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住民向けに実施するPCR検査戦略の考え方

高山義浩沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科
北谷町で実施した住民向けPCR集団検査(2020年7月・筆者撮影)

各地のPCR検査体制が拡充されたこともあり、住民を対象とする大規模な集団検査が企画されるようになっています。そうしたなか、どのタイミングで行うべきか、ご相談をいただくことが増えてきました。

地域の特性(医療提供体制、検査対応能力、感染対策への住民のコンプライアンスなど)により、最適解は異なります。住民ニーズが強ければ、安心を提供するために集団検査を実施せざるを得ないこともあるでしょう。よって、ここで紹介するのは考え方のひとつに過ぎません。

ただ、検査の特性を理解し、目的を明確にして実施することが必要です。そうしなければ、期待した結果が得られないばかりか、解釈を間違ったまま対策を進めてしまうことにもなりかねません。

集団検査にある2つの目的

集団に対するPCR検査には、スクリーニング、サーベイランスという2つの使い方があります。それぞれ重なり合うところはありますが、実施主体は「何のためにPCR検査をするのか」を明確に意識された方が良いと思います。

まず、スクリーニング検査とは、流行が発生していることが明らかな集団に対してPCR検査を広く実施して、潜在する感染者を特定することを目的とします。

流行を抑え込むことが目的ですから、見逃さないよう全員検査が原則となります。言うまでもありませんが、希望者だけに実施しても封じ込めることはできません。

沖縄県では、集団感染が疑われる高齢者施設に対して、当該フロアまたは施設全体の職員と入居者全員にPCR検査を実施しています。感染直後など偽陰性のリスクがあるため、陽性者を認めなくなるまで1週間おきに実施して封じ込めています。

次に、サーベイランス検査とは、流行が発生しているかどうか分からない集団に対して実施するものです。公衆衛生学的な介入の必要性を検討するもので、「流行状況をつかむ」ことが目的です。よって、全数検査である必要はありません。

沖縄県では、これまで4回実施したことがあります。北谷町130人、金武町198人、基地従業員983人に実施したところ、それぞれ陽性者数は0人、0人、1人であり、介入不要と判断しました。一方、沖縄県最大の歓楽街・松山地区に那覇市が呼びかけて2064人に実施したときは、86人の陽性者(陽性率4.2%)を認めたため、2週間の営業自粛を継続する根拠となりました。その後、この地域での流行は沈静化しました。

希望者を対象としていれば、検査を受けるのは「意識の高い方々」です。そのなかの陽性者だけを隔離しても流行を抑え込むことはできません。受けていない人たちのなかにも多数の陽性者がいるに違いないと考えて、スクリーニング検査に切り替えるか、集団(地域)全体への自粛を要請しなければなりません。

沖縄県におけるスクリーニング検査の方針(沖縄県新型コロナウイルス感染症専門家会議・資料)
沖縄県におけるスクリーニング検査の方針(沖縄県新型コロナウイルス感染症専門家会議・資料)

コロナ感染の自然経過とPCR

続けて、コロナ感染の自然経過とPCR検査の関係について確認します。

重症化してICUに長期入室する高齢者もいれば、ただの風邪・・・ の若者も多いです。厄介なのは、無症状のまま経過する人も少なくありません。ただ、中央値で言うと、感染して3日後からウイルスを排出しはじめ、5日後に発症し、12日後(発症して7日目)あたりから症状と感染力を失っていく・・・ といった感じです。

この経過に、米国内科学会の学会誌に報告された論文(Ann Intern Med. 2020 Aug 18;173(4):262-267)で示されているPCR検査の感度の推定値を重ねてみると、以下のようになります。

まず、コロナに感染した直後は、当然ながらPCR陰性です。陽性になるのは、体内でウイルスが増殖・排出される感染3日後あたりからです。感染5日後(発症日)になると6~7割ぐらいが陽性で、感染8日後(発症3日目)あたりで感度が最大となり8割ぐらいが陽性です。

その後は徐々に感度は低下していきますが、感染12日後(発症7日目)あたりで周囲への感染力を失ってからも陽性は続き、感染21日後でも3~4割ぐらいが陽性と考えられます。長い例では、90日後でも陽性となることがあります(Clin Infect Dis. 2020 Aug 25;ciaa1249.)。

PCR検査で陽性となる4類型

前項の経過を踏まえると、PCR検査で陽性となる人には、4つの類型があることが分かります。

第1類型は、「発症前の感染者 presymptomatic」です。とくに感染性が強く、活動性も低下していないので、感染拡大の主たる要因と考えられます。スクリーニングで最も発見したい人たちですが、陽性となる確率は(発症者ほどは)高くありません。

第2類型は、「症状を有する感染者」です。感染性も保たれていますが、症状を自覚しているので、活動を自粛しているのが一般的でしょう。この類型を発見したいのなら、スクリーニングではなく、「症状あるなら、病院に行きましょう」と呼びかけることです。

当たり前のことですが、症状のある人が仕事や学校を休んで医療機関を受診し、確実に検査を受けられる体制を確立すること。そして、その周辺の濃厚接触者に検査を実施すること。これが、もっとも効率的に陽性者を確認する方法です。これができてないのに、集団検査の議論をしていても実効性はあがりません。

第3類型は、「感染性を失った既感染者」です。症状が遷延していることもありますが、もっぱら症状も感染性も失っています。しかし、ときに数週間にわたってPCR陽性が継続します。いまさら発見しても仕方のない方々です。

