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「あなたの街で談合が行われています」 統計から導かれた結論をどう生かす? 岐阜県羽島市では市民も議論

関口威人ジャーナリスト
中林純教授らの研究グループが岐阜県羽島市の議員らに送付した文書のコピー=筆者撮影

 公共工事で談合が行われている可能性を大量の入札データから統計的に分析し、可能性が高い自治体に通知する取り組みを京都大学大学院経済学研究科の中林純教授(産業組織論)らの研究グループが進めている。実際に通知を受けた岐阜県羽島市では開会中の市議会3月定例会で議論になっているほか、市民やメディアにも内容を公開して意見交換する会が開かれた。いわば“ビッグデータであぶり出す談合情報”を、市民社会はどう生かしていけるだろうか。

経済学の研究の一環として談合の疑いを通知

 3月20日、羽島市民会館の一室に市民ら50人ほどが集まり、京都から招いた中林教授を囲んだ。中林教授は公正取引委員会競争政策センターの主任研究官も務め、入札データから談合を統計的に検知する手法を研究している。これまでにも国土交通省の入札で談合が疑われる企業を特定し、その半数の企業に結果を通知してきた。

 今回は東京大学大学院経済学研究科の川合慶教授らとの研究グループとして、全国864の自治体で2018年4月から23年3月に発注された公共工事の入札結果データを分析。そのうち50余りの自治体で「談合が発生している可能性が高い」と判断し、該当する役所や議会に文書で通知している。結果を伝える意図について中林教授は「談合は犯罪であり、それを起こりにくい入札制度にしていくことが社会的に必要だから」だと述べた。

入札データの統計分析から談合を検知する研究手法とその結果について説明する京都大学の中林教授=3月20日、岐阜県羽島市で筆者撮影
入札データの統計分析から談合を検知する研究手法とその結果について説明する京都大学の中林教授=3月20日、岐阜県羽島市で筆者撮影

「僅差」の入札結果と受注量の関係を数値化

 入札談合についてはメディアの調査報道でも落札率(予定価格に対する落札額の割合)の高さなどから推定することがある。一方、経済学の世界では1980年代から入札データの統計的な研究がされ始め、ITの発達とともに各国でさまざまな手法が開発、高度化されてきているという。

 そうした中で、中林教授らは1位と2位以下の入札額が「非常に僅差だった入札」に着目した。僅差の入札で勝つか負けるかは本来「偶然」の要因が大きい。そのため入札が競争的に行われていれば、勝者(1位の入札者)と敗者(2位以下の入札者)の直近の工事受注量に大きな差は生じず、平均的には同じになると考えられる。

 ところが、もし談合で業者間の勝ち負けが意図的に調整されていれば、直近の受注量の少ない業者が勝ち、逆にそれまで仕事の多かった業者が負けるといった傾向が表れる。中林教授らはこうした観点で都道府県レベルから市町村レベルまでの入札データを分析し、偏差値の考えや補正を加えて全国的な比較ができるように数値化した。

勝者と敗者に統計上大きな差があれば「談合あり」

 データは多ければ多いほど精度が高くなるため、一つの自治体について公開されているデータを可能な限り入手して処理。「(ビッグデータとして)たくさん集めて、競争的な入札なら起こり得ない差が出れば、談合が間違いなくあったと言える」と中林教授は自信を示す。

 数値としては自治体ごとに分析した数百件の入札中で1件でも談合がある確率を100%として「談合が疑われる確率」を算出する。ただし、たとえ100%だったとしても「この工事で談合があった」「この業者が談合をした」などと特定できるものではなく、あくまで全体の確率であることに留意が必要だ。

 棒グラフで表すと、談合がなければ勝者と敗者のグラフの高さはほぼ同じになる一方、談合による受注調整があるとグラフの高さに差が出る(通常は敗者の方が高い)。その差が統計的に生じる誤差の範囲を超えて大きくなるほど「談合あり」の可能性も大きくなる。

 実際に3年前に談合が発覚した新潟県糸魚川市の入札データで検証したところ、談合発覚前は敗者の棒グラフが高いパターンだったが、発覚後は高さがほぼ同じパターンに変わっていたという。

