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ワクチン接種して、何か変わりましたか?

高山義浩沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科

外来に通われている80代の女性が、診察室で嬉しそうにこう言いました。

「先生、ワクチン終わったよ。2回とも!」

10年ほど前に夫に先立たれましたが、いくつかの慢性疾患を抱えながらも、元気に独居で暮らされています。

「良かったですね。きついことなかったですか?」と私は聞きました

「う~ん、ちょっと腕が痛くなったね。熱は出なかった」

「いまは大丈夫?」

「なんともないさ」と笑顔です。

こうやって、沖縄県でも、少しずつワクチン接種が進んでいます。全人口あたりのワクチン接種率は全国最低・・・。行政の対応の遅さにイライラすることはありますが、こういうことを迅速にやるのは苦手なんでしょう。

ま、遅かれ早かれ、各都道府県の接種率はプラトー(停滞状態)に達します。夏休みに間に合わなかったのは残念ですが、いずれは追いつくでしょう。いま、全国で何番目であるかのレースに乗ずるよりも、最終的に、どこまで伸ばせるか・・・、ゴール設定こそが重要です。

急速にワクチン接種を進めてきたアメリカやイギリスも、ほぼ50%で頭打ちになっています。お隣の韓国も猛然と接種して日本を引き離しましたが、10%前後で伸びが止まっており、ふたたび日本が追い抜いています。

米国のファウチ博士は、集団免疫のためには70%以上が必要と言ってましたが、沖縄県として、そこまで持っていけるかを考えるべきです。つまり、スピード勝負ではなく、ワクチン接種に協力いただける人を増やしていくこと。ワクチンを拒否するよう勧める人たちを凌駕する正しい情報を伝えられるかにかかっています。

さて、私は、笑顔で接種した腕を回している女性に聞きました。

「で、ワクチン接種してから変わりましたか? ゆんたく(仲間でのおしゃべり)してます?」

「うん、昼に集まって、ご飯を食べてるよ」と平然とした表情。

「なるほど~ 何人ぐらいで?」

「いつもの6人」

6人かぁ・・・ ちょっと多い。

「カラオケは?」

「してない。怖いから・・・」

その絶妙な線引きがどうして生じたか興味深いですが、それは置いておいて、大事なことを確認します。

「6人の皆さん。ワクチン終わってます?」

「えーとね、1人だけね、娘さんが打っちゃダメって」

「なるほど」

「その人、来ない方がいい?」と女性は、不安そうに私を覗き込みます。

「難しいねぇ」と私は頭をかかえました。「もちろん、ワクチン終わった人たちだけにしてほしい。これがお医者さんとしての本音です。でも、こんなことで仲間はずれを1人作るなんて、ちょっと可哀そうですよね。打てないでいるのは、本人のせいじゃなく、娘さんの考えなんでしょ」

「そうだよ。本人はワクチン打ちたいさ・・・」

家族と友人との狭間で、辛い思いをしていることでしょう。「ワクチン打たないなら来るな」とは、皆も容易には言えないはず。そこで、折衷案を出してみます。

「これから沖縄も流行が大きくなりそうだし、その方、ちょっと休んでもらった方がいいと思います。これは皆さんだけでなく、その方を守るうえで大切なことです。ただ、流行が収まったら、また来てもらうように伝えてはどうでしょう。」

「そうなんだね。ちょっと気にはなっていたよ」と女性はうなずいています。

「はい、ワクチンの効果は完全ではありません。ワクチン接種者だけの集まりなら、感染するリスクは高くないし、感染しても重症化する可能性は低いでしょう。ただ、そこに一人、接種してない人が混じるとウイルスが持ち込まれ、広がるリスクも高まります。」

「なるほど。ワクチン打っても難しいね。何ができて、何ができないか」

最後に女性が放った言葉は、とても重要なポイントだと思いました。沖縄県では、高齢者をはじめ、県民にワクチンを接種するよう呼び掛けています。しかし、接種したら生活の何が変わるのかを明示できていません。これでは、接種のインセンティブが下がっていきますよ。

がんばって慎重に暮らしてきた高齢者たちは、結局、ワクチンを接種しても何も変わらないことに戸惑い始めています。そして、なんら情報提供もないままに、思い思いの行動をとり始めているのが実情です。そして、ときにリスクを高める行動が起きてしまっています。

私は、ワクチン接種者同士の食事は許容されると考えています。接種者だけでの旅行も構わないし、接種していない孫と会うことも(マスクを着用してなら)認めてよいと思っています。ただ、いくら本人がワクチンを接種しているとはいえ、未接種者も一緒に食事会を催すのは避けるべきです。

もちろん、純粋に感染対策のことだけを考えれば、ステイホーム、誰にも会うなかれです。でも、一方で、図にあるように、高齢者が誰かと食事をすることは、生存確率を高めています。

たとえば、息子と2人暮らしの高齢男性が家庭内で独食していると、誰かと食べているのに比して、1.47倍も死亡リスクが上昇します。パートナーを失った高齢男性がスナックに出かけて、そこで友人たちと夕食をとっていることは、彼らの生存戦略ですらあるのです。

いま、私たちが目指すべきは、このような高齢者の集まりを取り戻していくこと。その手段としてワクチンがあるのです。ワクチン接種率が目的化していると、この大切なことが忘れられたままになっていきます。

ただし、この外来の女性のように、接種者と未接種者が混ざってしまうことはありますし、地域流行が高まっていったときも食事会をやっていてよいのか、という疑問が生じます。そのあたり、適切に情報提供することが、ワクチン接種を推進する行政には求められていると思います。

沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科

地域医療から国際保健、臨床から行政まで、まとまりなく活動。行政では、厚生労働省においてパンデミックに対応する医療体制の構築に取り組んだほか、少子高齢社会に対応する地域医療構想の策定支援などに従事してきた。臨床では、感染症を一応の専門としており、地域では、在宅医として地域包括ケアの連携推進にも取り組んでいる。著書に『アジアスケッチ 目撃される文明・宗教・民族』(白馬社、2001年)、『地域医療と暮らしのゆくえ 超高齢社会をともに生きる』(医学書院、2016年)、『高齢者の暮らしを守る 在宅・感染症診療』(日本医事新報社、2020年)など。

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