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商品の磨き込みから逃げるな 〜中国の不動産賃貸「自如(Ziroom)」ユーザインタビューでの示唆

滝沢頼子インド/中国ITジャーナリスト、UXデザイナ/コンサルタント
(写真:ロイター/アフロ)

中国の北京に本社を持つ、「自如(Ziroom)」という会社をご存知だろうか。

彼らは中国の大手不動産+賃貸仲介業者の「鏈家(Lianjia)」からスピンオフした賃貸サービス企業だ。一般的な業務である、「物件の賃貸」に加えて、「生活サービス(清掃や修理の無償提供等)」「旅行(旅先で自如物件にairbnb的に泊まれる等)」「コミュニティ(自如ユーザ限定のオフラインイベント等)」のサービスも提供。

「貸して終わり」ではなく、契約後も様々なサービスを提供しているのが特徴だ。

賃貸プラットフォームの中では誰もが名前を知っている大手であり、2020年にはソフトバンクからもビジョンファンドを通じて10億ドル(約1100億円)の投資を受けるなど、注目が集まっている。

弊社作成
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自如(Ziroom)は契約後にも様々なサービスを提供することで、ユーザの新規契約、および契約更新意向が上がることを狙ったモデルのように思えるが、実際はどうなのだろうか。

「契約後の様々なサービス」が、ユーザの新規契約や継続意向にどのような影響を及ぼすのか具体的な状況を知るために、今回筆者は自如(Ziroom)の物件に住んでいる中国在住のユーザ7名にオンラインでインタビューを行い、ユーザ視点から考察を行った。

また本記事は自如(Ziroom)の元社員にもお話を伺い、ビジネス側の観点の補強も行った上で執筆している。

結果1:最初に選ばれる理由は「物件がステキ」だから

一般的な中国の不動産仲介業は大家と消費者を仲介するのみだが、自如(Ziroom)は大家と専属契約をして物件を預かり、内装の改装と家具の設置をした上で、消費者に貸すというモデルだ。物件はすべて自如(Ziroom)の統一的なテンプレートに沿った、シンプルで洗練された内装・家具となっている。

※中国では賃貸物件は家具付きであることが一般的である

ゆえに、初回は「生活を支えるサービスの良さ」ではなく「物件の良さ(オシャレさ等)」で選ばれることが多いようだ。

自如アプリより(筆者によるスクリーンショット)自如が一括して統一的なシンプルで洗練された内装に改装しているため、ある程度見ていくと「自如の物件はおしゃれ」という認識ができる
自如アプリより(筆者によるスクリーンショット)自如が一括して統一的なシンプルで洗練された内装に改装しているため、ある程度見ていくと「自如の物件はおしゃれ」という認識ができる

山東省出身で、上海に住み始めた時から現在に至るまで2軒の自如物件を契約し、現在も住んでいる29歳男性はこう語る。

物件を探すときは、最初は有名な不動産賃貸アプリの『鏈家(Lianjia)』も使ったが、家の内装や家具が古い感じだったのであまり気に入らなかった。自如(Ziroom)は内装のスタイルが統一されて、スタイリッシュで自分の価値観に合っていると思った。(上海在住・29歳男性)

同様の意見は他の数名からも出てきた。

契約時は「購入後のサービス」についてはユーザは特に気にせず、まずは物件そのものの条件を見て自如で契約することを選択している。ユーザは自分が明示的に欲しいと思っているもの(価値を感じているモノ)にまず目が行くのだ。

結果2:自如の「生活を支えるサービス」は継続理由になりづらい、それよりも物件の質と価格が重要

では継続理由はどうだろうか。インタビューの結果、意外なことに、「生活を支えるサービスの良さ」は自如(Ziroom)の継続理由や、逆に離脱を防ぐ理由としては、強いものではなかった

江西省出身で上海在住、一度自如(Ziroom)物件に住んだもののその次の引っ越しでは他社物件を選択したという、26歳女性はこう語る。

色々なアプリを見て、自如(Ziroom)の物件はきれいでスタイリッシュだったので決めた。月に2回無料の掃除サービスは便利だったし、掃除をしてくれるスタッフの質も高くてよかった。家電の修理サービスは、業務時間外も対応してくれたのでありがたく感じている。

でも、その後の引っ越し検討の際には、自如の物件は相場より高いと感じたので、友達のシェアハウスに引っ越すことに決めた。(上海在住・26歳女性)

また現在自如(Ziroom)物件に住んでいるあるユーザは、現サービスは便利だと言いつつも、次引っ越す時は他社が扱う物件も見たいと語る。

掃除サービスや家電修理サービスは便利だったし質も高かったので、次引っ越すときは自如(Ziroom)でも部屋を調べると思う。でも他社の扱う物件も見たい。特に質と家賃などを比較してから決めると思う。(北京在住・32歳女性)

弊社作成
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そもそも、賃貸価格の8%がサービス費用として毎月取られるため、自如(Ziroom)物件は相場よりもやや高い

