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沖縄美ら海水族館の新たな挑戦 ~パンデミックを越えて

高山義浩沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科
提供:海洋博公園・沖縄美ら海水族館

沖縄美ら海水族館は、沖縄県を代表する観光施設です。館内には、世界最大級の水槽「黒潮の海」が設置されており、世界で初めて長期飼育に成功したジンベエザメが悠々と泳ぐ姿に誰もが圧倒されます。

パンデミックの前には、入館者が年間で300万人を超えるほどの人気施設でした。しかし、パンデミックと繰り返される緊急事態宣言により5度にわたる休館を余儀なくされ、厳しい状態にまで運営が追い込まれたと聞いています。

今回、一般財団法人沖縄美ら島財団の水族館統括であり、サメ博士としても知られる佐藤圭一先生にお話を伺いました。美ら海水族館は、コロナ禍をどのように切り抜けたのでしょうか? そして、見出した水族館の新たな可能性について教えていただきました。

期待されている役割

高山:ご著書『美ら海水族館はなぜ役に立たない研究をするのか?』をお送りくださり、ありがとうございました。挑戦的なタイトルですが、水族館への愛情が伝わってくる素敵な内容でした。とくに、理系をめざす高校生に読んでほしいと思いました。

佐藤(以下、敬称略):僕は、必ずしも水族館で働くことにこだわってたわけではなく、たまたま、そうなっちゃったという話ですね。でも、思った道ではなくても夢があることを感じてもらえたらうれしいです。

高山:美ら海水族館って、沖縄を代表する観光名所ですけど、一般には、研究しているってイメージはないんじゃないかと思います。

佐藤:美ら海水族館は、1975年の沖縄海洋博のときに政府が出展した「海洋生物園」として始まりました。そして、20年前(2002年)に、沖縄復帰30周年を記念してリニューアルオープンしました。こうして現在の姿になりました。当初は私たち水族館に期待される役割のうち、大きなものは北部地域の観光振興だったのですが、現在では海洋資源の管理とか希少種の保全とか、沖縄のSDGsを実現させる事業の一環として、研究が重要な要素と考えています。

高山:とくに、先生はサメを専門として研究されていますね。

佐藤:ええ、私の専門はサメの解剖学や繁殖生態学なのですが、どれだけ環境保全に役立つ研究ができているかは、何とも言えませんね。まあ、人間である限りは、役に立つかどうかだけでなく、知りたいことを追求するってことも大切なんだと言い聞かせていますよ。その意味では、役に立っていると言えるかもしれません。

パンデミック前には多くの観光客が訪れていた(提供:海洋博公園・沖縄美ら海水族館)
パンデミック前には多くの観光客が訪れていた(提供:海洋博公園・沖縄美ら海水族館)

パンデミックに直面

高山:今回のコロナ禍について教えてください。来館者数は激減したと伺いました。

佐藤:はい。かれこれ5回、閉館しましたからね。

高山:当然、来館者が減れば収入も失うわけで、維持管理が大変だったのではありませんか?

佐藤:そうですね。まず、「人を雇用し続けなければならない」というプレッシャーが大きかったです。雇用調整助成金があったので、何とか雇用は守り切りましたが・・・、勤務者についてはできるだけ在宅やグループウェアを使ったりして、臨機応変に工夫はしました。

高山:勝手なイメージですが、日々の餌代とか莫大じゃないかと思います。

佐藤:おっしゃるように維持管理ですね。私たちは大型動物を飼育していますし、24時間電気を使うわけです。あとは、餌ですね。このあたり、減らせるものはありません。水族館って、休業したからといって経費が削減できる部分って、ほんとにわずかなんです。当館では、月の電気代がおおよそ4000から6000万円ぐらい、餌代は1000万円くらいです。

私たちは、利益だけを追求しているわけではありません。入館料や営業収入で運営する公的施設ですし、収支のバランスをとって経営を維持する必要があるので、これを失ってしまうことは直撃でした。沖縄県からの助成はいただきましたが、それでも借入金が無ければ運営が困難な状況でしたね。

高山:コロナ禍による不可逆的な被害がありましたか?

