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誰もが地域資源にアクセスできる沖縄社会をめざして 対談:りゅうぎん総合研究所・志良堂猛史さん

高山義浩沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科
筆者撮影

りゅうぎん総合研究所の志良堂猛史さんのオフィスを訪ねました。

この2年半にわたるコロナ禍で、沖縄経済がどのような影響を受けたのか? この先に何を見通しているのか? 沖縄県の経済調査を行う組織に属し、提言を行うメンバーのひとりとして、どのように考えておられるのかをお聞きしました。

沖縄県の地方銀行のひとつである琉球銀行は、米軍統治下において、「金融秩序の回復と通貨価値の安定」を目的とし、米国軍政府布令により設立されたという経緯があります。このため初期には、一般銀行としての業務のみならず、金融機関の監督や援助、通貨発行権など中央銀行的な色彩が強いものでした。

りゅうぎん総合研究所は、その琉球銀行の経済調査部門が独立する形で発足したとのこと。地域に根差したシンクタンクとして、県経済の動向調査のみならず、官民連携支援など沖縄県全体の社会を発展させる研究と提言とが特徴と言われています。

志良堂さんは、研究所の社長付特命部長として、スマートシティに代表される新たなまちづくりについて官民に情報提供や調整など、沖縄社会の未来図を描きつつ分野横断的な活躍をされている方です。かねてより、「コロナ禍の振り返りと沖縄社会の今後について教えてください」とお願いしていたところ、お忙しいなか、時間を作ってくださいました。

人口減少フェーズにおける新たな社会課題

高山:志良堂さんとは、沖縄県経済同友会の会合でお会いしたのが最初だったと思います。

志良堂(以下、敬称略):はい、同友会の地域経済活性化委員会で高山先生に登壇いただいたことがありました。その節はありがとうございました。当社の社長が委員長を務めていることもあり、私は、ここに付随する調査を行いながら、地域経済の発展に向けた助言をしています。

高山:いま、志良堂さんが力を入れているプロジェクトについて教えていただけますか?

志良堂:人口減少フェーズにおける共助領域の構築に強い関心をもって取り組んでいます。そのひとつとして、沖縄県のSociety5.0についての調査を行っています。

沖縄県においても、SDGsに示される社会課題が山積しています。誰もが快適で活力に満ちた質の高い生活が送れるように、どのような人間中心の社会を実現すればよいでしょうか? 言葉だけではない変革を伴い、官民連携のもとで具体的に取り組んでいかなければなりません。その手段のひとつとして、とくにデジタルテクノロジーの活用に着目しています。

高山:スマートシティの社会実装は、保健医療や介護においても、重要なテーマとなっています。今回のコロナで痛感させられました。

志良堂:これまでも環境汚染、交通渋滞、病床・介護ひっ迫などの問題がありました。パンデミックで、それらが強く顕在化しましたね。これまでの人口増加を前提とした社会課題とは違い、人口減少フェーズにおける新たな社会課題へと向き合う必要があります。

「住みよい街ランキング」の上位に入る都市は、スマートシティを進めているところが多いです。とくに、北欧、アジアですね。沖縄のスマートシティについて、県内のみで議論していては、ガラパゴス化しかねません。国内外の動きに関心を寄せ、ベストプラクティスを沖縄に取り込んでいくこと。これを官民連携はもちろんのこと、大学や市民も巻き込んで進めていくことが重要です。

高山:なるほど・・・ 官民連携と言っても、この分野、行政がついてくるのは大変なんじゃないでしょうか? かといって、行政が置いてきぼりになっては、スマートシティとはなりえないわけで、難しいですね。

志良堂:これまでは難しいところがありました。しかし2021年より、沖縄県庁にDX(デジタル・トランスフォーメーション)推進本部が設置されました。ここに、専門的知見から行政を支援するDXアドバイザーが4人配置されています。

生活分野、行政分野、産業分野における名だたる方々です。いま各部局の実情を分析されて、行政手続きのオンライン化などスマート県庁の実現に向けた支援を始められているので、これから大きく前進するのではと期待しています。

