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シリア北東部は非国家武装主体の博物館

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

シリア北東部のハサカ県のハサカ市とカーミシリー市で、デモ隊に対し「治安部隊」が発砲して複数が死傷した。この事件、「悪の独裁政権」であるシリア政府が無辜の人民のデモを弾圧したという事件ではない。事件が発生した地域は、クルド民族主義勢力である人民連合党(PYD)の民兵である人民保護部隊(YPG)を主力とする「シリア民主軍」が占拠する地域である。「シリア民主軍」は、アメリカがシリア紛争に干渉し、シリア領を占領する際の「現地勢力」として提携した民兵でもある。そのような地域の中に、ハサカ県の県庁所在地であるハサカ市の一部と、同県最大の都市で唯一の民間空港を擁するカーミシリー市に、シリア政府の制圧地域が孤立している。事件は、このシリア政府側の地域を「シリア民主軍」が封鎖し、食糧などの物資の搬入を妨げていることに抗議するデモ隊を、「シリア民主軍」が実弾射撃によって弾圧したというものだ。

 「シリア民主軍」は、紛争地における民兵の典型の一つともいえる。その主力であるYPGは、既存の政府(=シリア政府)に対しクルド民族主義勢力の代表格として資源や権限の再配分を要求する組織である。また、「シリア民主軍」はアメリカによるシリア干渉の先兵でもあるため、クルド民族主義勢力による排他的な団体ではない団体として、「反体制派」の武装勢力との連合体の体裁をとっている。連合に加わっている武装勢力には、シリア、イラクにおける有力なアラブの部族であるシャンマルや、ユーフラテス川沿岸を主な居住地とするアカイダート諸部族の一部が結成した民兵/武装勢力がある。もっとも、アラブの諸派による「シリア民主軍」への参加・貢献は名目的なものにとどまっている。その結果、「シリア民主軍」をクルディスタン労働者党(PKK)と同一視し、専らPKKと呼称する当事者も多い。トルコと「イスラーム国」がその代表選手だ。紛争地に現れる民兵である以上、「シリア民主軍」もその後援者である諸国がやりたがらない「汚れ役」を務めている。同派が占拠している地域で産出する石油を外部に売り払うのもその仕事の一つであるし、何よりも「イスラーム国」の戦闘員やその家族を捜査も訴追もないまま無期限で収監し続けるという重要な役目がある。収監されている者たちには欧米諸国の国籍を持つ者も少なくないが、各国は彼らの管理を「シリア民主軍」に任せ、ごく象徴的な事例を除いて自国で引き取って訴追や更生のための手段を取ろうとしていない。「シリア民主軍」による収容施設の運営はなんだか心もとないものであり、施設内の日常生活を「イスラーム国」の思考・行動様式に染まった者たちが牛耳り、意に沿わない他の収容者を排斥(=殺す)する事件も頻発している。また、欧米諸国の都合のいい「汚れ役」を担うことにより、「シリア民主軍」による住民追放や弾圧は、「見えないこと」になっている。

 ハサカ県や同県に隣接するラッカ県、ダイル・ザウル県には、親政府の民兵組織もたくさんある。イランが編成や運営に深くかかわっている団体もあるようだし、イラクやアフガニスタンから導入された民兵も、ユーフラテス川沿いで活動している。シリア政府も、紛争勃発当初(或いは紛争勃発前)からこれらの地域に親政府民兵を育成してきた。シリア政府としては、シリア・アラブ共和国の中では僻地とみなされる北東部、ユーフラテス川沿岸に正規軍・治安機関の部隊や人員を多数割く余裕は元からなかったからだ。シリア政府は、地域や街区ごとに「人民委員会」を編成し、それを後に「国防部隊」に再編するという流れで親政府民兵を整備した。ハサカ県においては、伝統的にバアス党と仲良しだったタイイ、長らく人民議会議員を輩出して政治的役職の配分を受けてきたジュブールが、親政府の民兵や政治運動の場に頻繁に現れる。また、シリア紛争の経過や2016年、2020年に実施された人民議会選挙を観察していると、シャラービーンという部族の地位が急浮上していることもわかる。

 ダイル・ザウル県においても、バカーラ、アカイダート諸部族の一部から親政府民兵が編成された。また、同県に居住するブーサラーヤーは、20世紀初頭の反植民地闘争の重要指導者であるラマダーン・シャラーシュの出身部族であり、同部族の指導者の家系からは長年人民議会議員が輩出され、シリア紛争においても親政府の政治・軍事行動に参加している。部族と民兵(特にシリア紛争と親政府民兵)の関係の在り方は、アレッポ県なども興味深い観察対象であり、機会があれば分析してみよう。

 さて、冒頭の「シリア民主軍」によるデモ隊鎮圧/弾圧事件であるが、この事件そのものも、紛争地の非国家武装主体の性質なり振る舞いなりを象徴することである。というのも、世界中の非国家武装主体に関する先行研究からは、「(既存の政府による)抑圧や収奪に反発・抵抗して紛争の当事者となった非国家武装主体は、彼らが領域を占拠してそこを統治する過程で、その統治は(抵抗の対象である)既存の政府の統治の模倣になりがちである」という知見が得られているからだ。つまり、シリア政府による抑圧や収奪に対抗して「自治」を営む勢力であるはずの「シリア民主軍」は、自らの反対者に対し、反面教師とすべきシリア政府と同等かより劣る方法で臨んでいるのである。ハサカ県をはじめとするシリア各地で活動する武装勢力/民兵は、非国家武装主体についての観察・分析の材料を今後も提供し続けるだろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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