佐藤:雇用を守ったとはいえ、失った人材というのは大きな損失です。2年、3年と続いてしまったことで、若い人とかは、入職したときからコロナで閉館しているか、開いていても来館者はまばらだったわけです。そうしたなかで、自分の社会的役割を見出せなくなってしまって、辞めていった人もいました。

高山:当院(沖縄県立中部病院)でも、新たに入職した研修医たちが可哀そうでした。もちろん、患者さんは途絶えることなく受診するので仕事はあります。ただ、先輩医師と飲みながら愚痴をきいたり、夢を語ったり・・・ 結構大事なんですけど、コロナ禍で失われてしまいました。仕事だけになっちゃうんですね。新たにチャレンジする若者たちにとっては、本音でのサポートが受けにくくなって、辛い状況だったろうと思います。

佐藤:そうですよね。研究職や技術職は研究開発など取り組むテーマがありますが、事務職は先が見えず混乱していたと思います。あと、ボーナスも含めて給与は減額せざるを得ませんでした。一方で、コロナで給与が上がった仕事もありましたよね。そういうところへと、チャンスを掴んで人が流れたこともありました。でも、これは仕方ないことだと思ってます。

提供:海洋博公園・沖縄美ら海水族館
提供:海洋博公園・沖縄美ら海水族館

見出した新たな可能性

高山:逆に、このパンデミックで水族館が発展したことはありましたか?

佐藤:やはり、デジタル化が推進されましたね。遠隔地とオンラインで繋いで、水族館の様子をリアルタイムで紹介するプログラムが定着しました。これは、パンデミックが終わっても発展的に継続すると思います。それを見越して、文化庁の補助金を使って館内のバックヤードも含めてWiFi環境を整備しました。

高山:入院している子どもたちに、水族館から中継されているそうですね。

佐藤:ええ、そうなんです。南部医療センター(沖縄本島にある県立病院)の方から、「コロナで面会を制限されて、子どもたちが外の世界と触れ合えなくなった。何とかできないか?」と相談いただいたのがきっかけでした。こっちも閉館していたので、何か社会や医療に貢献できないかと考えていたときだったので、是非やってみようということになったんです。

高山:なるほど。

佐藤:お客さんは誰もいませんから、こんな機会を利用して、館内から生配信しながら、ちょっとした実証実験をしたりしました。子どもたちとインタラクティブに、「これどうなると思う?」と語りかけるのは、オンラインならではの体験ですね。あと、イルカを近くに呼んで、カメラを寄せて間近に観察したり・・・。

イルカを間近に観察しながら飼育員が解説(提供:海洋博公園・沖縄美ら海水族館)
イルカを間近に観察しながら飼育員が解説(提供:海洋博公園・沖縄美ら海水族館)

高山:そういうことって、普通に水族館を見学していてもできないことですね。

佐藤:そうなんです。やってみて、一番大事だなって感じたのは、我々が何かを教えることではなく、子どもたちと会話をすることでした。スタッフにとって、子どもたちの素朴な反応を知ることは、すごく刺激的な体験です。オンラインならではだったと思います。

高山:子どもたちにとっても、日常を離れて水族館を体験することが、すごく治療にも役立ったんじゃないかと思います。オンラインであっても、動物との触れ合いは励みになるでしょう。

佐藤:確かに治療の向上につながっていると思います。多くの病院が、ほんとにリピーターになってくださっています。いまは毎週のようにやってますよ。通算では100回を超えました。なかには、意識がなくなりつつあるお子さん・・・ 「急なんですけど、お願いできないですか?」と頼まれたこともありました。我々は閉館しているので、いつでもやりますと。

高山:それは、ひとりのお子さんのため? 終末期の?

佐藤:はい、ご家族が最後の思い出ということで、美ら海をオンラインで一緒に見学したいとのことだったようです。病院から緊急のご依頼でした。時々そんな依頼はあります。その子のためだけに、特別にイルカショーをやったこともありました。

高山:ありがとうございます。胸が熱くなるお話です。ご家族にとっても、お子さんとの大切な思い出として残っているでしょう。

佐藤:改めて気づかされたのは、流れ作業のような解説ではなく、ひとりひとりの理解度や興味に応じた解説スキルというものを、私たち水族館の解説員や研究者が身に付けていかなければならないということでした。

高山:オンラインなら、その場で子どもたちから感想が返ってくるので、よいフィードバックになりますね。

佐藤:海洋リテラシー教育に精通した人材を育成しなければならないと思っていた矢先だったので、このオンライン水族館は、その方針にぴたりとハマった感じがします。オンライン事業により持続的な運営に必要な収益を得るセクションも出てきていますし、パンデミックが終わったあとも継続すると思いますね。

入院している子どもたちのためにイルカショーをオンライン開催(提供:海洋博公園・沖縄美ら海水族館)
入院している子どもたちのためにイルカショーをオンライン開催(提供:海洋博公園・沖縄美ら海水族館)

水族館の感染対策

高山:話は変わって、水族館の感染対策について、お聞かせください。そもそも、私が最初に佐藤先生にお会いしたのは、まさに感染対策のアドバイスで水族館をお伺いしたときでした。

