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「実家」が「凶器」と化す瞬間~空き家850万戸の衝撃

竹内豊行政書士
実家が空き家になってしまうと近隣に迷惑をかける凶器と化す危険があります。(GYRO PHOTOGRAPHY/アフロ)

総務省は4月下旬、2018年の調査で、全国の空き家がアパートなどの空き室も含めて846万戸あると発表しました。この数字は、なんと総住宅数の13.6%を占めます。いずれも過去最高で、少子高齢化に伴い急増しています(詳しくは「空き家対策に関する実態調査」)。

空き家がもたらす問題

所有者による適切な管理が行われていない空き家の中には、次のような多岐にわたる問題を引き起こしています。

・安全性の低下

・公衆衛生の悪化

・景観の阻害 等

中には、地域住民の生活環境に深刻な影響を及ぼしているものもあります。

空家法の成立

そこで国は、倒壊の恐れや衛生上の問題がある空き家を自治体が撤去できるようにするために「空家等対策の推進に関する特別措置法」(以下「空家法」という)を2014(平成26)年に成立させました。

空家法は2015(平成27)年2~5月、順次施行されました。倒壊の恐れが高い、衛生上著しく有害といった空き家を「特定空き家」に認定。撤去や修繕の助言・指導、勧告、命令ができ、従わなければ市区町村長が代執行して強制的に撤去できるというものです。

進まない空き家対策

空家法が施行されて4年。実績は100件余りにとどまっています。低迷の裏には、自治体の人手やノウハウ不足に加え、私有財産の強制的な取り壊しは容易ではない実情があります。

そこで、国土交通省は代執行に至るまでの対策も重視し、2017年10月には空き家の利活用を促進するため、空き家・空き地バンクを開設。現在約600自治体が参加し、延べ約9千件の情報を掲載しています。自治体も撤去費の補助や、更地にしても税負担を軽減するといった施策を設け、所有者の自発的な対応を促しています。

空き家対策を阻止する原因~親の相続

空き家対策を阻止する原因の一つに相続があります。

所有者が死亡すると相続が発生する

人が死亡すると相続が発生します(民法882条)。

民法882条(相続開始の原因)

相続は、死亡によって開始する。

相続が開始すると、死亡した人(=被相続人)の財産に属した一切の権利義務は、例外を除いて、すべて相続人が継承します(民法896条)。

民法896条(相続の一般的効力)

相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。

実家が共有になってしまう

この結果、親が所有していた不動産は、親が死亡したその瞬間に相続人の共有財産になってしまいます。共有の割合は法定相続分に基づきます。たとえば、夫に先立たれた妻(配偶者)が2分の1、子どもは残り2分の1を子の人数で均等割りした割合といった具合です。

共有になった財産は共有者全員が合意しなければ処分できません。実家を更地にして売却したい場合は共有者である相続人全員の合意が必要になります。

ふつう、共有の状態では相続しません。なぜなら法定相続分で相続しては通常使い勝手が悪いからです。そこで、具体的に「だれが何をどれだけ相続するか」を相続人全員で話し合って決める必要があります。この話し合いのことを遺産分割協議といいます。

相続人全員の合意が必要

遺産分割協議を成立させるには、相続人全員の合意が必要です。多数決では決められません。そのため、協議が難航してしまうと、亡き親が残した財産の処分ができなくなってしまいます。当然、実家も例外ではありません。

遺産分割協議が難航するパターン

遺産分割協議の成立が難航するパターンをご紹介します。

・家族仲が悪い

仲が悪ければ話し合いは当然上手くいきません。

・親が離婚経験者

親が離婚経験者で前婚で子どもを儲けている場合、会ったこともない親の前婚の子と協議をしなければなりません。

・親が認知症

たとえば、母親が認知症等で父親が死亡した場合、母親は意思能力が低下しているため遺産分割協議のような法律行為を行うことができません。この場合、遺産分割協議を行う前に、家庭裁判所に成年後見の申立てを行わなければなりません。

空き家対策としての遺言

親が遺言を残してくれさえすれば、遺産分割協議をすることなく遺産を承継することができます。もし、上記のような遺産分割協議が難航するパターンに当てはまるようなら、親に遺言を残してもらうように話してみてはいかがでしょうか。

「迷惑をかける」がキーワード

そうは言っても親に遺言を残してくれとは言いにくいのも事実です。そこで、「このままでは空き家になってしまって、近隣に迷惑をかけることになりかねない」と伝えてみてはいかがでしょうか。だれしも迷惑をかけるのは嫌でしょう。自分が死亡した後も例外ではないはずです。

相続法改正で遺言が残しやすくなった

2018(平成30)年7月6日、「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」(改正相続法)の成立で、自筆証書遺言の方式が緩和されました。この自筆証書遺言の方式緩和は既に今年1月13日に施行されています。

また、 相続法改正に伴い、遺言書保管法が制定されました。この法律によって自筆証書遺言を公的機関である法務局に預けることができるようになります。遺言書保管法は2020年7月10日に施行されます。

遺言を残すには遺言能力が必要

遺言はいつでも残せるものではありません。遺言は法律行為です。したがって意思能力を有していることが前提になります。遺言の内容を理解し、遺言の結果を弁識しうるに足る意思能力を遺言能力といいます。「遺言は元気な内に残しましょう」といわれるのはこのためです。

相続でもめてしまうと何年も精神的苦痛が伴います。しかも実家が空き家になってしまうと近隣に迷惑をかける凶器にしてしまうこともあります。

実家を凶器にしないためにも、親の相続が難航しそうな方は、親が元気な内に話し合ってみてはいかがでしょうか。

参考『空き家850万戸、自治体の撤去は118件 進まぬ交渉』

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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