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卒業旅行はデング熱に気を付けて 世界的に流行中

高山義浩沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科
(写真:ロイター/アフロ)

昨年以降、デング熱が世界的に流行しています。欧州CDCによると、2024年1月、世界で50万人を超えるデング熱患者と100人を超える関連死が報告されたとのことです(ECDC; Dengue worldwide overview)。

とくに東南アジアでの拡大が深刻で、たとえばシンガポールでは、今年に入ってから累積で3801例が報告されており(シンガポール NEA; Dengue Cases)、2月15日には、国家環境庁(NEA)がデング熱感染を予防する「即時行動」を促す発表をしています(CNA; 'A big concern', says NEA as dengue infections more than double compared to December)。

人口10万人当たりのデング熱報告数(2023年11月~2024年1月)、出典:ECDCウェブサイト
人口10万人当たりのデング熱報告数(2023年11月~2024年1月)、出典:ECDCウェブサイト

デング熱は、蚊に刺されることで感染するウイルス性の疾患です。4つの型があり、ひとつの型に感染すると、その特定の型に対しては持続的な免疫を獲得します。しかし、他の型には感染するため、理論上、ヒトは4回、デング熱に感染しうるのです。パンデミック中、ステイホームにより多くの人がデング熱に感染しなかったため、昨年以降、免疫のない子どもを中心に急速に感染が拡大していると考えられています。

さて、この春、卒業旅行のシーズンに入るようで、私の周辺でも、多くの学生さんが東南アジアへの旅行を計画されています。パンデミックで海外旅行もできなかったでしょうから、ぜひ、この機会に旅を楽しまれてください。ただし、現在、世界ではデング熱が流行していることを認識し、蚊に刺されないよう注意してくださいね。

デング熱の感染経路と症状

デング熱を媒介するのは、主にネッタイシマカ(ヤブカの一種)で、全世界の熱帯・亜熱帯地域に分布しており、日本の近隣では、東南アジアや台湾にも定着しています。かつては沖縄にも確認されていましたが、いまは姿を消しています。

ただし、2014年に東京を中心に国内で160人にも及ぶデング熱のアウトブレイクが起きたことがありました。これは、日本に常在しているヒトスジシマカもまたデング熱を媒介できるからです。

なお、蚊は繁殖するために水を必要としますが、捨てられたペットボトルのキャップひとつ分の水たまりでも十分に発育できます。このため、いくら都市化して沼地や湿地帯を無くしても、デング熱のリスクを消し去ることはできません。

ともあれ、現時点では、日本人が感染するのは海外旅行先がほとんどです。一般的には潜伏期間は4~7日とされますが、最大で2週間程度は帰国してからの警戒が必要です。

デング熱に感染した人の多くは無症状であるか、発熱、頭痛、関節痛などインフルエンザのような症状に悩まされる程度です。しかし、約5%の感染者において、発熱が終わり平熱に戻りかけたときに、血漿漏出による循環不全と出血傾向となるデング出血熱を発症することがあります。この状態で適切な医療を受けなければ、多臓器不全となって死に至ることも少なくありません。

デングウイルスに特異的な治療薬はありませんが、命を守るうえでは、早期に診断して、重症化の兆候を捉えて支持療法に繋げることが大切です。旅行中や帰国後2週間以内に発熱した場合には、流行地にいたことを医師に伝えて抗原抗体検査やPCR検査を受ける必要があります。残念ながら一般の診療所では、これらの検査を受け付けていることは少なく、最寄りの感染症指定医療機関を受診することをお勧めします。

海外で発症してしまって、ホテルで療養することになったら、解熱剤はアセトアミノフェン(商品名:タイレノールなど)を指定して購入してください。アスピリンやイブプロフェンなどを含有する解熱剤は、デング熱の症状を悪化させる可能性があるからです。

そして、周囲に感染を拡げないよう十分に注意します。蚊に刺されないよう、できるだけ室内で療養してください。蚊のいるところには絶対に行かないこと。これは日本で発症したときも同様です。

代々木公園の蚊に対する注意喚起 国内でのデング熱感染拡大で(2014年9月)
代々木公園の蚊に対する注意喚起 国内でのデング熱感染拡大で(2014年9月)写真:Natsuki Sakai/アフロ

屋外での予防 虫よけ剤を使いこなす

では、流行している地域を旅行しながら、どのようにデング熱を予防したらいいのでしょうか?

当たり前ですが、蚊に刺されないようにすることに尽きます。できるだけ蚊の多い場所での活動を避けることです。どうしても蚊のいる場所に入るときは、皮膚の露出を減らすよう、手足を覆う長袖と長ズボンを着用しましょう。足元は、サンダルは避けて、靴と靴下を着用した方がよいです。

加えて、虫よけ剤を顔や襟もと、手足の露出した部分につけます。アロマ成分のものなど、いろいろ種類がありますが、途上国旅行で蚊に刺されないようにするなら、「ディート」を含有するものが良いです。あえて日本で買わなくとも、現地の商店で手に入るはずです。


