Yahoo!ニュース

ヒズブッラー(ヒズボラ)って何?

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
南レバノンに翻るヒズブッラーの旗

 11月初めにレバノンのハリーリー首相が辞意を表明した。辞意の表明がサウジで行われたため、同首相が一時サウジに辞任を強要され、同国で軟禁されているとの説も流れた。結局、ハリーリー首相はいったんフランスに引き取られた上でレバノンに「帰還」し、大統領の要請を受けて辞任を一時保留した。ハリーリー首相は辞意表明の際、イランによるレバノンへの干渉や、レバノン国内でのヒズブッラーの活動を非難した。ヒズブッラーは、シリア紛争でも、イスラエルも含む地域の安全保障・国際関係でもしばしば話題に上るが、彼らはいったい何者だろうか?

ヒズブッラーの規模・体制

 ヒズブッラーは、レバノンの政治制度の下で合法的に活動し、閣僚を輩出することもある政党であり、教育、医療、福祉、実業、調査研究など多岐にわたって関連団体を擁する複合的な団体である。また、それだけでなくレバノン軍よりも強力とさえ言われる軍事力を擁し、その実力は反イスラエル抵抗運動の中でいかんなく発揮されてきた。2006年夏にイスラエル軍による攻撃を耐え抜いたことは、ヒズブッラーの実力の一端を示す事例として記憶に新しい。その一方で、ヒズブッラーの全貌や実態については、アメリカやイスラエルの政府や報道機関やサウジなどのアラビア半島諸国資本の報道機関が発信する、「反ヒズブッラー」情報と呼ぶべきものか、ヒズブッラー自身が発信する情報が典拠となる場合が多い。いずれにしても、ヒズブッラーを貶める情報か、正当化したり美化したりする情報の断片の中からより事実を反映したものを見出す努力をしなくては、大変な誤解をすることになりかねない。

 ヒズブッラーの財政規模や財源については、諸説が入り混じっている。ただ、イスラエルが南レバノンの占領地の大半から撤退した2000年に比べ、規模が拡大しているのは確かなように思われる。さしあたりは、2005年ごろまで年間2億ドル程度だったものが、現在は8億ドル超になっているとの推計を挙げておこう。この金額には、ヒズブッラーが擁する多くの関連団体の運営のための資金も含まれるため、軍事部門にどの程度支出があるかは定かではない。主な財源としては、かつてはホメイニー師、現在はハーメネイ師のようなイランの政治・宗教指導者に信奉者から寄せられる資金が宗教活動・慈善活動として支出される資金があろう。つまり、「イランがヒズブッラーに資金援助している」とは、イラン政府が直接ヒズブッラーのために支出していることを意味するとは限らないのである。

 また、ヒズブッラー自身もレバノン内外で様々な事業を展開して資金を調達していると考えられている。そうした事業は、レバノンからの移民が多い中南米や西アフリカでも行われている模様であり、アメリカ当局はしばしばヒズブッラーの資金調達活動として南米の麻薬取引の当事者を制裁対象とする。これに加えて、西アフリカでのレバノン人の経済活動はかなり「きわどい」ものといわれており、その一部がヒズブッラーの資金調達のために営まれていても不思議ではないようだ。この点については、西アフリカ諸国におけるレバノン人の経済活動に焦点を当てた実証的な調査研究が待たれる。

政治活動

 レバノンの政治は、「宗派制度」と呼ばれる特異な政治的権益の配分制度の下営まれている。民族・宗教などに基づく少数派に役職や政治的権益を配分する制度は各国で見られるが、このレバノンでは国内に存在するすべての宗派(現在「公認宗派」は18ある。)に役職や政治的権益が配分される上、いずれの宗派も単独では内閣や国会の半数を制することが不可能になっている点が特徴である。大統領、軍の司令官がキリスト教マロン派、首相などがスンナ派、国会議長がシーア派のような役職の配分と、国会(一院制。定数128)の議席がキリスト教諸派には64、イスラーム諸派に64与えられ、そのうちヒズブッラーが母体とするシーア派には27議席が配分される。この制度の下では、「宗派」は信仰を共にする者の共同体ではなく、政治的利権集団として機能する。そして、ヒズブッラーを含むレバノン政界の諸党派の間では、権益の配分の窓口になるために同一宗派内で競合する、内閣や議会で多数を制するため他の宗派の諸党派との離合集散を繰り返す、レバノン国内での立場を強化するために国外の諸勢力の後援を得る、などの行動が定着している。

