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紆余曲折を経た『オッペンハイマー』日本公開の意義 アカデミー賞最有力の注目作

武井保之ライター, 編集者
『オッペンハイマー』撮影現場のクリストファー・ノーラン監督:提供ビターズ・エンド

今年のアカデミー賞最有力とされる、数々の名作を生み出してきたクリストファー・ノーラン監督最新作『オッペンハイマー』(3月29日公開)の関係者試写会が行われた。

昨年7月に全米公開された本作は、世界興収9億5000万ドルを超える世界的ヒットになるも、日本公開は昨年末まで一向に決まらない、ハリウッドメジャー大作としては異例の状況になっていた。

その背景には、“原爆の父”とも呼ばれる物理学者J・ロバート・オッペンハイマーによる原爆開発を描くこと、広島と長崎への原爆投下やその後の惨状といった世界唯一の被爆国である日本が映されないことなどの国民感情への配慮があるとされ、メディアでも話題になっていた作品だ。

ロスアラモスに原爆開発のための村を作らせたオッペンハイマー(C)Universal Pictures. All Rights Reserved.
ロスアラモスに原爆開発のための村を作らせたオッペンハイマー(C)Universal Pictures. All Rights Reserved.

そんな本作を観てまず感じたのは、作家、演出家、映像クリエイターとして世界のトップに立つひとりであり、こだわりと独自の感性から唯一無二の映像を生み出し続けるノーラン監督の現時点の最高傑作と言えるだろうということ。

IMAX65ミリと65ミリ・ラージフォーマット・フィルムカメラを組み合わせたIMAXモノクロ・アナログ撮影による本作だが、映像と音響が重なり合って身体を震わせる、IMAXスクリーンを覆い尽くすオープニング映像から息を呑む。ストーリーテリングも含めて、世界最高峰のクリエイティブがつまった映像作品になっていた。

■恐ろしい瞬間に向かっていく物語でもあった

ストーリーは、物理学者だったオッペンハイマーが、第二次世界大戦中のアメリカの原子爆弾開発極秘プロジェクト「マンハッタン計画」に参画し、科学者たちを率いて世界初の原子爆弾の開発に成功するまでがメインになる。

しかし、原爆が投下されたあと、その惨状に深く苦悩するオッペンハイマーは原爆、水爆開発から離れる一方、その名声や地位への嫉妬や私怨がうずまく政治の世界に巻き込まれ、彼の人生は翻弄されていく。

物語の山場になるのは、ロスアラモスでの原爆開発。巧みなストーリーテリングと緊迫したシーンの連続に、観客は自然に物語に引き込まれていくだろう。しかし、日本人にとっては、物語のなかだけでは収まらない感情も湧いてくるかもしれない。

物語とはわかっていても、恐ろしい瞬間に向かっていく時間になり、身体がこわばった。この作品をエンターテインメントとして楽しむことを拒否してしまうシーンもある。

ただ、すべてを含めた作品のクオリティ、完成度はすばらしい。トップクリエイターによる最高峰のクリエイティブを目の当たりにし、目と耳と振動で体感し、作品からのメッセージを考えさせられることも含めて、得られる感覚的な喜びは大きかった。

観終わったあとの感情は複雑だが、日本公開されることには意義があり、映画ファンにとって大きな損失を被ることを免れたとも感じる。

オッペンハイマーという人物の人間ドラマとしてノーラン監督が伝えようとしたのは、核兵器の怖さや世界平和といった凡庸なことではない気がする。もちろん観る人、一人ひとり感じることも考えさせられることも異なるだろう。

ただ、そこから日本人はほかの国の人々とは違うことを感じることができ、それがその人にとって、また世の中に何か前向きな影響を残すことがあるかもしれない。

映画館で観るべき映画とか陳腐な言葉はそぐわないと感じさせる力のある作品だった。

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ライター, 編集者

音楽ビジネス週刊誌、芸能ニュースWEBメディア、米映画専門紙日本版WEBメディア、通信ネットワーク専門誌などの編集者を経てフリーランスの編集者、ライターとして活動中。映画、テレビ、音楽、お笑い、エンタメビジネスを中心にエンタテインメントシーンのトレンドを取材、分析、執筆する。takeiy@ymail.ne.jp

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