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中国のゼロコロナ撤回と水際対策

高山義浩沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科
(写真:ロイター/アフロ)

中国では、12月7日にゼロコロナ政策を撤回して以降、急激な感染拡大が起きています。そうしたなか、中国当局は、これまで原則として禁止してきた中国人の海外旅行について、2023年1月8日から申請手続きの受け付けを再開すると発表しました。すでに中国では、航空券の検索数が過去3年で最多となるなど、海外旅行への期待が高まっています。

これを受けて、各国では、中国からの渡航者への水際対策を強化する動きが広がっています。米国政府は、1月5日から中国からの渡航者に対して搭乗前48時間以内の陰性証明を義務づけるほか、北京の大使館は通常のビザ発給を停止したということです。韓国政府も、12月30日に短期ビザの発給や航空便の数を制限すると発表しました。台湾当局は、1月1日から到着時のPCR検査を実施すると発表しています。

日本政府は、12月30日より中国からの入国時検査を義務付けたほか、中国から日本へ到着する旅客便について、到着空港を成田と羽田、関西、中部の4空港に限定すると発表し、増便なども行わないよう航空会社に要請しています。ただし、香港からの直行便については、那覇や千歳空港を含めて継続することとしています。ビザ発給の制限については予定されていません。

中国国内における流行の見通し

中国共産党は、感染予防効果が持続するワクチンの開発、安価で有効な治療薬の開発に見切りをつけ、比較的病原性の低いオミクロン株により集団免疫を獲得することへと戦略を切り替えたものと考えられます。

中国CDCの副所長を務めた馮子健先生は、取材に対して、最初の大規模な感染の波で中国の人口の60%までが感染する可能性があり、「最終的には人口の80〜90%程度が感染するだろう」と述べていました(中國防疫「新十條」:專家和輿論怎麼看?)。

2022年の春、実質的にゼロコロナをとっていた台湾や韓国が、相次いでウィズコロナへと戦略を切り替えたとき、それぞれ2か月にわたる大流行となりました。中国国内においても、同様に2か月・・・ つまり、2月上旬までは、現在の混乱が続くものと想定しておかなければなりません。

その最中となる春節(旧正月;1月21日~27日)は、ウイルスを拡げるイベントとなるでしょう。東沿岸部の大都市圏を中心とした流行は、西域の農村部にまで広がっていき、中国からの渡航者を受け入れた国や地域は、受け入れただけの影響を受けることになります。

中国が直面するのは、感染の拡がりだけではありません。多くの重症者、死亡者を出すことも想定されています。2022年3月に香港で大流行したときの致死率は、オミクロン株であるにも関わらず0.67%でした。シノバックやシノファームなど中国製ワクチンの重症化予防効果が十分でないためと考えられています。なお、私が内科医を務める沖縄県では、今年の致死率は0.09%(日本全国では0.14%)に過ぎず、中国における病原性との違いは明らかです。

筆者作図
筆者作図

筆者作図
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日本国内への影響

日本の検疫では、12月1日以降、中国からの渡航者で陽性だった者は9名と報告されており、現時点では、中国人渡航者に多数の感染者を認める状況ではありません。

ただし、入国者への全員検査を始めたイタリアでは、中国からの航空便2便について、1便目の乗客92人のうち、35人(38%)が陽性であり、2便目の乗客120人の乗客のうち、62人(52%)が陽性だったとのこと(Italy imposes mandatory Covid tests for travellers from China)。日本でも、今月30日から入国時検査を開始しましたので、同様に多数の陽性者を確認するケースが増えてくる可能性があります。

前述のように、中国からの直行便は、成田と羽田、関西、中部の主要4空港に限定されますが、ソウルや台北などを経由することで、これら4空港以外からも中国人が入国してきます。入国時検査は、到着した空港で実施されるため、中国人にとって人気の観光地である沖縄県にとっても他人ごとではありません。

