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大阪統合型リゾート、イメージ映像とその弊害

木曽崇国際カジノ研究所・所長

先日、大阪IR構想の提言文書を発表した関西経済同友会から、今度は開発プロジェクトのイメージ映像が発表された模様です。以下、youtubeより。

これは以前のエントリからの繰り返しになりますが、地域にふさわしいIRの形を決めるのは地域の人間であり、域外の人間がドウノコウノ言う立場にはないというのは、私の原則的なスタンスです。なので、このイメージ映像の内容に関してのコメントはないのですが、一方でその外側にある「考え方」について一点だけ指摘しておこうと思います。

地域の統合型リゾート論議において、上記のように「イメージ画像、もしくは映像を作りたい」という要望が必ず上がってきます。これは多くの場合、「イメージを共有した方が地域内での論議が進めやすい」という政治的な要請に基づくものなのですが、私はこのような要望に対して、必ずその「弊害」に関してもお伝えすることとしています。

弊害1: 開発自体の実現性

当たり前なのですが、このような開発イメージは、その開発実施に責任を持たない第三者が勝手に作るものであって、その裏支えになる資金計画は元より、事業の収益性や経営効率などを全く度外視して作られるものです。

一方で、実際にフタを開けてみると「このような開発は、実務上難しい」ことが判明するというのは良くある話です。そのような事態が発生した場合に起こり得る顛末は、同じく開発コンセプトが先行する形で決定した事で、その実施に対して様々な難局にぶつかっているいる国立競技場の建て替え問題を見ればお判りになるでしょう。統合型リゾートのイメージを、実施責任を負わない者が勝手に作ることの「最初のリスク」は計画の実現性そのものにあります。

弊害2: 実際の開発イメージは入札で争われるもの

一方で、実際に地域に統合型リゾートを導入する時、実はこの種のデザインコンセプトも含めて開発計画全体を各事業者が提案する形式の総合評価型入札によって争われるのが通常です。当然ながら各事業者は己の知見、アイデアおよび、資金調達力などを勘案しながら、それぞれ独自の開発案を提示するのであって、あくまで地域はその中から「ベスト」と思われる計画を「選ぶ」だけの立場。逆にいえば、最終的に選ばれる開発は、何の実施責任も負わない主体が勝手に「お絵描き」したイメージ図とは、当然ながら違うものとなります。

弊害3: 実際の開発計画とイメージ図のズレがトラブルを起こす

そして、この初期のイメージ図と実際の開発計画のズレが、次なる問題を引き起こします。上述した通り、この種のイメージ図の作成は、多くの場合、「イメージを共有した方が地域内での論議が進めやすいという政治的な要請」に基づいて行われるものであるという事を述べました。すなわち、地域がIR導入計画を考え、そして域内合意を形成するにあたって、このように事前に作られたイメージが、域内の住民はおろか、地域行政や議会などでも必然的に共有されてゆくものとなります。

しかし、前出の通り、実際に導入段階で出てくる建設計画というのは、このイメージと全く別物となります。その際に起こり得るのが「話が違う」、「もっと●●なものが出来るつもりであった」という世論の「押し戻し」であり、同時に事前イメージを元に政治的決断をしてきた行政や議会としても、選ばれた実際の計画と、初期イメージのズレを許容できないものと成りがちです。

弊害4: 結果、「初期のイメージ案と同じものを作れ」という謎の要請が行政から行われる

このような事態が起こった時、もしくはそれが予見される時、行政側が起こすアクションというのは非常に容易に想像できるもので、開発実施に責任を持つ事業者に対して、無理やりにでも「初期のイメージ案と同じものを作れ」という要請が行われます。

それが現実のモノとして表れている実例が、繰り返し例として使って申し訳ないのですが、現在の国立競技場の建て替え計画です。当初のザハ案が技術的な建設実施はもとより、コスト面からも実現が不可能であるにもかかわらず、「政治プロセス上、似たようなものを作らざるを得ない」という事で、(主に建て替え反対派の)建築家の皆さんにしてみると「完全に似て非なるもの」である「疑似ザハ案」が作られ、その実施が粛々と進められているワケです。

国立競技場の建て替え工事に関しては、もはやここまで政治的プロセスを積み上げてきた以上、「疑似だろうがなんだろうが粛々と進めるしかない」というのが私のスタンスではありますが、同様の問題が統合型リゾート導入においても容易に起こり得るというリスクを十分に理解すべきなのです。

実は、上記で示した弊害は、私が勝手に想像しているだけのものではなく、諸外国における統合型リゾートの導入実施において実際に起こった事例、そして私自身が体験した事例を元にご紹介しているものです。

ロシアでは2006年に成立した連邦ギャンブリング法に基づき、2007年から国内4つのカジノ開発地域が指定されました。そのうちの一つが、極東アジア圏に位置するウラジオストック市近郊にあるわけですが、この地域では地域指定が行われた後、2013年までのあいだ延々と開発を担当する投資家が現れないという事態が起こります。そして、その背景にあった問題が、まさにここでご紹介した通りの状況です。

実はロシアでカジノ開発地域が指定された当初、私は民間の投資家側について、立地自治体である沿海州政府との交渉を支援する顧問契約を頂いていた時期があります。当時、私が付いていた企業のみならず、複数の投資家が、様々な開発案を州政府に提示していました。しかし、当時の州政府は地域の合意形成の過程で作成したイメージ図に文字通り「手足を縛られている」状態。結局、初期のイメージ図に沿った開発を事業者側に求めることしかできない状況にあり、結果的に彼らが行っていたのは「事業者による開発案」の募集ではなく、「事前に作られていたイメージに沿って開発してくれる業者」の募集にしかなっていませんでした。

一方、当然ながら実施責任を負わないデザイン事務所が勝手に作ったイメージ図は、事業者側から見ると投資採算が全く合わないものとなっており、私が顧問契約を受けていた事業者はおろか、競合となる事業者もすべてが当時「投資見送り」を判断しました。その結果、ウラジオストックのカジノ開発地域では、2012年に州知事が交代し、それ以前に行われた様々な政治プロセスをすべて覆すことが出来る環境が整うまで、投資家が現れない状況が続くこととなります。(現在では複数の業者が開発計画を示しています)

繰り返しになりますが、実施責任を負わない主体が、地域の開発事業に対してイメージ図を作ることは、その後に様々な難局を産むリスクともなります。私としては、導入検討を行う各地域が「開発イメージを作りたい」とする政治的背景も一方で理解しているので、これに対して100%間違っている施策であるとは言いにくいのですが、少なくとも上記のような問題が将来的に起こり得、また実際に諸外国の事例の中でも起こっているということは理解した上でその実施の可否を考えるべきでしょう。少なくとも、事前に作るイメージ図は域内で共有する為に必要となる「最低限」のものとし、あまり詳細すぎる「絵」を作るのは控えるべきであると考えます。

実は、大阪以外でも現在進行形で「イメージ図を作りたい」として動いている誘致地域があるのを私自身が認知しているワケですが、上記でご紹介した事例を参考にしながら、上手に「取り廻して」頂きたいと切に願う次第です。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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