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イランの革命防衛隊がイスラエルを撃つ

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:アフロ)

 2024年4月13日夜(現地時間)、イランの革命防衛隊は「ダマスカスのイラン大使館への攻撃を含むシオニスト体制(regime)の多数の犯罪に反撃し、航空宇宙軍がその他の部隊の支援を受けて“神的約束”作戦を実施した。作戦はイランの最高民族安全保障評議会の同意を得て、イラン軍参謀部、イスラーム共和国の諸人士の監修と国防省、イラン軍の支援を受けて行われた」と発表した。これは、4月1日のイスラエル軍による在シリア・イラン大使館領事部爆撃へのイランの反撃で、イスラエル各所に向けて弾道ミサイル、巡航ミサイル、無人機を発射したとのことだ。イスラエル軍によると、イランからは弾道ミサイル100、巡航ミサイル30、無人機160が発射されたようだが、アメリカ軍などがイスラエルに与して迎撃したこともあり、目標に着弾して何かの被害をもたらしたものは多くはなかったようだ。

 イスラエルによる在シリア・イラン大使館爆撃以来、「イランが何か反撃する」ことについては衆目の一致するところではあったが、では「いつ」、「どのように」についての見通しとなると関係者の誰もが途端に歯切れが悪くなった。というのも、イランとその仲間たち対イスラエルとその仲間たちという対決の構図では、前者は後者に圧倒的に実力が劣り、有効な反撃をする能力も乏しければ、うっかり反撃に「成功」して後者との全面的な対決に至ることはなんとしてでも避けたいからだ。「同害報復」の観点からは各地のイスラエルの外交団への攻撃や同国の要人暗殺のような作戦も想定されるが、「ガザ地区での破壊と殺戮などの暴虐を繰り返すイスラエルとそれを放任する欧米諸国」が世界的な顰蹙を買う中、イランが第三国でイスラエルの外交官や外交使節を攻撃するのはちょっと考えにくかった。また、過去の類似の事例からは、イラク、シリアなどで「イスラエルの拠点」と称するものやアメリカ軍を攻撃することも考えられたが、これまでこのような反撃はイスラエルやアメリカを抑止するのにあまり役に立ってこなかったし、アメリカ軍に死者が出ない程度の加減をした攻撃ではイラン側の威信が問われることにもなる。もう少し頭を使うやり方としては、シリアやレバノンを爆撃するイスラエル軍機を迎撃する体で対空ミサイルを発射し、イスラエル領内の機微な施設の近くに落下させるとか、レバノン、シリア、イラクに大勢いるだろう第三国との二重国籍を持つイスラエル人が「消息を絶つ」といった反撃の仕方もあった。

 そうした中、今回敢えて多数のミサイル・無人機をイスラエル領に発射したことにはどのような意図や意義があったのだろうか。イランをはじめとする「抵抗の枢軸」陣営は、長年の紛争の積み重ねの中で形成された「交戦規定」がある程度明確なレバノン、シリア、イラク方面での戦闘については「自陣営が最初にルール違反をしない」ことを旨として戦闘の規模や質を神経質に制御してきた。イランからイスラエルへの直接攻撃は極めて異例で「ルール違反」ともいえるのだが、これはイランが同国や「抵抗の枢軸」だけでなく、国際的により広い範囲でイスラエルによるイランの外交団への攻撃が「ルール違反」とみなされているとの感触を得たためと思われる。それでも、イランが行動に出る時期について本邦を含む各国が具体的に挙げて警戒を呼び掛けたり、本稿執筆時点でイスラエル側の損害が軽微なものにとどまったりしていることに鑑みれば、「いつ」、「どのように」についてイラン、アメリカなどの当事者の間でなにがしかの意思疎通があった可能性も高い。要するに、イランとしては反撃しない、或いはつまらない反撃をするというのでは沽券にかかわるのだが、紛争の強度と範囲を制御しながら「何かすごい反撃」をするという神経質な準備や分析の末に今般の行動に至ったのだ。イスラエルがこれに対してさらなる攻撃をする可能性もあるが、アメリカをはじめとする関係国の動きによっては、シリア、イラクでのアメリカ軍基地への攻撃が再開するなどの反響も不可避である。

 高度な防空能力を擁するイスラエルに対し、イランが今般のような攻撃に出た意義についても既に様々な分析が出回っている。低空を長距離飛行可能で、航路の操作も容易な無人機の特性に着目した技術面を重視した分析もある一方で、『クドゥス・ル・アラビー』(在外のパレスチナ人資本の汎アラブ紙)はイスラエル(そしてアメリカ)の防空能力の弱点を突く攻撃になりうるとの評価を報じた。というのも、今回の攻撃ではミサイル・無人機の大方を迎撃できていたとしても、同種の攻撃が何日も続けばどうなるのか、という問題が突き付けられているからだ。安価で発射や隠匿を柔軟にできる無人機を、高価な航空機や迎撃ミサイルを用いて防衛することは難題だ。イスラエルが(アメリカやイギリスと共に)イランの攻撃能力の一掃を図って攻撃を仕掛けたとしても、イエメンからバーブ・マンダブ海峡や紅海を航行する船舶への攻撃が一向に収まらない現実に鑑みれば、より遠隔地に、より広い範囲に分布しているイランの無人機発射能力を根絶するのは至難の業だろう。しかも、『クドゥス・アラビー』紙の報道によると、迎撃ミサイルはその多くがウクライナに供給されているため深刻な不足状態だそうだ。つまり、イランには多数のミサイル・無人機で攻撃を仕掛けてイスラエルの防空体制を消耗させ、その後で落ち着いてより機微な施設を攻撃する戦術をとることができるということだ。当該報道は、「イスラエルはウクライナのシナリオに直面する、別の言い方をするならば、イランはロシアの戦術を採用する」と言えると評している。そのような意味で、今般のイランの攻撃は、物理的な打撃はさておき、イスラエル(やアメリカ)にはイランが容易につくことができる弱点があるということを公にするという戦略的・政治的意味が強かったと言える。また、その弱点は中東をはるかに超える広範囲の国際情勢(ここではウクライナでの戦争)と連動しているものなので、2023年10月7日以来の中東情勢を「イスラエルとハマースとの戦争」とか「ガザでの戦闘(や人道問題)」という矮小な枠組みで論じることの限界も明らかだろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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