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シリア:阿鼻叫喚のキノコ狩り

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:アフロ)

 本欄でも何度か紹介したが、シリアの砂漠地帯では降雨がある11月ごろから3月ごろにかけて、カマアと呼ばれるトリュフの一種が収穫できる。カマアは一部では砂漠トリュフとも呼ばれ、季節の食材として都市部の市場に出荷される。砂漠にこれを採集に出かける人々にとっては貴重な現金収入源である。特に、シリア紛争の中で生活水準が低下する一方のシリア人民にとって、キノコ狩りは単なる副業としてだけでなく利権の一種にもなりつつあるようだ。

 このキノコ狩り、シリア紛争に伴う武装勢力や犯罪組織の跋扈により人民が郊外に出かけるのが著しく困難になったことにより衰えたが、紛争の軍事的帰趨が明らかになったころから次第に回復し、2019年には大豊作が伝えられた。大豊作の理由は、イスラーム過激派をはじめとする武装勢力の敗退によりシリア人民が砂漠に出かけやすくなったことだ。また、都市の郊外や諸都市を結ぶ幹線道路にそれこそ林立していた検問所が治安の安定とともに減少し、自動車を動かす燃料さえ潤沢にあれば移動にかかる時間と手間がひところよりもかからなくなったことで、キノコ狩りやキノコの出荷が容易になったことも重要な理由だ。

 しかし、2023年のキノコ狩りの季節から、状況が少々変わってきた。というのも、シリア中部のハマ県やホムス県で、キノコ狩りに出かけた人々や彼らの車列が、「イスラーム国」と思われる集団に襲撃されたり、「イスラーム国」の者が埋設した地雷で爆破されたりして多数が死傷する事件が頻発するようになったからだ。カマア以外のキノコ狩りの適地も政府軍とイスラーム過激派とが対峙する地域に広がっているようで、そのような場所でキノコ狩りをすることは生活苦に追い詰められた末に危険を顧みずにやることのようにも思われる。残念ながら2024年にもキノコ狩りの者たちを殺傷する事件が多数発生しているが、これがひときわ異常なのは、「イスラーム国」がキノコ狩りの者たちを襲撃したといけしゃあしゃあと戦果発表するようになったことだ。「イスラーム国」の者たちは、現在のイラクやシリアでは単に現地の一般の住民の生活の糧やそのための社会基盤を破壊して喜ぶだけの迷惑集団に成り下がっている。そのため、「イスラーム国」が健気なシリア人民の収入源を絶ってそれを戦果と称すること自体はたいして不思議ではない。不思議なのは、「イスラーム国」が殺傷したキノコ狩りの者たちを「ヌサイリー(注:シリア政府・軍に対する蔑称)とその仲間」と言い張っていることだ。「イスラーム国」は、砂漠にキノコ狩りに来た者たちをシリア軍や親政府民兵の構成員だと主張して、彼らを殺傷することを戦果として発表しているのだ。

類似のことはクルド民族主義勢力が占拠するラッカ県北部でも発生している模様で、この地域でもキノコ狩りの場所に埋設された地雷によって多数が死傷する事案が発生しているそうだ。ここで注目すべきことは、シリア紛争に現れたイスラーム過激派、クルド民族主義勢力、親政府などの様々な非国家主体が、自分たちの管轄地や活動範囲のキノコ狩りの適地を「ナワバリ」として独占し、キノコ狩りの収益を自分たちのお小遣いにしようとしているらしいことだ。シリア紛争の諸当事者にとって、現在は紛争の際に多数現れた民兵諸派を統制・管理する局面で、可能ならば自らの利益に沿う形でより正規の指揮系統に統合すべき状況だ。こうした統制に対し、民兵がキノコ狩りを自らの権益として抱え込もうとしているのならば、非国家武装主体と紛争地内外の諸政府との関係を観察する上で貴重な事例となる。クルド民族主義勢力もキノコ狩り権益の当事者ならば、彼らを支援するアメリカも部外者ではないことを付言しておこう。

 なお、「イスラーム国」は2023年10月7日の「アクサーの大洪水」攻勢以来、「ユダヤを殺す」との掛け声とは裏腹に、まるでイスラエルを支援するかのようにシリア軍への攻撃件数を増やしている。一見すれば、シリアで「イスラーム国」が勢力を回復しつつあるようにも見えるのだが、その実はキノコ狩り利権のためのナワバリ争いとして政府軍・親政府民兵と争っているというのなら、イスラーム統治の実現を何よりの目的とするはずの「イスラーム国」の行動としては何とも間抜けなことだ。なお、元々は何かの思想・信条に基づいて活動する民兵、圧政や植民地支配からの解放を掲げて住民の支持を得ていたはずの民兵が、活動に必要な資源や経済的な権益の奪取や維持のために思想・信条にも住民からの支持獲得にも関心を示さなくなる事例も、非国家武装主体の行動様式として珍しいことではない。「イスラーム国」が何かの権益とそのためのナワバリ確保に励み、イスラーム過激派としての思想・信条を顧みない集団へと落ちぶれていくというのなら、イスラーム過激派の殲滅のために仕事をする筆者としては喜ばしい限りだ。

 しかし、本来季節の楽しみ、生活の糧であるはずのカマアの採集が、ここまで紹介した通りイスラーム過激派を含む民兵(非国家武装主体)の利権のタネとされ、シリア人民から奪われていることは、本当に嘆かわしいことだ。シリア紛争が関係する諸国の国際紛争の場と化し、シリア人民を政治的にも軍事的にも社会的にも疎外して展開していることはかねてから明らかだ。キノコ狩りを巡る状況の変化は、シリア人民の疎外が紛争のありとあらゆる場面にまで広がっている悲しい現実の一コマなのだろうか。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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