)や『素敵な選TAXI』(2014年/関西テレビ放送)などの「タイムリープ」というSF的要素を絡み合わせたバカリズムの集大成に見えた。「来世で人間に生まれ変われるように」徳を積むため、微笑ましくもちょっとスリリングで、ちょっとバカバカしい日常の努力の積み重ねとトライアンドエラーに、安心して笑って観ていた視聴者がほとんどだったろう。

ところが、第7話(2月19日放送分)ラストから第8話(2月26日放送分)で描かれた衝撃の急展開に鳥肌が立った。

元同級生でパイロットの宇野真里(まりりん/水川あさみ)に、自分も人生をやり直していると告げられた麻美は、実は自分となっち、みーぽんの「仲良し3人組」が、本当は真里も含めた「仲良し4人組」だったことを知る。麻美も知らない、真里の1周目の人生では、恒例の3人のシール交換にもドライブにも誕生日会にも真里が存在していたのだった。

(画像提供)日本テレビ
(画像提供)日本テレビ

人生5周目という真里の目的は、飛行機事故による死から、なっちとみーぽんを救うこと。しかし、1周目の人生では「中の下」のポテンシャルだった真里は、2人を救いたいという思いから、さらに「2人だけを救えたら、他の人を見殺しにしても良いのか」と考え始め、自分のポテンシャルを大幅に超える目標のために、幼い頃から休み時間も返上して必死に勉強し続けてパイロットを目指したと言う。

そのせいで麻美たち3人と仲良くなる機会を逃し、「良い子だけど、完璧で近寄りがたい」存在になってしまった真里。前世で親友だった2人を救い、飛行機事故から多くの人々を救うため、その親友たちと疎遠になり、孤独を抱えつつも、健気に懸命にたった一人で戦い続けていたのだった。

真里のあまりに切ない人生やり直しの経緯が判明すると、それがSNSで話題になり、「まどマギ」のとある人物と重ね合わせて、その興奮をSNSに綴る人が続出。

『ブラッシュアップライフ』にハマった人が今後興味を持って初めて「まどマギ」を観る可能性もあるため、ここでは詳述を避けるが、確かに親友を救うために親友との距離ができ、誰にも知られず孤独に戦い続ける姿は、「まどマギ」を想起せる。SNSには「ブラッシュアップライフ見てるつもりが、まどマギだった」「まさかのまどマギ展開に泣ける」「ブラッシュアップライフは令和版のまどマギだ」「ブラッシュアップライフがまどマギだと聞いてとんできたけど、完全にまどマギだった」「9話で4人で笑い合う場面、そのまんままどマギ」といったつぶやきが次々に書き込まれた。

「シュタゲ」「エンドレスエイト」「リゼロ」……押さえておきたい類似世界線のアニメ

上記にもあるように、SNSで流れてくる「まどマギ的展開」に関心を持ち、初めて『ブラッシュアップライフ』を観て、そこからハマって一気見している人も多数いるようだ。

「ブラッシュアップライフ まどマギ」で検索する人も多く、それら2つのワードをつぶやいているSNSアカウントをチェックしていくと、アイコンが何らかのアニメ画像で「大学生」「成人済み」「オタク」などと書かれたものが実に多い。

ちなみに、コロナ禍以降は配信の普及により、Netflixなどの配信サイトでアニメを観る人が多く、利用状況に応じて「マッチ度」などで示されるオススメ作品でこうした分野を片っ端から観ている人も多数いる。

3.11以降、度々起こる災害とコロナ禍における閉塞感や苦しさが続く中、「ディストピア」と「日常の尊さ」が描かれるアニメの需要は増えている。

「まどマギ」の他に、タイムリープもの、SF・ダークファンタジーなどで、『ブラッシュアップライフ』と重ね合わせて若者世代を中心にSNSで語られていた著名アニメ作品をいくつか挙げてみたい(様々なメディアミックスに関してはここでは省略)。

〇『STEINS;GATE(シュタインズ・ゲート)』(2011年4月~9月/独立UHF局ほかAT-Xにて放送) 通称「シュタゲ」

〇『涼宮ハルヒの憂鬱』(2006年4月~7月/千葉テレビほか)の有名エピソード「エンドレスエイト」(8月が永遠に終わらず繰り返されるループ。同一のエピソードをほぼ同じセリフ・ほぼ同じ展開で8週繰り返し、放送事故ではないかとも思われた)

〇『Re:ゼロから始める異世界生活』シリーズ(2016年4月~9月/テレビ東京ほか) 通称「リゼロ」

〇『ひぐらしのなく頃に』(2006年4月~9月/関西テレビほか)シリーズ

〇『東京リベンジャーズ』(2021年4月~9月/毎日放送ほか)シリーズ

〇『サマータイムレンダ』(2022年4月~9月/TOKYO MXほか)

若者のテレビ離れ、ドラマ離れが叫ばれて久しい中、若者を巻き込もうという狙いで作られた意欲作・秀作のドラマも少なからずある。しかし、『ブラッシュアップライフ』の場合、おそらく当初のターゲットとしてZ世代を想定していたわけではないだろうに、SNSでの噂が噂を呼び、アニメ好きが関心を持って後から観始め、さらに拡大していった。

気づけば、男性やZ世代など、日頃ドラマをあまり観ていない層が『ブラッシュアップライフ』に夢中になっている。よく練られた脚本と力のある役者陣が生んだ、思いがけない「副産物」かもしれない。

(田幸和歌子)

エンタメライター/編集者

1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌・web等で俳優・脚本家・プロデューサーなどのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。エンタメ記事は毎日2本程度執筆。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

田幸和歌子の最近の記事