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吉本興業、所属芸人トラブルへ会社として意思表示 岡本社長「最善を一緒に考える。再起はある」

武井保之ライター, 編集者
芸人約600人が出席した過去最大規模のコンプラ研修会(写真提供:吉本興業)

吉本興業は3月末日、東京の所属芸人、タレントら約600人が出席(オンラインライブ配信で1600人以上が視聴)する過去最大規模のコンプライアンス研修会を東京・水道橋のIMMシアターで実施。岡本昭彦社長や講師として登壇した三浦瑠麗氏らが、ときに厳しい言葉も投げかけながら危機管理について話し合うなど、会社としてのスタンスを明確にする、所属芸人へ強いメッセージを投げかける場になった。

異例の大規模な研修会実施の背景にある危機感

これまでにも定期的にコンプライアンス研修を行っている吉本興業。今回のタイミングでの大規模な研修の実施には、他事務所を含めた芸能界での大きな不祥事が相次いでいることから、SNSやネットをはじめとする世間の声への会社としての危機感が背景にあることだろう。

芸能界の不祥事やトラブルに対する社会の視線はこれまでとは比較にならないほど厳しくなっている昨今、過ちは誰にでもあることだが、対応を間違えればそこでぷっつりと芸能人生が途絶える可能性も十分ある。

いまはそんな時勢にあることを所属芸人にしっかりと意識させるための研修であり、同時にトラブルに対する会社としての姿勢を認識させるための、強い意思表示だったように思われる。

岡本社長は「吉本興業は常に時代に寄り添って110年歩んできた会社。改めてコンプライアンスを考えるうえで、社員、スタッフ一緒になって取り組んで、いまの時代を一緒に乗り切っていきたい」と言葉に力を込めた。

東京・水道橋のIMMシアターで実施された吉本興業のコンプライアンス研修。会場に約600人が出席し、オンラインライブ配信で1600人以上の芸人たちが視聴した(写真提供:吉本興業)
東京・水道橋のIMMシアターで実施された吉本興業のコンプライアンス研修。会場に約600人が出席し、オンラインライブ配信で1600人以上の芸人たちが視聴した(写真提供:吉本興業)

山田秀雄弁護士「昔とは時代が違う。タレントを守れない場合もある」

最初の講演に立ったのは、同社社外取締役の山田秀雄弁護士。「いまは昔とは時代が違う。とくにここ数年で社会の常識、空気感が変わり、芸能界全般が厳しい荒波にさらされている」と改めて警鐘を鳴らした。

そして、そんな状況のなかの危機管理に言及し「会社はタレントを守りながら、会社を存続させていく。利益を上げるのと同時に、社会に貢献していかないといけない。社会の公器としてのバランスを取ることが重要であり、違法な行為や高度の風評リスクにさらされる場合など、タレントを守れない場合もある」と強い言葉で会社の軸足を示したうえで、芸能人が直面するリスクとそれを避ける危機管理手段について解説した。

その多くはこれまでにも唱えられてきたことの繰り返しとなったが、強調されたのは、昨年7月より施行された不同意性交等罪について。

「それ以前とは構成要件が変わり、とくに注意が必要なのは、経済的、社会的地位の違いによる強制性を判断されること。誰もが刑事事件の対象になりえるリスクがあることを知っておく必要があります」

一方、山田弁護士は「飲み会をするな、合コンはダメはナンセンス」とする。「誰にも行動や恋愛の自由があり、自由に生きたいのは人間の本性」とし、不祥事の当事者になった場合の自身と周囲の損失を常に考えてバランスを取る、時代の変化を受け入れるリスクマネジメントを唱えた。

三浦瑠麗氏が示した「欲望にある程度忠実に生きるには」

続いて、三浦瑠麗氏による講演「性的同意をめぐる現在地と人間関係構築のあり方について」では、具体例を挙げながら現代社会の性的同意がどう形成されるかを示した。

三浦瑠麗氏は具体例を挙げながら性的同意の形成について講演した(写真提供:吉本興業)
三浦瑠麗氏は具体例を挙げながら性的同意の形成について講演した(写真提供:吉本興業)

