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「絶対不利」の朝倉海戦で渡部修斗が狙う秘策とは──。6・13東京ドーム『RIZIN.28』

近藤隆夫スポーツジャーナリスト
今年3月『RIZIN.27』で田丸匠に勝利した渡部修斗(写真:RIZIN FF)

「朝倉海選手は、格闘技界のスター。ボクシングが強い、フィジカルも強い、格闘IQも高い。スタンドだけでなく、組み技も寝業も一流だと思います。寝業なら自分が確実に勝てるかと問われても、それはわからない」

「気持ちは落ち着いています。でもナイーブになってもいます。それは相手がビッグネームだし、(RIZINのリングを)アウェイと感じているからかもしれません。これまでも試合に自信を持って挑んだことがない。だから自信があるかと聞かれて、あるとは言えません」

6月13日、東京ドームで開催される『RIZIN.28』で「バンタム級JAPANトーナメント」がスタートする。その1回戦でトーナメントV本命と目される朝倉海(トライフォース赤坂)と対戦する渡部修斗(ストライプル新百合ヶ丘)が5月30日に練習を公開。その後にメディアからのインタビューを受けたが、弱気とも謙虚とも取れる発言を連発した。

本人のキャラクターもあるが、試合前のコメントとしてはかなり異質、周囲を驚かせている。

(提供:RIZIN FF)
(提供:RIZIN FF)

原点のレスリングで勝負

渡部の経歴に少し触れておこう。

1989年2月生まれの32歳。朝倉よりも5歳年上だ。

小学校5年生から柔道を始めた彼は、中学生時にレスリングも学ぶようになり、名門・足利工大附属高校に進学した。

卒業後、一度マットを離れたが2012年4月に『パンクラス』で総合格闘技デビュー。『ZST』、『NEXUS』、『DEEP』などの団体で長年キャリアを積み好成績を収める。これが評価され昨年8月からメジャー団体『RIZIN』のリングに上がるようになった。『RIZIN』参戦は今回が3回目(過去1勝1敗)。

得意技は「マジカルチョーク」と称されるリアネイキッドチョークなどの絞め技。スタンドよりもグラウンドでの闘いに長ける。また、修斗初代ウェルター級王者・渡部優一を父に持つことでも知られている。

3月26日に行われた「RIZINバンタム級トーナメント」の公開抽選会。クジで2番を引いた朝倉海は迷うことなく渡部修斗の隣の椅子に座り自信に満ち溢れた表情を見せる(写真:RIZIN FF)
3月26日に行われた「RIZINバンタム級トーナメント」の公開抽選会。クジで2番を引いた朝倉海は迷うことなく渡部修斗の隣の椅子に座り自信に満ち溢れた表情を見せる(写真:RIZIN FF)

朝倉と渡部は、キャラクターもそうだが、闘い方が異なる。ストライカータイプの朝倉に対して渡部はグラップラー。そして、実績においても大きな差がある。RIZINバンタム級の前チャンピオンである朝倉と、RIZINのリングではまだ1勝しかしていない渡部。戦前の予想は「朝倉優位」との声が圧倒的だ。

これに私も異存はない。いずれにベットするかと問われれば迷わず朝倉だ。

だが、文頭に記した渡部の弱気ともとれる発言を真に受けてもいない。

スタンドでの打撃の攻防、トータル的なフィジカル面においては朝倉の方が圧倒的に強いと思う。

それでもグラウンドの展開に持ち込むことができれば、渡部にもチャンスが生まれる。寝業でもフィジカルで朝倉が優るが、テクニック面では渡部が上だろう。ただ問題は、勝機を見出せるグラウンドの展開にいかに持ち込むかだ。

「朝倉選手の試合映像を100回以上観た」

そう話す渡部は、すでに闘いのイメージは作り上げているはず。もちろん試合前に戦略を明かすことはしない。公開練習後の質疑応答でも、そこに深くは触れなかったが、彼はヒントとなる言葉を残した。

「いまは原点に戻る意味でレスリングの練習をしています。新宿のSKアカデミーに通い、MMA(総合格闘技)を意識したレスリングはトイカツ道場へ出稽古に行っています」

千載一偶のチャンスを狙う

「100回に1回しか勝てないような相手でも、その1回を試合の時にもってくればいい」

専門誌のインタビューでそうも話している渡部は、今回、一発勝負に出るつもりだ。

成功する確率は決して高くない。それでもゼロではない可能性に賭けるのだろう。その鍵となるのがレスリングだ。

5月30日の公開練習で渡部は、同門の女子ファイター青野ひかるを相手にレスリングスパーを披露した(RIZIN FF)
5月30日の公開練習で渡部は、同門の女子ファイター青野ひかるを相手にレスリングスパーを披露した(RIZIN FF)

「自信を持ったことがない。持とうとも思わない。でも、自分はこれだけ(練習を)やってきたんだという誇りは常にある」と話す渡部(写真:RIZIN FF)
「自信を持ったことがない。持とうとも思わない。でも、自分はこれだけ(練習を)やってきたんだという誇りは常にある」と話す渡部(写真:RIZIN FF)

朝倉は開始早々から打撃でプレッシャーをかけよう。これに対し渡部は、打撃での応戦は極力避ける。その代わりにできるだけ距離を保ち、相手を焦らし組みつくタイミングを見つけ出して機敏かつトリッキーに動く。長く組み合えばフィジカルで優る朝倉が優位。しかし瞬時の攻防であれば、渡部がこれまでに培ってきたレスリング技術が活きるのではないか。

いかに隙を突いて組みつき、短時間でグラウンドに移行できるか。いま渡部は、その練習に集中していると私は見ている。

この策が嵌まれば、その先でマジカルチョークを繰り出せる。千載一遇のチャンスを強気に狙うのだ。弱気な発言はカモフラージュに過ぎない。

最後に渡部からファンへのメッセージ。

「子どもの頃から柔道、レスリングをやっていたのですが本当に弱くて大した成績も残せませんでした。それでも格闘技が好きで30歳を過ぎてもやり続けて、こんな僕でも東京ドームで有名な朝倉海選手と闘えることになりました。ただ闘うだけじゃなくて勝ちたい!

僕もくすぶっていた時期がありました。いま、くすぶっている人に自分の試合を観てほしい。諦めずに頑張れば扉が開くことを伝えたい」

緊急事態宣言下、初夏の東京ドームで「奇跡のマジカルチョーク」は決まるのか──。

スポーツジャーナリスト

1967年1月26日生まれ、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から『週刊ゴング』誌の記者となり、その後『ゴング格闘技』編集長を務める。タイ、インドなどアジア諸国を放浪、米国生活を経てスポーツジャーナリストとして独立。プロスポーツから学校体育の現場まで幅広く取材・執筆活動を展開、テレビ、ラジオのコメンテーターとしても活躍している。『グレイシー一族の真実』(文藝春秋)、『プロレスが死んだ日。』(集英社インターナショナル)、『情熱のサイドスロー~小林繁物語~』(竹書房)、『伝説のオリンピックランナー”いだてん”金栗四三』、『柔道の父、体育の父  嘉納治五郎』(ともに汐文社)ほか著書多数。

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