 「宗派制度」は元々レバノンが独立した1946年に導入された不文律だが、独立の時点で政治的利権集団としての組織化が遅れていたシーア派は、権益配分で不利な立場に置かれた。さらに、シーア派はキリスト教諸派と比べて人口増加率が高く、年月を経るにしたがってシーア派の比率が高まったと考えられていたが、政治的権益の配分比率は見直されなかった。1950年代後半になると、世界的なシーア派の復興運動がレバノンに及び、こうした不均衡を是正しようとする運動が起こった。ヒズブッラーはこうした運動の流れを汲んでいる。レバノン内戦(1975年~1991年)、イラン革命(1979年)、イスラエルのレバノン侵攻と占領(1982年)がヒズブッラー結成の重要な契機なのは間違いないが、「宗派制度」の下での不均衡や、レバノン内外のシーア派の復興運動を無視しては、ヒズブッラーの成り立ちや行動様式を理解することはできないだろう。

 こうした状況下で、現在ヒズブッラーは国会で13議席を占める「抵抗への忠誠ブロック」という会派を擁し、系列の閣僚を内閣に輩出する、合法的な政党としての一面を持つに至った。

社会活動

 ヒズブッラーがレバノン内外で様々な事業を営んでいることは先に触れたが、その範囲は教育、福祉、医療、生活支援、報道機関、建設、水・電気の供給、清掃事業など多岐にわたる。これは、内戦時にレバノン国家による社会サービスの提供が行われなかったため、各党派・民兵が支持者にサービスを提供したことに起因するが、内戦後もレバノン国家の力は強いとは言えず、各党派が支持者を囲い込むためにサービスを提供している。ヒズブッラーによるサービス提供はその中でもひときわ目立つものである。衛星放送の「マナール」、道路清掃や建設活動を行う「建設ジハード」、戦死者・負傷者やその家族を支援する「イムダード」、レバノンの各地で募金活動を行う「抵抗運動支援協会」が著名な活動であろう。また、ヒズブッラーの代表的活動地域であるレバノン南郊においては、レバノンの軍や警察よりもよほど頼りになる(=怖い)自警団も活動していた。最近では、2006年のイスラエル軍による攻撃で甚大な被害を受けたレバノン各所の復興建設事業に従事した「ワアド」が国際的に注目されたし、同じ時期にヒズブッラーが情宣グッズとして発売したPCゲームは日本の報道機関でも取り上げられた。

 これだけ多くの分野で多彩な活動が行われていると、個々の活動を担う団体とヒズブッラーとの関係も一様ではないし、活動に関与する主体もシーア派だけとは限らない。ヒズブッラーは多数の関連団体・活動を、思想信条に同意し、運営においてもヒズブッラーの指揮監督を受けるものから、運営への関与の程度が低いもの、ヒズブッラーの活動に関心を持ち時にそれに加わるものまでの同心円状の構造として認識している。これは、レバノンの社会全体を後述する「抵抗社会」として組織化・ネットワーク化し、レバノンの社会に根付こうとするヒズブッラーの方針を反映している。

軍事活動

 ヒズブッラーが同心円状に構成される運動だとすると、その中心にはやはり軍事部門が位置することとなろう。軍事部門が擁する兵力や、保有する兵器の量・質は多くの当事者の関心事ではあるが、それについて正確な情報は乏しい。何よりも、ヒズブッラー自身が戦闘員だけでなく、党員についても身分証のようなものを付与しておらず、はた目には誰がヒズブッラーか容易に見分けはつかない。それでも、レバノンだけでなくシリアでの戦闘に参加し、イラクやイエメンでも暗躍していると言われる以上兵力は多く、現在ヒズブッラーが動員可能な兵力は2000年ごろに言われていた2000~3000人程度から大幅に拡大し、2万人を超えるとの説もあるようだ。また、ヒズブッラーのナスルッラー書記長はしばしば演説の中でイスラエルを攻撃可能なロケット弾の数に言及するが、それも2006年ごろから大幅に増加し、今では同書記長は10万以上の数字を挙げる。これらに加え、シリア紛争の現場ではヒズブッラーの戦闘員の活動についての動画が出回っているが、重火器や装甲車が現れることも珍しくない。さらに、ヒズブッラーはレバノンにおける対イスラエル武装闘争にシーア派以外のレバノン人の参加を促すために「レバノン抵抗大隊」を編成した。

 このヒズブッラーが擁する軍事力こそが、レバノン内外においてヒズブッラーの合法性・正当性を問う大きな争点となっている。なぜなら、レバノン内戦が終結し、内戦当事者が国政選挙に参加する際、彼らが擁する民兵は全て武装解除することになっていたからだ。その中で、ヒズブッラーだけが唯一特権的に軍事部門を維持するとともに、政党として政治にも参加しているのだ。しかし、現実にはレバノン軍は国家の統一の象徴、国内の治安維持といった役割を担い、イスラエルに対抗する戦力とはなりえていない。欧米諸国がレバノン軍に対して与える軍事支援にも、イスラエルに対抗する戦力となるような装備は含まれていない。レバノンの領海・領空も連日のようにイスラエル軍の侵入を受けるが、レバノン軍も、南レバノンに展開する国連部隊もこれを防止できない。ここで、レバノンの中で唯一イスラエルに対抗可能なのがヒズブッラーの抵抗運動ということにされている。この建前に反対する者でも、レバノン内外に自ら進んでヒズブッラーを武装解除する意志や能力のある当事者はもういない。2006年夏にイスラエルが行使した強力な軍事力やそれに伴う破壊と殺戮をもってしても、ヒズブッラーを壊滅させることはできなかった。対イスラエル抵抗運動としての実力と威信、そしてヒズブッラーを武装解除する際に予想されるコストが、正統性の面で重大な問題をはらむヒズブッラーの武装が維持されている要因である。

ヒズブッラーって何がしたいの?