三浦氏が掲げたのは「性行為の意味は事前には定まっていない」と「事前の同意か事後の態度か」のふたつ。もし性行為のあとに相手が傷つけば、不同意になるということ。その傷つくケースには、思っていた性行為と違った、好きだったけど途中で嫌になった、ということがあるかもしれない。

人への評価は時間を経て変わる。それによって過去の性行為の意味が変わってくる。事例として、ある男性がシェアハウスで女性の部屋に招かれて及んだ性行為で、事後に女性から不同意で訴えられたケースが挙げられた。それは裁判官が女性の証言の矛盾点を見出して無罪になったレアケースだが、男性が避妊をしなかったために女性が怒って告発したと見られている。

三浦氏は「欲望にある程度忠実に生きるには」とし、「事前に同意を取りつけたからといって、思いやりがないと、嫌われる。すると不同意になる。誠実に対応することが大事」と説く。

そんなリスクを避けるための人間関係の構築に関して「人間社会で長く愛されるためには、才能に加えて、人格が大事。自分の振る舞いを客観視すること。周囲の理解者を大切にすること。メンタルケアを重視すること」と話した。

パネルディスカッションで話題が尽きない芸人SNS炎上

最後に行われたパネルディスカッション「タレント活動におけるコンプライアンスとの向き合い方」には、岡本社長、三浦氏、山田弁護士のほか、NON STYLE・石田明、相席スタート・山崎ケイ、ニューヨーク・屋敷裕政、さらに進行役としてブラックマヨネーズ・小杉竜一、久代萌美が参加。

5つのテーマ「反社会勢力」「人権尊重・ハラスメント」「法令遵守」「SNSの使い方〜誹謗中傷・差別発言等」「異性トラブル・性加害」について、それぞれの経験からの意見が投げかけられ、ときに笑いを挟みながらも、真剣な話し合いが持たれた。

芸人たちからそれぞれの具体的なSNS炎上経験が語られた(写真提供:吉本興業)
芸人たちからそれぞれの具体的なSNS炎上経験が語られた(写真提供:吉本興業)

とくに話題が尽きなかったのがSNSの炎上。石田明や山崎ケイがネタでクレームを受けた例をいくつも挙げると、屋敷裕政は会見での発言がSNSで切り取られて炎上した経験から「少し強めのことを言うと、どこかで誰かが必ず怒っている。気にしすぎてもよくない」。

三浦氏は「炎上したら、とにかくネットを見ない。反論しない。謝罪もしない。いかに正当性があっても、反対側の人がそれに納得することはない。反論するのは相手の土俵に乗るだけ」と助言。一方、小杉竜一は「芸人がなにも言わないと“負け”みたいに感じてしまう」と反論するが、山田弁護士から「大人の対応としては、優雅なる無視です」。最後には「静観がいいんですね」と理解を示した。

岡本社長は「芸人として、言わなければならないときもあるかもしれません。ただ、みなさんは自身が思っている以上に影響力がある。想定の5割増の影響力があると思って、その時々にSNSをどう活用していくかが求められます。スタッフも一緒に考えていかないといけない」と締めた。

芸人に寄り添う岡本社長「再起を一緒に考えていく」

山田弁護士は「これからは不同意性交に心すること」と強く訴えた。もし過去のことを突きつけられて、不適切だった自覚がある場合は「自分に原因があることを認めて謝罪をすれば、それ以上のことにはならない」とアドバイスする。

「私の経験から、真剣に謝罪したときには通ずることがある。どこか真剣でなかったり、上からだったり、開き直った態度だったりすると、そこから問題が広がっていくことが多い」(山田弁護士)

一方、三浦氏は、過去の異性トラブルへの向き合い方について「いまから元カノにメールを送らない。もし、つらい想いをさせたと気づいても、連絡すると思い出させてしまうだけ」と助言。「過ちは起こるもの」とし、すぐに会社に相談することを勧めた。

すると山崎ケイから「不倫や浮気をしていたり、女の子を便利に使っていたりして、いま身をクリーンにしたいと思う人がすべきことを教えてください」と核心を突く質問が飛んだ。

