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グルメ番組にしたくない 一過性ブームを懸念した「孤独のグルメ」名もなき街の飲食店を応援する矜持

武井保之ライター, 編集者
原作者の久住昌之氏(C)2022久住昌之・谷口ジロー・fusosha/テレビ東京

 グルメドキュメンタリードラマ『孤独のグルメ』がシーズン10まで放送され、10周年を迎えている。

 空腹で知らない街の名もない飲食店に入り、何を注文しようか迷いながらまわりの客の食事を見たり、店員に聞いたりして、メニューを決める。料理が運ばれると、その味に舌鼓を打ちながら、1人食レポをしつつ食事を心から味わって楽しむ。そんなおじさんの姿がなぜか人気になった。

 構成こそシンプルだが、毎回登場するそれぞれの街の飲食店と、そこで働く店主や店員たちの背景や思いといった人間ドラマを映し出して料理と結びつけるストーリーは千差万別。波乱万丈なこともあれば何事もないこともある。

 そんな実在する飲食店とメニューをそのまま映し出すドキュメンタリースタイルのグルメドラマは、テレビ東京の深夜ドラマの視聴者層にハマった。放送開始から10年を過ぎるいまなお新シーズンが生まれ、根強いファンに愛され続けている。

ふつうのドラマではありえないグルメドキュメンタリードラマ

モノローグの1人食レポは深夜の視聴者の心を掴んだ「孤独のグルメ Season10」(C)2022久住昌之・谷口ジロー・fusosha/テレビ東京
モノローグの1人食レポは深夜の視聴者の心を掴んだ「孤独のグルメ Season10」(C)2022久住昌之・谷口ジロー・fusosha/テレビ東京

 同名漫画を原作にし、2012年1月にテレビ東京の深夜ドラマとしてスタートした本作。原作者の久住昌之氏は、当時の数ある映像化オファーのなかからテレビ東京と組んだ経緯を「企画モノっぽい話が多いなか、テレビ東京は真剣にドラマを作ろうとしていた。原作漫画のようなドラマをしっかり作ろうという強い気持ちが伝わってきて、それを一緒に考えていけるスタッフだった。最初のプロデューサーと監督とはすごく揉めたこともありましたけど(笑)」と振り返る。

 それ以前にもデビュー作『夜行』が『世にも奇妙な物語』(2002年放送)で『夜汽車の男』として映像化されたことがあったが、久住氏はその際の脚色に違和感を持ったという。しかし、『孤独のグルメ』に関してはそういったことがいっさいなく、原作の空気感やこだわりを色濃く映し出すとともに、その後増えていく深夜グルメドラマの走りとなる新たなスタイルを確立した。

「最初はテレビでは間が持たないんじゃないかと心配しました。20秒ずっと納豆をかき混ぜるだけでセリフがないって、ふつうのドラマではありえない。でも、それが次第に怖くなくなっていって(笑)。これが僕の漫画の感じだし、それがちゃんと映像でも現れている。それを視聴者におもしろく感じていただけるのは松重豊さんの演技のおかげです」

営業の出先で、それぞれの街ならではの料理との出会いを楽しむ井之頭五郎(松重豊)(C)2022久住昌之・谷口ジロー・fusosha/テレビ東京
営業の出先で、それぞれの街ならではの料理との出会いを楽しむ井之頭五郎(松重豊)(C)2022久住昌之・谷口ジロー・fusosha/テレビ東京

 営業職の一般人の中年男性が、飲食店でただ食事をするドラマ。そこにドラマティックなストーリー展開はない代わりに、毎回いろいろな飲食店で料理をがつがつとおいしそうに食べる主人公がじっくりと映し出される。食べながらの感想をときに風流にときにくだらなくひとりごちる。

 それぞれの飲食店ならではの人との出会いとそこの食事を心から楽しむ姿を目と耳で楽しめるのが本ドラマの見どころであり、それは出ずっぱりになる主演の松重の力量によるところも大きい。食いしん坊で、心穏やかなふつうのビジネスマンである五郎は、かわいらしいおじさんに映る。それは松重が投影された人物像であり、その独特な作風と人物像の化学反応は瞬く間に人気を博した。いまや松重の代表作のひとつになっている。