「データは市民のもの」としてオープンに利活用

高山:日本の保健医療分野にも、優れたビッグデータがたくさんあるんですが、残念ながら行政は活かしきれていません。

たとえば、国民のワクチンの接種状況を把握する「VRS」と感染者発生が報告される「HER-SYS」という2つのシステムがありますが、驚くべきことに、まったく連携できていないため、感染者のワクチン接種歴が分からないのです。

せっかく貴重なデータがあるのに、刻々と変化するコロナ対策にフィードバックすることができませんでした。

志良堂:保健医療に限らず、日本社会全体が抱えている重大な問題です。デジタル化という言葉が、単に電子化に留まっているからでしょう。データの利活用にあたっては、オープンデータ含め横串をさすデザインが不可欠です。

高山:私たち医療現場では、コロナに限らず、新規入院した患者の病名や重症度をDPCという医療費支払制度に基づいて電子カルテに入力しています。それとは別に、毎日、各医療機関はコロナ患者の入院患者数を県に報告しなければならないのです。さらに、医師は新規のコロナ患者の名前と連絡先を保健所にも報告しなければなりません。まさに3度手間の作業です。医療ひっ迫で県民に自粛を呼びかける前に、行政にはすべきことがあります。

志良堂:その通りですね。有事に慌てて設計するのではなく、平時からの取り組みが求められていたと思います。

これまでの日本社会では、データは自組織に閉じるのが前提でした。しかし、これからの社会では、オープンにすることを前提として設計すべきです。とくに、税金で運営する行政部門は「このデータを公表して何に使えるの?」と悩むのではなく、「データは市民のもの」としてオープンにするマインドセットが重要です。

その際、データ形式も重要で、これまでのようにPDFデータで出すのではなく、余計な手作業が発生しない機械判読が可能な形式、例えばcsv以上で出すことが基本となります。そして、オープンにするしないかは別にしても、民間企業や医療機関も、横連携しやすい形式で、あらかじめ整備しておくことが必要です。

高山:さすがだなと思ったのは、お隣の台湾でしたね。たとえば、オードリー・タンがシビックハッカーの協力で整備した『マスクマップ』がありました。複数のデータが速やかに連携して、マスクがどこで購入できるのか、リアルタイムに市民へと還元されました。

志良堂:台湾が上手く行ったのは、デジタル担当大臣であるオードリー・タンに権限が与えられていたことにありました。マスク供給ひとつとっても多くの部門にまたがっていますが、そこに横串をさすことだけなら、まだ日本でもできています。ところが、各省庁、部局が非常時に権限を委譲しないことが、日本の遅れの大きな要因となっています。

筆者作表
筆者作表

パンデミックがもたらした沖縄経済への影響

高山:パンデミックが発生してから3年が経とうとしています。その間、沖縄県では繰り返し緊急事態宣言が発出され、社会全体が大きな負担を強いられました。県民の命を守り、地域医療を支えることも必要でしたが、一方で沖縄経済が大きな被害を受けたと聞いています。具体的に、どのような状況に陥っていたのでしょうか?

志良堂:ご承知の通り、沖縄県全産業のうち8割が第三次産業です。このため、人流が抑えられると経済が直撃を受けます。

たとえば、入域観光客数が1000万人を超えた2019年における沖縄県の観光収入は7,484億円でしたが、直近の2021年には2,000億円台にまで落ち込みました。一気に5,000億円以上を失ったことになります。まさに県経済への大打撃です。

高山:観光が大きな影響を受けたことは間違いありませんが、飲食は協力金でひずみが生じたとも聞いています。建設、製造、小売などへの影響はいかがでしたか?

