レバノン:危機で一層鮮明になるヒズブッラーの「国家中国家」

(写真:ロイター/アフロ)

 2021年6月8日のヒズブッラーのナスルッラー書記長のテレビ演説は、様々な意味で「注目の」演説だった。演説そのものは、ヒズブッラーの傘下の「マナール・テレビ」の設立30周年を記念するものだし、ナスルッラー書記長がテレビ演説することも特段珍しいことでもない。また、レバノンの政治危機の打開に向けた方針が表明される見込みがあったわけでもないし、イスラエルに対する「効果的な」威嚇や抑止となる時宜の演説でもない。

 しかし、今般の演説は、世界的に(?)ちょっとした注目を集めるものだった。というのも、これに先立つ5月末のテレビ演説での同書記長の様子が、体調不良がありありで、これを受けて同書記長が中国発の新型コロナウイルスに感染して意識不明に陥ったとか、死んでしまったとかの「偽情報」がSNSや報道を賑わせてしまったのだ。ヒズブッラーはこの「偽情報」の火消しに追われ、ナスルッラー書記長の体調不良は「毎年の」季節性のアレルギーとそれに起因する肺炎であると釈明する一方、同書記長の「再登場」の場を設けざるを得なくなった。その結果が、6月8日のテレビ演説だったのだ。

 この演説で死亡説を払拭したものの、ナスルッラー書記長はヒズブッラーの何たるかを如実に示す(誇示する?)発言も忘れなかった。同書記長は現在レバノンで深刻化している燃料危機について、政府に対しイランから石油やその他燃料を輸入するよう提言するとともに、レバノンの公的な当局がそうすることができないのならば、ヒズブッラーがイランと交渉して燃料を調達すると述べたのである。この発言に関しては、「ヒズブッラーがイランの手先であることを示すもの」などと感想を述べていれば済むものではない。現実の問題として、レバノンは2019年半ばからの経済危機により燃料の輸入に支障をきたしている。また、政情の混乱により危機打開のために諸外国から援助を受けることができる政府を樹立することもできず、燃料危機は無論のこと、経済危機への抜本的な対策も取れないでいる。諸般の危機が累積した結果、レバノンの電力事情は著しく悪化し、電力供給に支障が出ている。

 そうした中でのイランからの燃料調達に関するナスルッラー書記長の発言は、本来レバノンの政府や公的機関が主体的に実施したり、管理したりする問題に、一政党のはずのヒズブッラーが政府の頭越しに外交交渉をして対応すると言っているに等しい。燃料危機への対策としては、イラク政府がレバノンへの支援として提供する原油の量を50万バーレルから100万バーレルに増量すると決定したが、これはあくまでレバノン政府(や公的機関)とイラク政府とのやり取りの中で決まった事であり、「ヒズブッラーがイランと交渉して燃料を調達する/できる」というのとは別次元の話しだ。ここに、ヒズブッラーは政党/軍事組織として自らをレバノン政府からの資源を当てにせずに運営するだけでなく、自らが拠って立つ社会すらもレバノン政府からの資源提供や統制を受けずに運営するという、同党の在り方が示されている。このような状態の「社会」を拡大することによって「抵抗社会」を築くことがヒズブッラーの歩む道であり、「抵抗社会」とは、レバノン社会がヒズブッラーの抵抗運動の意義を認め、これに自発的に貢献する体制を構築することである。

 このようなヒズブッラーの在り方は、レバノンという国家の中にあるにもかかわらず、国家の管理も統制も受けない「国家中国家である」というレバノン内外からの批判・非難の的となってきた。しかし、ヒズブラーを非難する側も、この状態を解消することはもちろん、現在のレバノンの危機を打開する方途を全く持っていない。実は、5月末にレバノン軍の司令官がフランスを訪問し、同国のマクロン大統領や軍の高官と会談している。その結果、6月中に「レバノン軍を支援するための」国際会議が招集される見通しなのだが、ここでいう「支援」とは兵器や技術・訓練の提供という一般に想像しうる「支援」ではなく、現在の経済情勢でレバノン軍が任務を遂行したり、レバノン軍人がまともに生活したりするために必要な「支援」をする(要するにレバノン軍を運営するための給与や日常的な経費、物資の提供)ということである。フランスをはじめとする支援国は、現在のレバノンに当事者能力のある政府が存在しないことを理由にするだろうが、このような「支援」も諸外国がレバノンの政府や国家の頭越しにレバノン軍を運営に関与するという奇妙な現象に他ならない。イランからの燃料調達についてのナスルッラー書記長の発言が、(もともとそんなに強力ではない)レバノンの国家や政府が、さらなる弱体化、ひいては解体に向かうという危機的状況の中でのものであることに要注意である。