なお、濃度が低いものは効果の持続期間が短く、10%の製品では2時間程度、20%であれば4時間程度との研究結果が出ています(N Engl J Med. 2002;347(1):13.)。できるだけ高濃度のものを選びたいところですが、それだけ副作用のリスクも高まります。そこで、以下のことに留意してください。

まず、スプレータイプを使うときは、直接皮膚に吹き付けるのではなく、一度手のひらにとってから塗ってください。こうすることで、安全に塗り拡げることができます。日焼け止めや化粧品を併用する場合は、最後に虫よけ剤を使用してください。なお、汗をかいたら流れてしまうので塗りなおしが必要となります。

濃縮して濃度が高まると皮膚が炎症を起こしたり、大量に使っていると気分が悪くなることがあります。外用したディートの10~15%が体内に吸収されるからです。とくに子どもは体重当たりの体表面積が大きいので、親心で塗り過ぎないようにしてください。

虫よけ剤は衣服に付けても効果が得られます。襟元や裾、帽子などに塗ることで効果は持続し、副作用の心配もありません。ただし、虫よけ剤の成分によっては、衣類を変色させたり、合成繊維を溶かしたり、革製品を固くしてしまうリスクがあります。服につける専用の虫よけ剤もありますが、お気に入りの服には使わない方が良いかもしれません。

バンコクで購入したスプレー式の虫よけ剤。成分表をみると ディート含有12% であることが判る(筆者撮影)
バンコクで購入したスプレー式の虫よけ剤。成分表をみると ディート含有12% であることが判る(筆者撮影)

屋内での予防 殺虫剤と蚊帳を使いこなす

虫よけ剤は数時間で効果を失うので、長時間を過ごす屋内での使用には向いていません。そこで、殺虫剤と蚊帳の出番となります。

人体への影響が少なく、日常的に使用できる殺虫剤は「ピレスロイド」という成分を含んでいる薬剤です。この殺虫剤には、主に噴霧型、線香型、マット型の3種類があり、それぞれ使い分けがあります。

まず、噴霧型の殺虫剤は、殺虫成分を含む溶液をガス状にして噴霧して、部屋のなかにいるムシを駆除します。ムシに直接噴霧できれば一番なのですが、部屋に噴霧して、しばらく待つことで駆除できる可能性もあります。6畳程度の部屋であれば、5秒間ぐらい空中に噴霧してください。なお、引火性があるので火気に注意しましょう。そして、網戸にして窓を開け、室内の空気を入れ替えてから入室します。

次に、蚊取り線香です。殺虫成分が練りこまれた植物性の粉末で、煙となって室内に拡散します。8時間ぐらい使用できますから、ひとつあれば一晩は有効ですね。屋内で使用するときは部屋を締めきらないようにしてください。火事や火傷にも十分に注意してください。

最後に、マット型です。繊維質マットを電熱器のヒーターで熱して、含浸させた殺虫成分を揮散させます。線香型と違って、煙が出ないので室内で使用するのに適しています。1枚で約12時間使用できますが、次第に殺虫成分の揮散量が低下して、効果が低下してしまうのが弱点です。

とはいえ、最高の防御はやっぱり蚊帳です。近年、ピレスロイドに耐性の蚊が世界的に増えているので、これら薬剤に頼りすぎないことも大切です。室内に蚊がいて駆除できないなら、蚊帳を使って寝るようにしましょう。途上国のゲストハウスなどでは吊ってあったり、頼めば貸し出してくれるかもしれません。

蚊帳を使うときは、まず丸めて、潜んでいるかもしれないムシを潰しましょう。次いで、蚊帳の裾をしっかりマットの下にたくし込んでおきます。ベッド下の暗がりには虫がたくさんいますから、しっかりと閉ざしていないと、虫が蚊帳の内側をたどってベッドに上がってきてしまいます。

写真:イメージマート

旅行者に求められる自己管理

以上、海外旅行における蚊の対策について解説しました。

ちなみに、私は学生時代、カンボジアでデング熱に罹患しました。プノンペンの市街地を歩き回り、メコン川の中州を無防備に入って、蚊に刺されまくったのです。若くて、ルーズで、バカでした。バンコクに戻ってから発症し、カオサン通りのゲストハウスで、インフルエンザのような症状に1週間近く苦しみました。反省しています。

デング熱に限らず、チクングニア熱、ジカウイルスなど、蚊が媒介する感染症は多数あります。渡航前に必要なワクチンを接種し、現地で食べ物に注意をしたり、蚊やダニなどの媒介生物を避けることは、旅行者に求められる自己管理です。私と同じ失敗を繰り返すことなく、元気に日本に帰って来てください。

沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科

地域医療から国際保健、臨床から行政まで、まとまりなく活動。行政では、厚生労働省においてパンデミックに対応する医療体制の構築に取り組んだほか、少子高齢社会に対応する地域医療構想の策定支援などに従事してきた。臨床では、感染症を一応の専門としており、地域では、在宅医として地域包括ケアの連携推進にも取り組んでいる。著書に『アジアスケッチ 目撃される文明・宗教・民族』(白馬社、2001年)、『地域医療と暮らしのゆくえ 超高齢社会をともに生きる』(医学書院、2016年)、『高齢者の暮らしを守る 在宅・感染症診療』(日本医事新報社、2020年)など。

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