志良堂:必ずしもすべてが大打撃を受けたわけではなく、たとえば、建設とか製造といったところについては、観光業ほど被害が生じたわけではありません。

建築土木で言えば、沖縄では公共工事がメインです。もともと動いていたプロジェクトが一旦止まりはしましたが、現在は再開されつつあります。製造業についても「土産品」などの観光製造業については大きな被害がありましたが、行動自粛による「巣ごもり需要」などにより、被害が抑えられたケースもあります。

一方で、観光業については、回復の見通しも立たず社員が辞めていくケースもあり、その経験値なども含めて、コロナ禍前に回復するには相当厳しい状況にあります。一般的には宿泊やレンタカー、イベントなどが観光業と想起されるかもしれませんが、飲食しかり、食材やリネンなど、産業としてすそ野が広いのです。やはり、沖縄県のリーディング産業は観光です。

高山:医療では、新規感染者数が前週比で2倍を上回ったらとか、入院患者数が増えて病床占有率が60%を超えたらとか、そんな風にしてデータに基づいて警告を発してきました。こうした指標は、ある程度、県民へのリスコミとして効いていたと思います。

一方で、経済について、ここまで落ちるとヤバいという、そういうラインって示せなかったんでしょうか? もちろん、そのラインを下回ったら観光再開というのではなく、財政面からの行政支援を検討するということも考えられたかもしれません。

志良堂:たしかに・・・ そういう危機管理のシミュレーションは県から示されませんでしたね。EBPM(根拠に基づく政策立案)の観点からは、私たち民間からも、不可逆的な経済被害のラインを示せれば良かったかもしれません。そうすれば、あと1週間は何とか耐えるが、このまま2週間は明らかにラインを下回るといった時間的な目安にもなった可能性があります。

2020年6月に、内閣府の「地方創生推進室」と内閣官房の「まち・ひと・しごと創生本部事務局」により新たな地域経済分析システムが提供されています。「V-RESAS」と呼ばれていますが、新型コロナウイルス感染症が地域経済に与える影響を可視化したものです。地域経済のバイタルサインを把握することができるよう行政や民間部門で活用されています。

オープンデータの取り組みが加速し、民間などでも自社データの二次利用が促進されると、V-RESASへのデータ連携がスムーズになることが期待できます。そうなればタイムラグが極小化し、現状の可視化も容易になるかもしれません。

沖縄県は島嶼地域でもあり、他地域と比較してデータを整えやすい環境です。さらに県内全域が「国際観光イノベーション特区」として国家戦略特区にも指定されています。簡単にはいきませんが、より高度な可視化システム構築のため、V-RESASと連携し、沖縄で先進的なデータ利活用モデル構築を検討すべきかと思います。

高山:経済危機の見える化というのは、今後の課題ですね。

志良堂:おっしゃる通りです。どのような状況になったら、沖縄経済が不可逆的なダメージを受けるのか、データとして示しておくことが求められていると思います。個人的には、台湾有事なども想定したシミュレーションも重要だと考えています。

危機管理における意思決定の迅速化

高山:もうひとつ、危機が見える化しても、行政判断の遅れがあれば意味がありません。今回のパンデミックで、医療提供体制についてはリアルタイムでの見える化がされたと思いますが、それでも、意思決定の遅さは否めませんでした。

志良堂:失敗や叩かれることを恐れているからです。危機において正解はありませんので、早く判断し動くことが大事です。また、オープンイノベーションの世界って、失敗をすることが前提なのです。失敗を許容する環境を作り出すことも重要です。

年功序列、終身雇用を中心とした企業はいまだにたくさんあります。公務員もそのひとつですし、私が勤める企業もそうです。人事評価や人材育成体制をも変えなければ、「失敗しないのが一番」という風土からは抜けきれません。失敗しない一番いい方法は、「何もチャレンジしない」ということですから。

それができないのであれば、危機管理においては権限を持つスペシャルチームを作り、失敗を恐れずに判断を早回しさせるような仕組みが必要でしょう。判断の遅延は、やさしい県民性もあろうかと思いますが、「失敗しないことが一番」という組織に長年固定化したマインドによるものだと思います。

高山:失敗をしない人が階段を上がっていく社会ですからね。

志良堂:その傾向は強いと個人的には感じています(笑) 難度が高いことは避けたがり、先送りになります。あと、他の部署のことに口を出すと危険人物あつかいされます。結果、同じ部署のメンバーに後ろから撃たれることも経験したことがあります(笑)

高山:世界は高圧状態になってきていますから、パンデミックに限らず、さまざまな社会の不安定化要因に備えておくことが必要です。国任せではなく、地域でどのような準備をすべきでしょうか?

