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ウィシュマさんの死から間もなく3年 入管の責任巡る11回目の裁判でも見えない争点、見えてきた「違い」

関口威人ジャーナリスト
雨の中、口頭弁論のため名古屋地裁に入るウィシュマさんの妹ら=2月21日、筆者撮影

 名古屋出入国在留管理局(名古屋入管)で収容中に死亡したスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさん=当時33歳=の遺族が国を相手取り約1億5000万円の損害賠償を求めている裁判の第11回口頭弁論が2024年2月21日、名古屋地裁で開かれた。

 まだ争点整理の段階で、この日も原告、被告双方の探り合いが続いた。しかし、ウィシュマさんが亡くなってから来月6日で丸3年という月日が経つ。日本で英語教師になる夢を抱いて来日しながら、男性との交際をきっかけに不法残留状態となり、収容施設内で体調不良を訴えて亡くなったウィシュマさん。

 妹の一人のワヨミさんは「姉はとても勉強好きで、ときには時間を忘れて夢中になって勉強する人でしたが、恋愛はとても不器用でした。憧れの国・日本で彼女はよい恋愛をできず、そしてルール違反をしてしまいました。その点は、私たちも本当に申し訳なかったと思っています。でも、そのことの罰が、ここまで残酷な死に方をさせられるということなのでしょうか? それはあんまりです」と意見陳述し、裁判を通じて国・入管の責任が明らかになるよう求めた。

「ケトアシドーシス」発症巡りやり取り続く

前回の弁論では、佐野信裁判長が「暫定的な争点」として、ウィシュマさんが収容中に命の危険に関わる「ケトアシドーシス」の状態になっていたかどうかに着目した。

 これについて、ウィシュマさんの死亡との因果関係などを示すよう求められていた原告側は、ウィシュマさんが亡くなる約3週間前の2021年2月15日の時点で「少なくともケトーシス(飢餓状態を示すケトン体の高い状態)を発症し、その後ケトアシドーシス(ケトーシスが進行して血液が酸性に傾く状態)を発症し、3月6日に死亡した」という流れを医師の意見書を基にあらためて説明。ただし、ウィシュマさんは低栄養状態で「ビタミンB1 欠乏症」が起こり、ケトアシドーシスに加えて「乳酸アシドーシス」も併発し、さらに脱水状態とクエチアピン(抗精神病薬)の投与による肝臓障害が起こったことも上記の死因に「補助的に関与した」との見方を示した。

 それに対し、被告の国側は法廷で「ケトアシドーシス発症の時期は特定しないのか」「(発症の)程度はどのように主張するのか」などと、原告側にさらに釈明を求めた。佐野裁判長も「ケトアシドーシスが発症していなくても被告に責任があるのか」などと尋ねた。

 原告側は当時、尿検査でケトーシスの症状を示す結果が出たにもかかわらず、血液検査や適切な治療が行われなかったことが、より危険なケトアシドーシスの発症を招いたと強調。その発症の時期については「入管側が対処していないので特定は難しい。(特定できないのは)入管の責任だ」と主張した。

 佐野裁判長は「今日の時点で争点をはっきりさせたい」とも述べたがまとまらず、これらのやり取りについて次回弁論までにあらためて書面で確認することになった。

弁論後の記者会見に臨むウィシュマさんの妹のワヨミさん(右)とポールニマさん=2月21日、筆者撮影
弁論後の記者会見に臨むウィシュマさんの妹のワヨミさん(右)とポールニマさん=2月21日、筆者撮影

「ウィシュマさんは日本の入管行政の犠牲者」

 一方、佐野裁判長が国側に求めていた「庁内医師の医療上の対応が不合理であれば、名古屋入管局長の注意義務違反が認められるか」「庁内医師の医療上の対応が不合理である場合でも、名古屋入管局長の注意義務違反が認められない場合があるとしたら、それはどのような場合か」という2点の釈明については、国側から書面で回答が出された。

 前者については「被収容者の生命及び健康を維持するための責務を負うのは(収容施設の医師ではなく)収容施設の長である」として、「仮に庁内内科等医の医療上の対応が不合理であったとしても、直ちに名古屋入管局長において、職務上尽くすべき注意義務を尽くさなかったものとして、国賠法上の違法が認められるものではない」と回答。後者については「収容施設の長の注意義務違反の有無と、収容施設の医師の注意義務違反とは別個のものである」とした上で「名古屋入管局長の注意義務違反が認められない場合でも、庁内内科等医に独自の注意義務違反が認められ得ることになる」「名古屋入管局長の注意義務違反が認められない場合でも、庁内内科等医に独自の注意義務違反が認められ、被告国の責任が認められる場合もあり得る」と答えた。

