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政治に絶望した人々が、『映画 〇月〇日、区長になる女。』に希望を見出す理由

田幸和歌子エンタメライター/編集者
画像提供/『映画〇月〇日、区長になる女。』

2月末には過去最低の支持率14%台を叩き出した岸田内閣。

裏金は4000万円まで立件されず、何十年も前から使い古された「秘書のせい」で逃げ続け、塩谷衆院議員のように「納税するつもりはございません」と堂々宣言する者まで現れる始末。

一般市民からはギリギリまで税金を搾り取り、血税を使って議員はエッフェル塔ではしゃぎ、不倫三昧。

挙句、能登半島地震発災から2カ月以上経つ今も、被災地の多くの家屋は倒壊したまま、食料事情も住環境も酷い有様で、にもかかわらず石川県の馳浩知事は大阪万博に1000万円予算を計上。

終わりの見えない地獄に絶望し、政治の話はもうウンザリなどと思う人もいるだろう。

そんな中、政治を市民の力が変えられる、市民の声が無駄じゃないと感じさせてくれる政治ドキュメンタリー映画がヒットしている。

『映画 〇月〇日、区長になる女。』。3期目の現役区長を187票差で破った岸本聡子と、彼女を草の根で支えた住民たちに密着した映画だ。ポレポレ東中野で1月2日に公開初日を迎えて以降、18日連続満席を記録し、3カ月目に突入している。

監督は、劇作家・脚本家・演出家で、演劇ユニット「ブス会*」主宰者のペヤンヌマキさん。なぜ「選挙」「政治」のドキュメンタリーを? ペヤンヌマキさんにインタビューした。

画像提供/『映画〇月〇日、区長になる女。』 ペヤンヌマキさん
画像提供/『映画〇月〇日、区長になる女。』 ペヤンヌマキさん

一足飛びに「ビラ配り」まで行った理由

――道路拡張計画のために20年住んだアパートが立ち退きの危機になったことをきっかけに杉並区政を調べていくうち、気づいたら岸本聡子さんの隣でビラ配りをしていたそうですね。一足飛びにビラ配りにまで行ったのはなぜですか。

ペヤンヌマキ(以下 ペヤンヌ) 最初はキックオフ集会といって、立候補者が初めて区民の前に出る集会を見に行ったんです。その当時の区長が都市計画道路推進派ということがわかり、次の区長選挙で区長を代えなければと思うようになったとき、岸本さんが立候補予定者になり、岸本さんはオランダ・アムステルダムを拠点とするNGOの職員で、ヨーロッパで市民活動をサポートしてきた方だと聞き、同年代だし、女性だし、どんな方だろうと気になり、見に行ったんです。そこから、何でも良いからとりあえず選挙の手伝いをしてみたいなと思いました。

――政治にはもともと関心があったのですか。

ペヤンヌ どちらかというと無関心層だったんですが、選挙は義務感で行っていました。直前に選挙広報をざっとチェックして、誰が良いかよくわからないけど決めるみたいな関わり方でしたね。でも、コロナ禍で急に不安に襲われまして。このままでは政府は守ってくれないし、フリーランスだし、これからの暮らしがどうなるのか不安になり、街頭演説の動画などを見ていく中で、(選挙ライターの)畠山理仁さんの『コロナ時代の選挙漫遊記』(集英社)を読んで、選挙の面白さに興味を持ったんです。仕事が落ち着いたタイミングがあったら、選挙のボランティアをやってみたいなとも考えていました。

――では、岸本さんの応援は絶好の機会だったんですね。

ペヤンヌ そうですね。自分の地域の問題で区長を代えたいと思ったとき、岸本さんの立候補があり、2カ月間は仕事をお休みしてお手伝いしようと思いました。もともと何もしないで、自分を見つめ直そうと思っていた充電期間だったこともあります。

――3期連続区長を務めた田中良・元区長や杉並区政について、それまで何か感じていたことはありましたか。

ペヤンヌ 何もなかったですね。子育てもしていないので、道路の問題がなければ目を向けるタイミングもなかったですし、杉並区が市民運動の盛んな地域と言うことも知らなかったです。でも、実際に選挙に関わってからは、市民運動の熱ってすごいなと思いました。

「運動家」「活動家」じゃない、みんな自分の小さな暮らしを守りたいだけ

――それまでは街頭でビラ配りしているような人のことをどう思っていましたか。

ペヤンヌ デモなども参加したことはなかったですし、自分とは無縁の、遠い存在でしたね。ただ、自分が関わってみてわかったんですけど、「運動家」「活動家」みたいなレッテルを貼られて、何か反対するのが目的みたいに見られがちですが、当事者にとっては別に「反対すること」が目的じゃないんですね。みんな自分の小さな暮らしを守りたいだけというところから始まっているということを、身をもって知りました。

――ご自身が関わるようになって、周囲からの目は変わりましたか。

ペヤンヌ 最初は選挙のドキュメンタリーを撮っていると話すと、沈黙されることもありました。でも、自分の長年の住まいが奪われるかもしれないところが出発点だと説明すると、わかってくださるんですね。動機をすっ飛ばされると、「そっちに行っちゃった」みたいに思われてしまう。何かに声をあげることに対して冷ややかな目線で見るような風潮が日本にはある気がしています。