それに対する山田弁護士の答えは「不倫は自分の意思だけではどうにもできない。関係の精算には家族の問題があります。サポートしてくれる人にきちっと相談することです。自分だけで処理しようとすると泥沼にハマります」。

過ちについて三浦氏は「生きていれば人を傷つけることはある。嫌な思いをした人がいると知ったら、申し訳ないと思うこと。思いやりからスタートすること」とアドバイスする。

芸人の気持ちを慮る岡本社長は「お笑いの世界を志して、自分の存在価値や存在意義をそれぞれの才能と努力で世の中に知ってもらいたいというモチベーションは当然ある。1人でも多くの人に笑ってもらいたい、楽しんでもらいたい。モテたいのもあるかもしれない」と理解を示す。

そのうえで「品行方正だけではない。過ちも当然ある。トラブルが起こって仕事を休まないといけないときもある。そこで第三者の理解とは別に会社が決められるのは、劇場に出ること。YouTubeもある。次のステージへどう再起していくかは、会社が一緒に考えていく。まずはスタッフに相談してほしい」とし、必ず再起があることを強調した。

芸人に寄り添っていくことを伝えた岡本昭彦社長(写真提供:吉本興業)
芸人に寄り添っていくことを伝えた岡本昭彦社長(写真提供:吉本興業)

最後に山田弁護士は行動規範として「有名になればなるほど、自分だったら許されると思う傾向がある。もし自分が誰かとぶつかりそうだったら、自分から転ぶ意識を持たないとトップに立つのは難しい。ハラスメントの線引きは、ギリギリではなくて、2歩手前を歩くイメージ。自分の常識、業界の常識に常に疑問符を持って物事に取り組むことが重要です」と語った。

研修会を通して伝える会社としてのメッセージ

研修会を終えた小籔千豊は、芸人にとっての今回の研修の意義を前向きに捉える。

「10年前からこうした研修を受けていて、吉本興業が時代に対応していこうとしているのを感じます。若い芸人たちは朝から集められて文句も言っているかもしれませんけど(笑)、研修のおかげで、芸人仲間や会社に迷惑をかけることへの意識が高まるんじゃないですかね。みんなネタ作りと賞レースで頭がいっぱいなので、こういう立ち止まって考える機会があるのはいいことです」(小籔千豊)

山田弁護士は今回の大規模研修会を「会社の幹部だけではなく、現場社員や所属芸人も一緒に参加して討議するやり方が望ましい。これからも継続していきたい」とし、その狙いをこう語る。

「会社は、所属芸人だけでなく、会社を守っていく立場もあります。そこの接点への考えをお互いに講じて、ベストな結果を出していく。決して会社からこうしろと命令するのではなく、上から切り捨てるのでもない。それを示すのが今回の狙いです」(山田弁護士)

いままでの研修とは違う形の取り組みとなった今回の結果について、岡本社長は「いまの時代、誰にでもそれぞれの心配ごとがあるでしょう。解決に向かって少しでも視界がクリアになっていればいい」と語る。

また、今回のタイミングでの実施そのものが会社としてのメッセージになっている点について聞くと、こう答える。

「芸人全員がいままでにない大変な環境に置かれていますから、そんな未知な時代に一緒に取り組んでいこうというメッセージを改めて伝えたいと思いました。ただ、それはこの業界だけに限らない。世の中がそうなっている。我々はいかに芸人に寄り添い続けられるかということに尽きます」(岡本社長)

そこにあるのは「所属芸人、社員全員が意識を共有して、これからの時代をともに乗り切っていこう」という会社の意思表示だ。岡本社長は今回の研修を経て、その先を見据える。

「最終的には、日常のなかで芸人と現場スタッフがコミュニケーションをしっかり取れていることがいちばん望ましい。そこを目指しています」

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ライター, 編集者

音楽ビジネス週刊誌、芸能ニュースWEBメディア、米映画専門紙日本版WEBメディア、通信ネットワーク専門誌などの編集者を経てフリーランスの編集者、ライターとして活動中。映画、テレビ、音楽、お笑い、エンタメビジネスを中心にエンタテインメントシーンのトレンドを取材、分析、執筆する。takeiy@ymail.ne.jp

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