中林教授らの分析による入札パターンの例を表すグラフ。棒グラフの高さは勝者と敗者の直近180日間の受注額を、縦軸は受注額の偏差値を示している=中林教授の資料を基に筆者作成
中林教授らの分析による入札パターンの例を表すグラフ。棒グラフの高さは勝者と敗者の直近180日間の受注額を、縦軸は受注額の偏差値を示している=中林教授の資料を基に筆者作成

羽島市では議会で議論、市は「風評被害」の認識も

 こうして算出した自治体ごとの数値や順位は一般に公表こそしていないものの、上位約50の自治体の関係者には文書で結果を知らせ、問い合わせなどがあれば中林教授らが個別に対応している。この数カ月でいくつかの自治体の行政職員や議員、あるいは地元のマスコミから連絡が入っているという。

 羽島市には2月上旬に市役所や市議宛てに文書が届けられた。過去5年間に市が発注した土木建設工事など434件の入札データを分析したところ、98.54%の確率で談合の疑いがあるという指摘だった。

 市も議会側もそれぞれ中林教授に問い合わせをした上で、一部の議員は3月中旬に市議会の一般質問で文書の内容を取り上げ、「こうした疑いが指摘された以上、市としてもっと深く調査するべきだ」などとただした。

 これに対して市側は「談合の事実を示す具体的な情報は掲載されておらず、統計分析の一つの考察として捉えている」と答弁。入札参加者の固定化防止に努めたり、業界にコンプライアンス意識向上を注意喚起したりはしていくものの、早急な調査にまでは踏み込まないとの姿勢を示した。

 橋本隆司総務部長は「談合の事実を示す具体的な情報がない中で、あたかも談合があったかのように受け止められる表現はいたずらに誤解を招き、風評被害を助長するものであり、場合によっては業者の名誉を毀損する不適切な表現だと考えている」と述べた。

中林教授らが分析した羽島市の入札パターン。「談合あり」の典型的なパターンになっているとして、公正取引委員会や警察に通報するなど対策を徹底するよう文書で求めた=中林教授の資料を基に筆者作成
中林教授らが分析した羽島市の入札パターン。「談合あり」の典型的なパターンになっているとして、公正取引委員会や警察に通報するなど対策を徹底するよう文書で求めた=中林教授の資料を基に筆者作成

「対策を一歩進めるため」統計や市民の力も必要

 意見交換会は、消極的な市の姿勢に業を煮やした議員の一部会派が企画。市民やマスコミにもオープンに参加を呼び掛けた。中林教授によると、こうした例は全国的に今までなかったという。

 羽島市議会では地元出身の建築家・坂倉準三が設計した旧市庁舎の保存と解体を巡る議論が続いており、公共工事に対する関心が高まっていた背景がある。

 この日も中林教授との意見交換で市民が「調査しようとしない市の姿勢はおかしいのでは」と疑問を提示。解体が決まった旧市庁舎の解体工事を巡っても、1社入札や99%以上の落札率などで談合が疑われる例があり、追及したいという市民もいた。

 中林教授は今回の分析における羽島市の順位が864自治体中「41位」だったと明かした上で、「羽島市が特別に遅れているわけではなく、多くの自治体や社会が同じで、統計的な考え方を実務では理解しない。しかし、談合への対策をもう一歩先に進めていくためには、こうした確率的な問題にも対応して取り入れていくことが大事だ」と指摘した。

 談合の告発にも取り組む全国市民オンブズマン連絡会議(名古屋市)事務局長の新海聡弁護士は「オンブズマンとしても入札の分析はいろいろしてきたが、データだけで裁判所が談合を認めた事例は極めて少なく、疑惑のレベルにとどまっているのが現状だ。中林教授の調査結果も裁判での認定までは期待できないだろうが、これを採用した自治体が談合の監視をするようになるという影響に注目できるのでは」と話す。

 自治体にとっては「見たくない」ものかもしれないが、目を背けずに科学や市民の力を借りて活用していくべきではないだろうか。

ジャーナリスト

1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。2022年まで環境専門紙の編集長を10年間務めた。現在は一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」代表理事、サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」編集委員、NPO法人「震災リゲイン」理事など。

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