 非常に分かりにくいロジックだが、要は入管の医師と入管局長との責任範囲をできるだけ切り離したいとの意図が見える。そしていずれにしても「そもそも本件では庁内内科等医の医療上の対応に不合理な点はない」「庁内内科等医の医療上の対応を踏まえた名古屋入管局長の注意義務違反も認められない」などの主張を添えている。

 原告側は、医療提供が適切だったとの国側の主張に反論する第13準備書面を提出。医師や職員個々の問題ではなく「『一度、仮放免を不許可にして立場を理解させ、強く帰国説得する』ため等という理由すら挙げて仮放免を極力許可しないとする入管の方針」や「詐病を疑う入管の指導層」などの組織体質に問題があったとして「ウィシュマさんは日本の入管行政の犠牲者である」と指摘した。

 佐野裁判長は、原告側がこの準備書面に盛り込んだ「緊急搬送義務違反」についても「重要な争点」になり得ると述べた。国側は次回弁論までにさらなる反論を用意するとした。

ビデオ映像と最終報告書との違いも指摘

 もう一つの焦点となっている収容中のビデオ映像については、原告側が2回目の意見書を提出。既に証拠提出された約5時間分のビデオ映像について、この事件に関する入管庁の最終報告書や名古屋入管内の看守日誌などと照らし合わせたところ、少なくとも8日分の場面について映像との違いや欠落があったとする報告書を合わせて提出した。

 例えば2021年2月26日未明、ウィシュマさんはベッドから体勢を崩して床に転落。自分では起き上がれず、「担当さーん」と悲鳴のような声で助けを求める。女性看守2人が入室してウィシュマさんをベッドに戻そうとするが、なかなか体を持ち上げられない。その後、最終報告書では看守が「A氏(ウィシュマさん)に対し、朝まで我慢して毛布を掛けて床に寝ていてほしい旨を述べ、A氏は、床に寝ている旨返答した」との記載がある。

入管庁の最終報告書に記載されている2021年2月26日のウィシュマさん(報告書では「A氏」)の様子。ベッドから床に転落した後、看守に「床に寝ている旨返答した」とある(赤線は筆者加筆)
入管庁の最終報告書に記載されている2021年2月26日のウィシュマさん(報告書では「A氏」)の様子。ベッドから床に転落した後、看守に「床に寝ている旨返答した」とある(赤線は筆者加筆)

 しかし映像で確認すると、看守たちは最終的に「OS-1(経口補水液)ここに置いておくから、欲しかったら自分で飲んでね。私たちもう朝まで部屋入ることできないから」とウィシュマさんに伝え、部屋を出ていく。これに対してウィシュマさんは「了承などしておらず、床に寝転がされ、言われるがままの状態」であり、「実際の映像と最終報告書とは事実が異なっている」と原告側の弁護士は指摘する。看守日誌には「ウィシュマさんに毛布を掛けて安静にするよう申し向けた旨の記載があるが、動画の該当部分にはそのような申し向けはなかった」とする。

(以下が原告弁護団のYouTubeチャンネルで公開されている動画の該当部分から始まるリンク)

 こうした「虚偽ないし誤った記載」がこの5時間分にすら多数見られることから、残りの290時間分についても証拠調べの必要性があるという主張だ。

 妹のポールニマさんは法廷での意見陳述で、最終報告書や看守日誌について「それが本当に正しいものなのか、入管が何か隠しているのかどうか分かりません」とした上で「国は保安上の必要性や姉のプライバシーや尊厳を理由として残りのビデオの提出を拒んでいます。しかし、5時間分のビデオが提出されても保安上の支障は何も起こっていません。ビデオが市民に公開されたことで入管は市民の強い批判を受けましたが、これは残りのビデオを公開しない理由にはなりません」と訴えた。

 母スリヤラタさんはスリランカに一人残り、今もウィシュマさんの死を悲しみながら「私の代わりにきちんと真相究明をして」と日本に送り出した娘2人から電話で裁判の報告を受けているという。2人は「あまりにも時間はかかっているけれど、母の気持ちを受けて諦めず裁判に臨み続けたい」と話した。

 次回弁論は5月22日の予定。

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ジャーナリスト

1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。2022年まで環境専門紙の編集長を10年間務めた。現在は一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」代表理事、サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」編集委員、NPO法人「震災リゲイン」理事など。

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