 それでは、レバノン国内にとどまらない活動範囲、政党の範疇にはとどまらない活動分野に広がるヒズブッラーは、いったい何がしたいのだろうか?彼らの基本方針は、1985年に発表した『公開書簡』という綱領的文書に集約されている。『公開書簡』は、レバノン内戦、イラン革命、イスラエルとの戦争などの時代の雰囲気を反映し、「宗派制度」の解体とイランを範にした法学者の統治の実現、イスラエルの打倒を謳う文書である。また、この文書はイランによる「革命輸出」の先兵としてのヒズブッラーの姿を象徴しているともいえる。ただし、現在はこうした目標を維持しつつも、ヒズブッラーは「宗派制度」のアクターの一つとして振る舞っており、レバノンの政治体制や社会を暴力的に改変しようとはしていない。今でもヒズブッラーをイランの革命輸出の先兵とみなす単純な見方はものすごい時代遅れで、ヒズブッラーもイランも「宗派制度」を解体してレバノンに新制度を導入するコストが膨大なことをよく理解していると言えよう。こうして、ヒズブッラーは2009年に『政治文書』を発表し、『公開書簡』で表明した目標や世界観を維持しつつも、当座はレバノンの政治・社会の中で現実的に立ち回る道を選んだ。

 一方、ヒズブッラーの多彩な社会活動は、レバノンに「抵抗社会」を建設し、イスラエルをはじめとする敵に対しレバノン全体が自発的に抵抗する体制を整えようとする活動の一環である。「抵抗社会」とは、レバノン社会がヒズブッラーの抵抗運動の意義を認め、これに自発的に貢献する体制を構築することである。レバノン内戦後にヒズブッラーが否定していたはずのレバノンの政治体制に参加するようになったことは「ヒズブッラーのレバノン化」と呼ばれたが、最近のヒズブッラーによるレバノン社会への浸透は、同党によるレバノンの政治・経済・社会の乗っ取りとの意味も込めて、「レバノンのヒズブッラー化」とも評される。もっともこのようにヒズブッラーがレバノン社会へ深く浸透することは、同党にとってもレバノン国内の事情や支持層に配慮して振る舞う動機が強くなることも意味する。ヒズブッラーがイラン(またはシリア)の傀儡としてレバノンの利益をないがしろにした行動を起こすことは、同党にとって困難な選択となろう。

 ヒズブッラーがイスラエルに対する抵抗ではなく、シリア紛争に参戦したことは、同党の武力がレバノンを守るためイスラエルにのみ向けられるとの大義名分を揺るがし、ヒズブッラーの名声や威信の低下すら招いた。ヒズブッラー自身やイラクやイエメンでの紛争に参戦していることを認めてはいないため、シリア紛争への関与をどのように説明するかはヒズブッラーにとって党の存在意義にもかかわる難題だった。ここでヒズブッラーは、長らく自らの兵站拠点・兵器などの供給経路としてきたシリアを「抵抗運動の背骨」と位置付け、シリアが「敵方」に転じることは抵抗運動にとって致命的であると主張し、シリア紛争で政府を攻撃する諸勢力をイスラエルの共犯者と位置付けて紛争に参戦した。従来はヒズブッラーの兵站経路を押さえ、同党も含むレバノンの諸勢力を暗殺や謀殺も厭わず制御してきたシリアが紛争で弱体化したことにより、両者の力関係が大きく変動したのである。

 結局のところ、ヒズブッラーにはイスラエルとその背後にいるアメリカ、彼らの共犯者(イスラーム過激派やアラビア半島諸国)への抵抗が自己目的化してしまっている一面もある。ヒズブッラーの排除や武装解除を唱える諸当事者が、自らそのリスクとコストを負担し、その後のレバノンや周辺地域の秩序を樹立するつもりがないのと同様、ヒズブッラー自身は「抵抗」の先に具体的な社会像を描き切れていないのである。

参考書籍

『イスラーム主義と中東政治』

『ヒズブッラー 抵抗と革命の思想』

『アラブの心臓に何が起きているか』

『中東研究』525号

『中東研究』518号

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

髙岡豊の最近の記事