TVerドラマ制作の裏にフジテレビ出向社員の気概 飽和シーン参入の勝算と狙い
民放キー局、準キー局や広告代理店などが出資する民放テレビ番組の見逃し配信サービス・TVerが、初のオリジナルドラマ『潜入捜査官 松下洸平』(9月5日より配信)を制作した。その仕掛け人は、フジテレビから出向中であり、TVerのサービス事業本部コンテンツ編成タスクでタスクマネージャー補佐を務める小原一隆氏。出資元のテレビ局にとってドラマは配信でも重要なコンテンツ。その競合にもなりそうなオリジナルドラマ制作にTVerが参入した狙いを聞いた。
ライバル同士のテレビ局員が集まる職場環境
——TVerにはテレビ局からの出向の方はどのくらいいるのですか?
以前はサービス名称がTVerでしたが、3年前に在京民放5社の増資で、株式会社TVerに社名変更し、在京阪の放送局10社のほか大手広告会社4社から出向者が来ています。メディア企業としてはなかなか見ない顔ぶれが集まっている職場環境です(笑)。現在160人ほどの社員のうち、放送局と広告会社の出向者が40人ほど。プロパーが増えているので、出向者の人数は変わらないのですが、割合としてはどんどん減っています。
——フジテレビではドラマや映画制作部門でプロデューサーを務め、21年7月に出向されています。これまでにTVerで手がけてきたことは?
コンテンツ企画チームで特集を立ち上げるなど、ドラマ担当として各局ドラマをどうユーザーに届けるかを企画、運営してきました。たとえば定例的にやっているのは、毎期のドラマ特集。各局のドラマ予告を1本に集めたりして、ホーム画面にどう面出ししていくか、という特集です。
——TVerといえば、テレビ番組の見逃し配信のサービスです。これまでにオリジナルでは2つのバラエティ(『褒めゴロ試合』『TVerで学ぶ!最強の時間割』)がありましたが、なぜドラマに参入したのでしょうか。
もともとコンテンツ担当としてTVerに出向してきて、ライバル同士の在京阪テレビ局スタッフが集まるというなかなかない環境にいるので、共同作業でテレビ局の叡智を集めてオリジナルドラマが作れないかとずっと考えていました。そこからドラマ制作経験がある各局の配信担当者とブレストをして、いろいろなアイデアが出たなかから、それを組み合わせて今回の企画になりました。
テレビ局にとっても初めての試み
——松下洸平さんが警視庁の潜入捜査官として芸能界に潜伏している設定で本人役を演じ、実際の5局のバラエティ番組に出演しますが、それはドラマ収録も兼ねています。テレビ局としても初めての試みではないでしょうか。
どの番組でもやったことがないことでした。バラエティの出演者にはドラマ撮影のことは伝えていますが、みなさん何事もないふうにしないといけない。それぞれのバラエティ番組の世界観を壊さず、通常どおりきちんと成立させたうえで、双方にとっておもしろくなる接点をどう作っていくか。そこが頭の悩ませどころでした。
『全力!脱力タイムズ』(フジテレビ系)はMCの有田哲平さんが番組の企画や台本作りもなさっているので、同番組が絡むドラマのストーリー設定にもアイデアを出していただいたり、収録では松下さんにサプライズを仕込むという演出もしていただいていました。
各局の垣根を越えて連携が取れるTVerならではの新しい取り組みでしたが、有田さんをはじめ局側のプロデューサーのみなさんにも快くご協力いただきました。
——それぞれ自局ドラマを配信で見てもらいたいテレビ局としては、TVerオリジナルドラマは競合にならないのでしょうか。
こちらは1話が約20分で全5話。配信向けの短尺ドラマですので、テレビ局の連続ドラマとは仕様が異なります。また、配信するタイミングも、夏期と秋期の連ドラがなくなる端境期の9月になりますので、競合にはなりません。むしろ、TVerでさらに連ドラを見てもらうためでもあるんです。
各局のドラマはTVerのコンテンツのなかで圧倒的に人気があります。しかし、連ドラが終わるとユーザーが一時的に離れてしまう。各期の合間にドラマファンをTVerにつなぎとめておくのが今回のオリジナルドラマの狙いのひとつ。さらに、ドラマだけでなくバラエティにも興味を持っていただく動線を作ること、さらにはバラエティ番組の宣伝もすることが企画意図としてあります。
テレビ局とTVerは競合ではなく協力関係
——今後、TVerオリジナルドラマは増えていくのでしょうか。
いまのところそういった方針はありませんが、今回の結果次第では年4回の端境期に配信するオリジナルドラマを制作していく、というのも個人的にはおもしろいと思っています。ただ、現状ではリソース的に1本作るだけでも大変なので、将来的にはですね(笑)。
——配信がメディアのメインストリームになっていく時代において、TVerがテレビ局と競合していくことはありませんか?
僕は放送局出身ですし、なによりも放送コンテンツがおもしろいと思っています。近年、テレビ離れが進んでいると言われていますが、だからといって番組がおもしろくないわけではない。
テレビ局と競合するというよりは、テレビのおもしろいコンテンツをいかにユーザーに伝えるかが原点にあるのがTVer。テレビ局としては、地上波収入はもちろんですけど、配信収入も重視しています。そこはTVerの役割として担っていくところです。
次のオリジナルドラマがあるとすれば、テレビ局とTVer双方にメリットがあることが前提としてあり、今回とはまた違う形でお互いが融合したコンテンツを作っていくことになるでしょう。
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