2021年6月10日、「イスラーム国 リビア州」名義で、ムジャーヒドゥーンの日常と称する画像群が発表された。この種の画像群は「イスラーム国」の広報としてはそこそこ出現頻度が高いもので、各地の「イスラーム国」の構成員の暮らしぶりや食事の風景を紹介する作品である。2021年5月に多数出回ったラマダーン月の食事や礼拝の風景の画像群も、構成員らの暮らしぶりの一端を示すものとして同一線上に位置づけられるものである。

写真1:2021年6月10日付「イスラーム国 リビア州」
写真1:2021年6月10日付「イスラーム国 リビア州」

 「イスラーム国 リビア州」は、「イスラーム国」が増長を極めていた2014年末~2015年にかけて、「バルカ(=ベンガジ。リビア東部)」、「トリポリ(西部の沿岸部)」、「フェッザーン(南西部)」に「州」が現れたものを前身とする。その当時、リビアはシリアやイラクからマグリブ出身の「イスラーム国」の戦闘員が還流する拠点となる可能性が指摘されたり、「イスラーム国」がリビアをイタリアなどのヨーロッパ諸国への出撃拠点化するのではないかと危惧されたり、話題に事欠かないところだった。リビアは、長年同国を押さえつけていたカッザーフィー政権のタガが外れた後、「イスラーム国」の活発化の他に地中海ルートの移民・難民の出発点となるなど、統治の弛緩により様々な弊害が表面化している。もっとも、リビアにおける「イスラーム国」の活動ぶりは、一時期都市部を占拠したり、エジプト人多数の斬首動画を発表したりと耳目を集めたことがあったとはいえ、なんだかおぼつかないものだった。そもそも「州」の範囲を「イスラーム国」にとっては忌むべき人工国家に過ぎない「リビア」の枠内に3つの「州」を設定しただけの、「イスラーム国」の世界観や思想(注:そんなものが本当にあるのならのお話だが)をまるで反映しないお粗末なものに過ぎないと言ってもいいものだった。そして、「イスラーム国」の衰退に伴い、「トリポリ」、「バルカ」、「フェッザーン」も再編され、「イスラーム国 リビア州」の下部単位となった。

写真2:2021年6月10日付「イスラーム国 リビア州」
写真2:2021年6月10日付「イスラーム国 リビア州」

 もっとも、「イスラーム国」にとってはリビアを含むマグリブ諸国は活動の場というよりはイラクやシリアに戦闘員を供給する兵站拠点として利用されてきた傾向が強い。同派の月刊機関誌に出現する頻度としてはリビアの頻度は低い方に入り、東隣のエジプトと比べても5分の1にもならないし、南隣のチャド(「イスラーム国」やそのファンにとってはそこのニュースが出てきてもあんまりピンとこない場所と思われる)にも及ばない。ただし、問題の月刊機関誌では、日本人も死傷した大事件を複数引き起こしたチュニジア、1990年代以来のイスラーム過激派の活動地のはずのアルジェリアの出現頻度もとても低いので、マグリブ諸国は全般的に「イスラーム国」が戦果を誇るような活動が活発でない地域と言える。

写真3:2021年6月10日付「イスラーム国 リビア州」
写真3:2021年6月10日付「イスラーム国 リビア州」

 本稿で紹介した写真1~3は、「イスラーム国 リビア州」の食事風景の一端だが、写真1で仕込んでいるはずの肉が、実際に構成員の口に入っている場面は出てこない。また、紙パック入りのジュース類は調達できているようだが、砂漠での焚火でパンを焼くという、野趣あふれる生活をしている。「イスラーム国 リビア州」は、2021年6月6日付で下部組織の「フェッザーン」がリビア紛争の当事者であるハフタル派への自爆攻撃を行ったと発表したのだが、この声明は実は「イスラーム国 リビア州」にとってはほぼ1年ぶりの「戦果」だった。つまり、2020年6月から2021年6月までの間、「イスラーム国 リビア州」は、ほとんど戦果を上げていないか、「イスラーム国」の広報機関や司令部のような機能を担っている者たちと音信不通状態だったかということだ。同派の発表によると、上述の自爆攻撃を実行した「殉教者」はリビアから見ると「外国人」にあたる者であることが示唆されているが、これが「イスラーム国 リビア州」が外国からも構成員を惹きつける強力な組織であるのか、それとも壊滅状態だった所へ外部から人員やその他資源を注入して再建を図っているのかのどちらかは定かではない。リビアでは依然として政情が安定せず、そのような意味で「イスラーム国」の活動の好適地と言えるのだが、ここまでの活動歴を見る限り「イスラーム国」が広域を占拠するなどして再流行するする可能性は高くなさそうだ。