志良堂:台湾は、いろいろな面でお手本ですね。その基盤にあるのは、2003年のSARSをきちんと総括していたことだと思います。

たとえば、2020年1月21日に武漢から台湾に帰ってきた女性に感染が確認されたとき、その翌日には、すぐに団体観光客の入域を禁止しました。迅速に判断できたのは、未知なるウイルスが出てきたときに、何をすべきかが整理されていたからだと思います。

その後、徐々に台湾は対策を緩めました。国ごとの価値観もあると思いますが、台湾はSARSの経験も活かしながら、根拠をもって対策を進めていたように見えます。

高山:感染対策のことだけを言えば、中国のようにゼロコロナを続けることが最善策ということになってしまいかねません。どう緩めていくかは、感染症の専門性だけでなく、経済を含めた県民生活の担い手との双方向のコミュニケーションが必要ですね。

志良堂:はい、継続的な話し合いのチャンネルが必要ですし、どこかで総括もきちんとした方がよいと思います。

高山:総括については、組織目線では硬直化してしまいます。しばしば、正当化しか残りません。住民目線、利用者目線で総括してこそ、イノベーションに繋がるのではないでしょうか?

志良堂:その通りです。県内を含め、全国で改革が進んでいる自治体を見てみると、やはりトップの危機感がすごいですね。「このままだとマズい」「単独組織で動いている場合じゃない」そう考えるリーダーの存在は重要です。組織の維持管理に腐心するのではなく、地域のステークホルダーを巻き込み、サービスを向上させて、より良い地域社会を作り出そうと考えたとき、必ず市民目線になるはずです。

地域資源をつなげウェルビーイングを目指す

高山:コロナ後の沖縄社会について、市民が参画しながら価値観を形成し、行政も、企業も、医療も、一体となって社会を前進させることができればと思います。最後に、志良堂さんの抱負を聞かせていただけますか?

志良堂:全国的に、スマートシティ、デジタル田園都市などが進められていますが、共通して言えるのは「地域資源をつなげウェルビーイングを目指す」とするものです。

課題解決だけでなく、価値創造のためにも地域のデータをしっかり整備することが重要です。オープンデータのように二次利用ができる環境を整えて、民間が有効活用することでオープンイノベーションが期待できます。

沖縄県では「リゾテック」が謳われていますが、これは「観光文脈」の言葉ですから、それだけですと「自分たちには関係ない」と思う業界もあろうかと思います。「誰も取り残さない」とするのであれば、リゾテックより高次で全体を包括する新たな社会インフラとしての「ユイマール基盤」が求められるのではないでしょうか? 

観光業に閉じず、地域が横断的につながり、その結果としてQOLが高まる「共助領域の社会基盤」構築が必要です。国が進めるデータ連携基盤構築などはそのために使うべきでしょう。それには、分野横断の社会デザインと、結節点となる人材育成や組織構築が必要だと考えます。私自身、その支援をさせていただきたいと思っています。

高山:ありがとうございました。

沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科

地域医療から国際保健、臨床から行政まで、まとまりなく活動。行政では、厚生労働省においてパンデミックに対応する医療体制の構築に取り組んだほか、少子高齢社会に対応する地域医療構想の策定支援などに従事してきた。臨床では、感染症を一応の専門としており、地域では、在宅医として地域包括ケアの連携推進にも取り組んでいる。著書に『アジアスケッチ 目撃される文明・宗教・民族』(白馬社、2001年)、『地域医療と暮らしのゆくえ 超高齢社会をともに生きる』(医学書院、2016年)、『高齢者の暮らしを守る 在宅・感染症診療』(日本医事新報社、2020年)など。

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