――岸本さんを2カ月間カメラで追いかけて、どんなものが見えてきたのでしょうか。

ペヤンヌ 候補者は、毎日すごくいろんな人に出会うんだなということですね。いろんな人が話しかけて来て、ああだこうだ言って帰っていくんです。私自身はもちろん岸本さんを追っているわけですが、後半になると、そうした「いろんなことを言って来る」人たちがそれぞれ独自のやり方で関わってきて、そこにカメラも向いていきます。岸本さんが主役というよりも、街に住むみんなが主役のドキュメンタリーになっていくんですよね。

画像提供/『映画〇月〇日、区長になる女。』
画像提供/『映画〇月〇日、区長になる女。』

――岸本聡子さんの映画ではなく、主役は「民主主義」のあり方なのだと思いました。影響を受けたドキュメンタリー作品などあるのでしょうか。

ペヤンヌ もともと人間が魅力的に撮られているドキュメンタリー作品に惹かれて、平野勝之監督の『由美香』や『流れ者図鑑』、藤岡利充監督の映画『立候補』も好きでした。そしてコロナ禍のとき、大島新監督が衆議院議員・小川淳也さんを撮った映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』(通称「なぜ君」)を観て、すごく面白いと思ったんですね。ただ、あれは小川さんと大島さんの長年の関係性あってのものですよね。それで、岸本さんと最初に待ち合わせたとき、ポレポレ東中野でちょうど『なぜ君』の続編にあたる『香川1区』を上映していて、私は観に行く予定だったので、それを岸本さんに話したところ、岸本さんも一緒に行くことになったんですよ。そこで大島さんに初めてご挨拶しました。『香川1区』を観て、『なぜ君』がすごくたくさんの人に観られたことで、小川さんの知名度も上がり、応援の輪が広がっていく様子を目にしたことは、映画や映像の力を信じる原動力になった気がします。映像って有効なんだなと思いました。

画像提供/『映画〇月〇日、区長になる女。』
画像提供/『映画〇月〇日、区長になる女。』

「エンタメの力」でつながること

――映画の中でも「エンタメの力」という言葉が登場しますね。岸本さんはそれに対して、エンタメの力って言うけど、投票率10%上げることができるのかと反論するやりとりが印象的でした。

ペヤンヌ エンタメの力がそこまであるかどうかは、私にもわかりません。でも、選挙には独特の高揚感があって、絶対面白いし、観た人は心に響くはずだと、それを信じたかったんです。実際に投票率を1%上げるのがどれだけ大変か私はわかっていなかったですが、岸本さんは当然もっとシビアじゃないですか。だから、岸本さんが投票率なんてそんなに簡単に上がらないと私の前で言い続けたときは、「じゃあ、何のために頑張ってるんだ」とちょっと腹が立って(笑)。それで私もちょっと言い返したんですね。

――今振り返ると、岸本さんはそのときどういうモードだったんでしょう。

ペヤンヌ 映画の中にも登場しますが、「無理だよ」とか厳しい言葉をいろんな人に言われ続けて、ちょっとネガティブな気持ちになっていたのかなと思います。でも逆に、高揚感だけでいけるとは誰も思っていないから。組織票が勝つのが通常だということは、みんなわかっているから、だからこそ最後の最後まで諦めず、気を引き締め続けることができた。それがあの187票差の勝利になっていたんじゃないかと思います。

「区長1人が変えてくれることではなくて、住民もみんなで働きかけていかないと、何も変わらない」

――空気が変わってきた実感を得られたのは、応援する人が自主的に街宣に立ち始めたあたりからですか。

ペヤンヌ 私が見ていた範囲ではそうですね。候補者はスケジュールが詰まりすぎて、カメラで追えないところもあるので、私はそこで岸本さんといったん距離を置きました。何日間か編集時間にあてようというとき、1人街宣をやり始める人が現れて、応援する側を撮るのも面白いなと思ったんです。

――結果を知っていて観ると、まるで筋書きがあるかのように、応援する人の方にカメラが向いていく見事なドラマになっていますよね。

ペヤンヌ 当然筋書きなんてないのに、岸本さんをカメラで追う中で出会って、撮影していた方々が区議会議員に立候補し始めたんですよね。もちろん岸本さんの選挙応援をしていたときは、それでみんな精一杯だったはずですが、岸本さんが区長になって初めての議会をみんなで傍聴に行ったとき、共通して感じたのが「これが議会か。このままじゃダメだ、私たちがなんとかしなきゃ」という思いでした。区長1人が変えてくれることではなくて、住民もみんなで働きかけていかないと、何も変わらないと感じたんですね。

――この作品を観て、諦めずにもう少し自分も頑張ってみようと感じた人は多いです。改めてエンタメの力をどう思いますか。

ペヤンヌ 社会情勢とか地域の問題とかを「勉強しよう」と思うと、頭に入ってこないじゃないですか。私もニュースを見よう、新聞を読もうとするときは、文章を目で追っていても、なかなか頭に入ってこなかった。でも、作品として観ると、勉強などと難しく思わずに楽しみながら、自然と社会で起きていることを肌で感じ取れる気がします。エンタメによって社会の中で起こっていることが身近に感じられて、自分事として考えられる、そこからさらに社会に関心が向いていくきっかけになったらいいなと願ってます。

(田幸和歌子)

画像提供/『映画〇月〇日、区長になる女。』 
画像提供/『映画〇月〇日、区長になる女。』 

エンタメライター/編集者

1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌・web等で俳優・脚本家・プロデューサーなどのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。エンタメ記事は毎日2本程度執筆。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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