佐藤:はい、そうでしたね。その節は、ありがとうございました。

高山:あのとき、はじめて感染対策の視点で水族館のなかを拝見しました。そもそも水族館って生き物の集団生活の場なので、感染症には気を配って運営されていたんだってことに気づかされました。ただ、今回のコロナでは、展示生物を守るだけでなく、来館者も感染症から守らなければなりません。

佐藤:同じ種類の生き物をたくさん飼育していれば、その密度に応じて感染症や寄生虫症が増えますので、常日頃から私たちは無意識のうちに気を付けていたのかもしれません。また、SARSとか、新型インフルエンザとか、麻しんの流行とか、今までもヒトを守る必要に迫られたこともありました。海外からの来館者も増えていましたから、事前に来館者も含めた感染対策のマニュアルを作っていました。

高山:水族館では、大声を出したり、ベタベタ触るようなことは少ないですね。入り口での症状とマスク着用の確認、いくつか触れる展示物がありますから、そこで手指衛生を促すようにすれば、おおむね対策はできそうだと感じていました。あと、換気ですね。

佐藤:ええ、もともと換気設備がしっかりしていて、混雑の対策としてCO2モニターも既にありましたから、当初からそれらを活用して対応することができました。

高山:ただ、それでも、休館が繰り返されてしまいました。水族館として十分な備えをされていることを知っていただけに、私は残念な気持ちになりました。どうすれば良かったのでしょうか?

佐藤:ありがとうございます。デルタ株の流行(2021年夏)までは、職員の感染経路について追えていましたが、職員同士も含めて水族館の中での感染は認めませんでした。また、その後も館内で接客にあたる職員とバックヤードで仕事をしている職員とに感染率には差が無いか、むしろ前者が低いくらいでした。このことから、水族館の館内環境が感染しやすいということはなかったと思います。

ただ、観光客が急速に減っていくなかでは、閉館した方が経営的には正解だったのかもしれません。多くの業種に求められていたように、水族館にもパンデミックにおけるBCP(事業継続計画)が必要でした。今後は、完全に社会活動を止めるのではなく、過密さを避けながら、業務を維持する考え方があってもいいのではないかと思います。

高山:開くか、閉じるかではなく、リスクを減らして継続する考え方が必要ですよね。

佐藤:はい、感染状況によっては、団体での来訪は控えていただいた方が良いのかもしれません。だからこそ、修学旅行については、オンラインで楽しんでもらえるような選択肢を作りました。一方で、個人や家族単位で来られるような方々については、そこまで制限する必要はなかったかもしれないと思います。

提供:海洋博公園・沖縄美ら海水族館
提供:海洋博公園・沖縄美ら海水族館

美ら海水族館の新たな姿へ

高山:人や動物が集まる場所には、常に感染症のリスクがついて回ります。インバウンドも再開され、これから多くの観光客が戻ってくるでしょう。オーバーツーリズムにならないように注意しながら、どのように美ら海水族館が取り組まれるのか、個人のお考えで構いませんので教えてください。

佐藤:コロナで山あり谷ありでしたけど、何とか終わりが見えてきたように思います。あまりに集中して観光客が押し寄せるのは、地元にとっても、観光客にとってもストレスになっていました。休暇を分散化させたりして集中しないようにすることは、コロナに限らず、将来的にもっと議論すべき課題だと思います。

集中を減らすことには、感染症予防に限らず、経済的にも大きなメリットがあるはずです。その意味で、全国旅行支援で平日の支援を厚くして、利用者を分散させたのは良かったですね。

それから、以前は私たちも、来ていただいたお客さんに対応するのがやっとという状況でした。でも、これからは、来ていただくお客さんそれぞれのニーズや理解度に合わせて、質の高い素材を提供できるようにしていきたいと思っています。

いま、コロナの次のステージに向けて、水族館が提供するプログラムを見直しているところです。職員のモチベーションは上がってますよ。オンラインレクチャーとか、少人数対象の館内ツアーとか、展示以外のプログラムを充実させて、海の科学を身近に楽しめる、美ら海水族館の新たな姿をお見せしたいと思っています。

高山:楽しみにしています。ありがとうございました。

筆者撮影
筆者撮影

沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科

地域医療から国際保健、臨床から行政まで、まとまりなく活動。行政では、厚生労働省においてパンデミックに対応する医療体制の構築に取り組んだほか、少子高齢社会に対応する地域医療構想の策定支援などに従事してきた。臨床では、感染症を一応の専門としており、地域では、在宅医として地域包括ケアの連携推進にも取り組んでいる。著書に『アジアスケッチ 目撃される文明・宗教・民族』(白馬社、2001年)、『地域医療と暮らしのゆくえ 超高齢社会をともに生きる』(医学書院、2016年)、『高齢者の暮らしを守る 在宅・感染症診療』(日本医事新報社、2020年)など。

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