加えて、中国において掃除や修理などの生活サービス等は別途簡単に安く外注することもできる。あるユーザはこう語る。

自如(Ziroom)が掃除や家電修理をしてくれるのは確かに便利。でも、58同城や盒馬(いずれも別企業が提供するプラットフォーム)でも同じようなサービスを気軽に安く外注できる。だから「清掃や家電修理サービスが良いから自如(Ziroom)を使い続ける」というほどではない。(上海在住・30歳女性)

このように、清掃や家電修理サービスは便利だと受け止められるものの、安価に各種プラットフォームで利用できることも相まって、継続理由としては強いものにはなっていないと見受けられる。

加えて、「旅行(旅先で自如物件にairbnb的に泊まれる等)」「コミュニティ(自如ユーザ限定のオフラインイベント等)」のサービスを使っているユーザにも話を聞いたが、それぞれのサービスが頻繁に利用される性質のものではないこともあってか、「サービスがあるから自如にこだわる」とはなりづらいようだった。

結果:ユーザにとっては「周辺の良い体験」よりも「物件そのものの条件」の重要度がかなり高く、自如側も物件の品質向上に注力

自如(Ziroom)は様々な付帯サービスを提供しユーザはそれらに価値を感じている。

しかし、新規契約・継続への影響度は大きくなく、それよりも「物件そのものの条件」の方がユーザの新規契約・継続の意思決定に与える影響力が強そうだという結果となった。

これについて自如(Ziroom)の元社員にお話をお伺いしたところ、以下のような回答を得られた。(公式見解ではないので参考程度)

ユーザの新規契約理由・継続理由としては、「自如(Ziroom)の物件が他社よりも良い」ということが一番だと考えられる。自如(Ziroom)は内装や家具のデザインのテンプレートを1-2年でアップグレードし、常に流行に沿ったものを提供できるようにしている。

また清掃・家電修理などのサービスは、継続影響要因としては小さいと捉えている。

またお話をお伺いしている中で、全体として、それらの付帯サービスの「ユーザにとっての価値」も、あまり明確に言語化されていないというニュアンスを感じ取れた。

つまり、話を聞く限りでは、自如(Ziroom)としても「契約後のサービス提供を強みとし新規獲得・継続率を高める」のではなく「物件の磨き込み」が注力ポイントのようだ。

示唆:ユーザが価値を感じるポイントの磨き込みなしに、付け焼き刃的な付帯サービスやデジタル活用に逃げるな

保険のようにユーザにとって詳細な内容への興味関心・マインドシェアが高くない商品や、実体が目に見えない商品、もしくは差別化がしにくい商品については、「デジタルも活用しつつ便利な付帯サービスを高頻度で提供し信頼を得ていく」というやり方は効果が高いかもしれない。中国の平安保険はまさにそのようなやり方で成功を収めている。(参考:デジタル先進企業、中国平安保険の契約者と社員インタビュー 〜デジタルは人の力を拡張する「武器」

しかし、こと賃貸物件のように、物件自体の条件の重要度がかなり高い商品になると、付帯サービスの良さやデジタルによる高頻度の接点獲得があったとしても、それらのユーザの新規契約意向および継続意向への影響力は相対的に小さくなってしまうと考えられる。

弊社作成
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同様の結果は、中国の新興EVメーカー「NIO(蔚来)」でも得られている。NIOも「ユーザの生活を支える」というコンセプトの下、様々な付帯サービスを提供している(参考:新時代の中国EVメーカー「NIO(蔚来汽車)」。「ライフスタイル」の提供とデジタル活用の戦略紹介)。NIOの購入者にインタビューをしたところ、これらのサービスは購入者に大変好評だったのだが、購入理由は「クルマがかっこいいから・好みだから」で、サービスの良さではないことが多かったのだ。

「単一接点で商品を提供するにとどまらず、ユーザの生活を広く支えるサービスを提供することで自社を使い続けてもらう」は聞こえは良い。

しかし、ユーザが価値を判断・実感しやすいのは、不動産であれば部屋そのもの、車であれば車そのもの、というように、「モノ」そのものであることも往々にしてある。

そうなると、モノそのものの磨き込みをどの程度行うか、が競争力に与える影響は依然として大きい。

「モノからコトへ」「体験の提供」などと言われるが、ユーザが価値を感じるポイントを見極めずして、付け焼き刃的な付帯サービスの提供やデジタル活用に逃げていても勝ち目はない

自業界/自社の製品・サービスはどのような性質のものか考えた上で、注力すべきことの優先度を考える必要があるだろう。

インド/中国ITジャーナリスト、UXデザイナ/コンサルタント

株式会社hoppin 代表取締役 CEO。東京大学卒業後、株式会社ビービットにてUXコンサルタント。上海オフィスの立ち上げも経験。その後、上海のデジタルマーケティングの会社、東京にてスタートアップを経て、中国/インドのビジネス視察ツアー、中国/インド市場リサーチや講演/勉強会、UXコンサルティングなどを実施する株式会社hoppinを創業。2022年からはインドのバンガロール在住。

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