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名作実写化「リトル・マーメイド」がもたらす幸福感の正体 低迷続くディズニーの浮沈がかかる注目作

武井保之ライター, 編集者
『リトル・マーメイド』(C)2023 Disney Enterprises

 不朽のディズニー名作アニメを実写化する『リトル・マーメイド』が6月9日より日本公開される。ひと足早く試写を見て驚いたのは、事前にキャスティングへの賛否も聞こえていたが、アリエルをはじめ、エリックもセバスチャンもオリジナルアニメ版そのままであり、まったく違和感なく作品の世界観に没入できたこと。加えて、ディズニー作品だけが日本人の心にもたらす多幸感について考えさせられた。

ディズニーヒット方程式、名作アニメ実写化フォーマット新作

 ディズニー作品といえば、コロナ禍以降の不振が際立っている。以下の表の通り、2019年は100億円超えが3本(『アナと雪の女王2』『アラジン』『トイ・ストーリー4』)と興行シーンをけん引していた。しかし、2021年以降では10億円を超えるのがやっとという惨状になっている。

 そうしたなか、今年創立100周年を迎えたディズニーが送り出す目玉作品のひとつが実写版『リトル・マーメイド』だ。これまでに100億円を超えた『美女と野獣』(2017年/124億円)、『アラジン』(2019年/121.6億円)と同じく名作アニメの実写化フォーマット作品であり、ディズニーキャラクターのなかでも人気の高い人魚姫アリエルが主人公であることから、高い期待が寄せられている。

全米ヒットも事前トピックとしては乏しいか

 では、本作の興収はどこまで伸ばせるか。コロナ前に大ヒットを連発していたディズニー作品は、コアファンとライトな一般層が両輪となることで興収を大きく伸ばしてきた。

 ところが、コロナ禍の映画界の混乱期に積極的な配信シフトへの試行錯誤を繰り返したディズニーは、結果的に大都市圏のシネコンから一時期作品を消すことになり、とくにファミリー層をはじめとするコアファンが配信へ流れたことがうかがえる。一度配信に移った層を再び劇場へ戻すのは、大きなモチベーションになる何かがない限り、簡単ではないだろう。

 一方、ヒットにブーストをかける一般層は、メディアをにぎわす世の中的な関心事や社会的なムーブメントでないと触手を伸ばさない。昨年の『トップガン マーヴェリック』、今年では『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』がその例になる。それぞれ背景は異なるが、社会現象としてメディアがこぞって取り上げる要素があった。

 今回の『リトル・マーメイド』はというと、1週間前に公開された全米では実写版『アラジン』を上回るオープニング成績になっているものの、いまのところ日本で大きな話題にはなっていない。事前のトピックとしては乏しいのが現実だ。

近年のディズニー作品の流れに収まらないポテンシャル

 そうなると、ここ最近のディズニー作品の流れを踏襲する興収20〜30億円ほどが見えてくるが、それだけには収まらないポテンシャルの作品であるのも間違いない。

 6月2日に「金曜ロードショー」(日本テレビ系)にてオリジナルアニメ版(1991年日本公開)が放送され、本編後には今回の実写版「アンダー・ザ・シー」歌唱シーンがノーカットでオンエアされた。

 見た人はわかると思うが、アリエルが魚など海の生き物の仲間たちと一緒に自在に泳ぎ回るシーンは、これまでに見たことがないようなファンタジックで美しい海の中のシーンになっており、思わずスクリーンに引き込まれていくような映像の力がある。

 それは本編のほんの一部であり、全体を通して明るく楽しいワクワクするような海中シーンは、ディズニー作品ならではの映像世界であり、表現手法の新機軸と言えるものだ(恐ろしかったりするスリリングな海中シーンもあるが)。

ディズニーシーの思い出とリンクする「アンダー・ザ・シー」

 そして、「アンダー・ザ・シー」「パート・オブ・ユア・ワールド」といった巨匠アラン・メンケンによる名曲の音楽の力がある。とくに「アンダー・ザ・シー」を聴いて、東京ディズニーシーのマーメイドラグーンを思い出す人は多いだろう。

 現代版にアップデートされた実写版アリエルの力強い歌声は、オリジナルアニメ版やディズニーシーで「アンダー・ザ・シー」を聴いたときの感情をよみがえらせる。それは20〜30代であれば子どもの頃の純粋で無垢な気持ちや思春期の甘酸っぱい記憶であり、40代以上の親であれば幼い我が子と一緒に楽しんだ頃の懐かしい思い出かもしれない。

 そんな感情とともに名曲のメロディーが胸にすっと沁みてきて、思わず目頭が熱くなる。理屈抜きでえもいわれぬ多幸感に包まれる人は多いことだろう。

『リトル・マーメイド』は、多くの日本人の人生の一部に刷り込まれている思い出とリンクしている。本作およびディズニー作品が、そんな日本人にとっての特別なものであることを改めて感じることができる作品になっている。

日本独自の興行市場で想定外ヒットを期待

 日本の映画興行は、全米とは異なる特殊なマーケットだ。全米で大ヒットした世界歴代興収3位の『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』は今年日本で大コケしているが、日本でのヒットは必ずしもアメリカとは連動しない。日本人の心にひっかかる、感情を動かすポイントは複雑で難しい。

 実写版『リトル・マーメイド』が大規模なヒットになるのは難しいかもしれないが、日本人に深く刺さるポテンシャルがある数少ない作品であることは間違いない。じわじわと追い風が吹くロングランになる可能性もゼロではないだろう。

 本作には、コロナ禍以降停滞を続けるディズニー作品の今後の浮沈を占う側面もある。その動向に注目が集まっている。

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ライター, 編集者

音楽ビジネス週刊誌、芸能ニュースWEBメディア、米映画専門紙日本版WEBメディア、通信ネットワーク専門誌などの編集者を経てフリーランスの編集者、ライターとして活動中。映画、テレビ、音楽、お笑い、エンタメビジネスを中心にエンタテインメントシーンのトレンドを取材、分析、執筆する。takeiy@ymail.ne.jp

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