多くの医療従事者が危惧しているのは、こうして国内隔離される中国人から重症者が多発することです。中国からの渡航者の年齢を30代から70代と想定し、中国人における病原性を(ワクチン効果が不十分であるため)デルタ株相当と仮定すると、感染者の2割が入院を要する状態となり、200人に1人が死亡することになります。長期にICU入室を余儀なくされる患者も出るでしょう。陽性者の隔離が効率的に行われたとしても、医療体制が脆弱な地方県にとっては大きな負担です。

これらの医療費は、原則として海外旅行保険から支払われることになってますが、支払い上限を超えたり、そもそも海外旅行保険に入っていなければ、法に基づき公費負担となります。抗ウイルス剤の主力であるパキロビッドパックは、国購入品なので海外旅行保険を含めて費用負担は一切ありません。なので、救急外来で外国人が抗ウイルス剤を希望すれば、その適用が認められる限り無償で提供されます。

もちろん、そのことを中国の方々は良くご存じでしょう。今後、中国本土で医療ひっ迫が生じていくなかで、医療を求めて日本へと避難して来られる可能性すら考えられます。出発時でなく、到着時に検査を行っている限り、私たち日本の地域医療は、ひたすらに無償の治療を続けることになりかねないのです。

日本国内では、年末年始の帰省などの影響により、地方を中心に1月より第8波がふたたび高まることが予測されています。中国の感染拡大と観光再開は、このタイミングで始まろうとしています。とはいえ、すでに日本国内では大流行していますし、中国からの持ち込みによる地域流行への影響は(新たな変異株によらない限り)相対的に低いと思います。ただ、私たちには、重症化リスクの高い中国人の診療にまで対応する余力まではありません。

残念ながら、中国本土からの観光客のなかには要求度が高く、日本の病院のルールを守らず、威圧的に感じてしまう方が少なくありません。もちろん、穏やかで協力的な方もいらっしゃいますが、経験的に私たちは苦労してきました。とくに、病室から出ることが認められない隔離入院は、日本人ですらストレスが大きいものです。テレビも日本語ばかりで、wifiはないか、あっても脆弱です。外国人の隔離入院は、看護師とのあいだで摩擦が生じやすく、互いに疲弊していきます。

求められる水際対策の強化

中国本土の流行がピークアウトするまで、観光ビザの発給に制限をかけるのがもっとも安全です。中国政府もワクチン接種を進めるなど、それなりに努力はしているようですし、もしかしたら被害は少なく、流行も1月中に収束していくかもしれません(可能性は低いと思いますが…)。

いまは、どこまで流行が拡がるのか、どれくらい重症者や死亡者が出るのか分かりません。そのあいだは、少なくとも観光に関しては静観するのが最良の策だと私は思います。それでも受け入れる方針とするのであれば、少なくとも、米国と同様に渡航前検査を課すべきです。

もちろん、観光業界が苦しい状況にあることは理解しています。必要なことは、未曽有の大流行に直面している国からの観光客の受け入れを加速させることではなく、ギリギリの状況にある観光業界への雇用維持と事業継続に向けた支援策ではないでしょうか? 

パンデミックは終わったとしていた欧米諸国ですら、中国からの渡航者への水際対策を強化し始めています。まさに東アジアでは、これからパンデミックが始まろうとしているからです。巻き込まれないように注意しながら、出口戦略を練っていかなければなりません。無頓着になることは、出口ではありません。

沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科

地域医療から国際保健、臨床から行政まで、まとまりなく活動。行政では、厚生労働省においてパンデミックに対応する医療体制の構築に取り組んだほか、少子高齢社会に対応する地域医療構想の策定支援などに従事してきた。臨床では、感染症を一応の専門としており、地域では、在宅医として地域包括ケアの連携推進にも取り組んでいる。著書に『アジアスケッチ 目撃される文明・宗教・民族』(白馬社、2001年)、『地域医療と暮らしのゆくえ 超高齢社会をともに生きる』(医学書院、2016年)、『高齢者の暮らしを守る 在宅・感染症診療』(日本医事新報社、2020年)など。

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