一見の客が増えて常連が離れる一過性のブームを懸念

 一方、久住氏はグルメ番組などテレビで料理が取り上げられる際の演出に違和感を抱いていた。そこでは、出演者のトークなどがメインになり、飲食店や料理そのものが脇役になるような短時間で一面的な映像になることが多い。それと一線を画することを意識して本ドラマは制作され、飲食店と店主、店員、街のすべてが料理の味につながる物語を紡いでいくことになる。

 そんなドラマが話題になり、人気を拡大するとともに、取り上げられた飲食店には客が増えて喜ばれることが多い。しかし、同時に懸念もある。それまで知られていなかった店に一見の客が殺到することで、常連の足が遠のくことだ。放送後しばらくしてドラマを見た客が減り、混雑を嫌がる常連が離れてしまう一過性のブームに終われば、飲食店にとってはマイナスになる。

飲食店を通した悲喜こもごもの人間ドラマが描かれる「孤独のグルメ Season10」(C)2022久住昌之・谷口ジロー・fusosha/テレビ東京
飲食店を通した悲喜こもごもの人間ドラマが描かれる「孤独のグルメ Season10」(C)2022久住昌之・谷口ジロー・fusosha/テレビ東京

「それはあると思います。テレビの宿命であり、シーズン1のドラマ化当初から懸念していました。でも実際は、もちろん混雑はあったけど、店がひどい目にあった例はほとんどありませんでした。DVDの特典映像の企画で、その後のお店を訪れてよく言われるのは『ドラマを観て来たお客さんはみなさんマナーがいい。五郎さんのマネをしているからですかね』ということ。視聴者から『うちの子どももちゃんといただきますって言うようになりました』という声もあって、なんと食育にもなっている(笑)」

 久住氏が地元の吉祥寺でお気に入りの喫茶店も、ドラマで取り上げたことで地域の年配層の常連が増え、客層が多彩になっているという。学生が受験勉強をする横で、地元のおじさんグループが焼酎を飲み、ドラマを観た若い人たちが吉祥寺に来たからとランチに立ち寄る。こうしたポジティブな影響が多いことを喜ぶ一方、久住氏はSNSなどでの批評には苦言を呈する。

「一度行っただけで、料理の見た目や味をどうこうって評価するのは、偉そうで好きではない。お店が汚いとか、ボロいのにウマイ、とか笑いのネタにする人がいますけど最低ですね。そこには一生懸命お店をやってきて、料理を作っている人がいる。そこに思いを馳せて、いいお店を見つけたら大事にして、黙って通うようになってほしい」

1人で飲食店に入るハードルを下げて食を楽しむ文化を広げた

 街の名もない飲食店を取り上げてきた「孤独のグルメ」は、どこの街にもおいしい店があり、そこには知られざる名物メニューが存在し、それを探して見つける楽しみを提示した。

 そんな本ドラマに共感する人が多いことは、10年続けながら飽きられることなく、“五郎を実践する”人が増えていることが物語っている。1人で飲食店に入ることのハードルを下げた功績もあるだろう。食を楽しむ文化をより広げたと言えるかもしれない。

 いまや久住氏が地元の小さな飲食店を応援する姿勢はファンにもしっかり根づいていることがうかがえる。それはコロナの苦しい時期を経た飲食業界にとって心強いエールになるだろう。この先のシーズンの継続とより多くの隠れた飲食店を取り上げていくことを期待したい。

「孤独のグルメ Season10」公式サイト

「孤独のグルメ Season10」Blu-ray&DVD BOX(発売中)(C)2022久住昌之・谷口ジロー・fusosha/テレビ東京
「孤独のグルメ Season10」Blu-ray&DVD BOX(発売中)(C)2022久住昌之・谷口ジロー・fusosha/テレビ東京

ライター, 編集者

音楽ビジネス週刊誌、芸能ニュースWEBメディア、米映画専門紙日本版WEBメディア、通信ネットワーク専門誌などの編集者を経てフリーランスの編集者、ライターとして活動中。映画、テレビ、音楽、お笑い、エンタメビジネスを中心にエンタテインメントシーンのトレンドを取材、分析、執筆する。takeiy@ymail.ne.jp

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