第4類型は、「無症候のままの感染者 asymptomatic」です。これは、濃厚接触者の調査などで発見されることがありますが、どれくらいいるのか把握することは困難です。若年者に多い印象ですが、高齢者が多かったダイヤモンド・プリンセス号の分析でも、17.9%が発症しないままだったと推計されています(Euro Surveill. 2020 Mar;25(10):2000180.)。

第1類型と第4類型を混同して議論されている方がいます。第1類型は間違いなく感染力が強いのですが、第4類型は周囲への感染力がどれくらいあるか分かってません。

台湾で行われた追跡調査では、無症候感染者からの感染は認めなかったとしています(JAMA Intern Med. 2020 May 1)。スイスで行われた大規模研究では、無症候のままの感染者が発症する感染者に比して、同居者に感染させる可能性は69.6%低いとしています(Bi, Q. et al. Preprint at medRxiv)。

おそらく第4類型の感染力は限定的なんでしょうが、長期にわたってウイルスを排出しているので、軽視することはできません(J Infect. 2020; S0163-4453(20)30310-8)。実のところ、大規模PCR検査の議論とは、突き詰めると、この第4類型の感染性をどれだけ重視するかの議論なんだと感じています。信頼できるエビデンスが蓄積されることを期待しています。

流行終盤の集団検査は注意を要する

さて、PCR検査を住民に幅広く実施すれば、これら4つの類型を拾い上げることになりますが、第3類型をかなり拾います。なぜなら、期間で言えば、第1類型は2~3日間にすぎず、第2類型でも5~7日間です。一方、第3類型については、感度が低下していくとは言え、週単位で続くからです。

言うまでもなく、第3類型を発見する意義はありません。ただ、発見すれば隔離しますし、濃厚接触者を追跡して、就業制限をかけなければなりません。とくに、流行の終わりかけで実施すると(第3波で言うと、まさに今です)、新規感染者(第1類型)は減っているので、ほとんどが第3類型という結果になるでしょう。

もちろん、PCR検査には住民への安心を提供する効果もあります。1万人あたり1人程度の発症者を認めている集団なら、千人にPCR検査をして陽性と出るのは、せいぜい1~2人ぐらいです。医療体制を心配することもないでしょう。

一方、10万人にやるとなれば、100~200人は発見するつもりでやる必要があります。中国が、武漢で大規模PCRを実施するにあたって1000床の専門病院を突貫工事で建てたのは、(当時、ウイルスの特性が明らかでないなか)先見性があったと思います。

ただ、第3類型をほとんど発見することなく、効率的に集団検査を実施する方法が2つあります。

ひとつは、特定の集団に対して1週間おきにスクリーニング検査を実施すること。これなら、第3類型になる前に多くが発見されるので、その後の検査対象から外すことが可能となります。なお、このインターバルを1ヶ月おきにしてはいけません。封じ込める目的が達成されないばかりか、第3類型がどんどん紛れ込んでしまいます。

もうひとつは、流行の立ち上がりにサーベイランス検査を実施すること。まだ、地域流行が始まったばかりなので、第3類型はほとんどいないはずです。前回紹介したように、那覇市の歓楽街・松山地区の従業員に対して、私たちが2千人規模で実施できたのは、「発見するとすれば、皆さん感染初期の方々だ」という確信があったからです。

那覇市歓楽街を対象としたPCR集団検査(2020年8月・筆者撮影)
那覇市歓楽街を対象としたPCR集団検査(2020年8月・筆者撮影)

集団検査を効果的に実施するために

新型コロナのPCR検査とは、シロクロつけられない不完全な検査です。陽性だからといって隔離すべきとは限らず、陰性だからといって感染していないとは言えません。とくに、PCR検査で陰性だったとしても、多少の症状があっても働き続けられるとか、感染対策を緩められると誤解しないことが大切です。

また、集団検査を呼びかけたとしても、日本は民主国家ですし、検査を強制するようなことはできません。大規模検査を構想する人は、まるで全数検査ができるかのような幻想にとらわれないことが必要です。いわゆる「意識の高い人」しか検査を受けてくれないのが現実であり、中国のようにPCR検査だけで流行を封じることはできません。

ただ、受検率を上げる努力は必要です。そこで大切になるのが、検査を受ける人たちを守る取り組みとセットとすることです。そもそも、差別や罰則、あるいは経済的な不利益が待っていると知っていて、あえて検査を受けてくださるでしょうか。たとえば、匿名で検査が受けられるようにすることも、ひとつの方法だと私は考えています。

意外に思われるかもしれませんが、保健所で実施しているエイズ検査は匿名で受けられます。その後、病院に行くかどうかは本人に委ねられています。そうすることで、多くの方が検査を受けやすくなり、結果的に、地域のエイズ対策が上手くいくようになりました。

集団検査とは、感染者を確認すれば良いということではなく、その結果と影響を踏まえたきめ細やかな対策が求められます。そして、あくまで検査とは補助的なものに過ぎないことを理解して、感染対策や活動自粛などと組み合わせることが必要です。

沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科

地域医療から国際保健、臨床から行政まで、まとまりなく活動。行政では、厚生労働省においてパンデミックに対応する医療体制の構築に取り組んだほか、少子高齢社会に対応する地域医療構想の策定支援などに従事してきた。臨床では、感染症を一応の専門としており、地域では、在宅医として地域包括ケアの連携推進にも取り組んでいる。著書に『アジアスケッチ 目撃される文明・宗教・民族』(白馬社、2001年)、『地域医療と暮らしのゆくえ 超高齢社会をともに生きる』(医学書院、2016年)、『高齢者の暮らしを守る 在宅・感染症診療』(日本医事新報社、2020年)など。

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