シリアで「停戦」が実現しないこれだけの理由

ダマスカス市内の露天商(写真:ロイター/アフロ)

 シリア紛争は、「イスラーム国」がほぼ壊滅した後、「ヌスラ戦線」などのイスラーム過激派からなる「反体制派」の武装勢力の掃討へと局面が変わった。また、1月下旬にはトルコ軍がクルド民族主義勢力の占拠する地域のうちアレッポ県北西端のアフリーン郡への侵攻を開始した。一方、アメリカはシリア政府打倒を彼岸化し、アメリカ軍によるシリア領占拠の主目的を「イランの勢力伸張阻止」へと移した。これらはいずれも、シリア紛争が「シリア政府優位で収束」へと流れていることを象徴している。

 このような大勢を踏まえた上で、1月にはイドリブ県東部、2月にはダマスカス東郊で政府軍・ロシア空軍が攻撃を強化したのである。そして、これらの諸地域で「またしても」政府軍による毒ガスの使用や、子供や救護ボランティアによる被害の訴え、そして「深刻な人道危機」のニュースが各種報道媒体を賑わした。これに対応して、「今回も」安保理決議が採択されたが、「例によって」現場の戦闘には何の影響も与えなかった。なぜ2011年以来、同じことが何度も何度も繰り返されるのだろうか。

 この問いへの答えが「シリア情勢は複雑で混迷している」では何の仕事をしたことにもならない。紛争勃発前後のシリアの社会・政治状況や、紛争当事者が各々費やした資源の量・質(多くの当事者が「イスラーム国」をはじめとするイスラーム過激派を放任したことも含む)に鑑みれば、紛争の大局と帰趨を見通すのは別に難しいことではなかったはずだ。それとも、シリア紛争やシリア社会の亀裂は、解消も和解も不能な宗派的・民族的な相違に基づいているから戦乱が収まらないのだろうか。政治や紛争の場面では、当事者が支持を募るために宗派や民族を大義名分として利用することもよく見られることから、シリアにおいてもこれらの要因を本質的・根源的な紛争の要因とみなすわけにはいかない。そもそも、紛争当事者がそのような本質的な差異に沿って敵味方に分かれ、互いに存亡をかけて争っているというのならば、対話も調停も安保理決議も、紛争打開のためのあらゆる努力が無意味になりかねない。シリア紛争を宿命的な宗派紛争とみなすことは、紛争を見る者の思考を停止させ、解決策はないという諦観を蔓延させるだけだろう。それでは、何度も繰り返される「停戦努力」が実を結ばない具体的な理由は何だろう。

抜け道だらけの安保理決議

 一部ではすでに指摘されていることだが、今般の安保理決議2401号に限らず、シリア紛争にまつわる政治的宣言や停戦呼びかけは、全て個々の当事者によって都合よく解釈され、そのために望ましい結果を上げられないことを繰り返してきた。例えば、今般の決議でも「テロリスト」との戦闘は続けることになっているのだが、シリア政府やロシアにとっては、「反体制派」のほとんどは「ヌスラ戦線」などのイスラーム過激派とそれに従属する諸派なので、現在の攻勢を止める必要があるとは思わないだろう。また、トルコもアフリーン郡への進行を続けているが、同国の政府は攻撃対象をクルディスタン労働者党(PKK)と同類のテロリストであると主張して行動を正当化している。かくして、アメリカやフランスがアフリーンでの軍事行動も安保理決議2401号の「停戦」対象であると指摘した際、トルコ政府は猛反発した。

 「反体制派」の側も、その主力は元々既存の国家も、国際機関も敵視するイスラーム過激派であり、そもそも当初から国際的な停戦努力や調停のほとんどを拒絶してきた。現在も、イドリブ県において「ヌスラ戦線」を主力とする「シャーム解放機構」と、同派と敵対する他のイスラーム過激派諸派との連合の抗争が勃発している。一方、アメリカが率いる連合軍は、シリア東部で現在も「イスラーム国」討伐として空爆などの作戦行動を続けている。これにより、連日民間人の犠牲者が出ているのだが、こちらの犠牲者の方は国際的には一顧だにされていない。

かわいそうなシリア人とかわいそうでないシリア人

 中東諸国にはシリア以外にも深刻な紛争に苦しむ国があるし、「イスラーム国」から甚大な被害を被った国もシリアだけではない。にもかかわらず、それぞれの事情や紛争被害に対する国際的な関心の払われ方、同情の寄せられ方には著しい差異がある。そして、そのような差異の背景には、紛争当事者が情報を製作し、反響を呼びやすい媒体に載せることができるか否かという要因、そして世論や報道機関による選択的な情報の受容があると思われる。

 シリアにおいても、被害に篤い同情が寄せられる人々がいる一方で、同程度の窮状に苦しむにもかかわらず見向きもされない人々もいる。つまり、シリアというごく狭い範囲においても、国際的な関心の寄せられ方には重大な違いがあるのだ。シリア紛争は当初から諸当事者間のプロパガンダ合戦・情報戦としての性質が色濃いため、情報発信の技術や経路は特に重要になる。

 「イスラーム国」をはじめとするイスラーム過激派は、この点をよく理解していたが故に、支配下の住民からインターネットや携帯端末を奪う手段に出た。また、トルコ軍、アメリカが率いる連合軍、イスラエル軍、そして「反体制派」による攻撃の被害についての情報量は、政府軍やロシア軍の活動から生じる被害に比べて著しく不足している。その結果、「誰のせいで死傷させられるのか」によって、シリア人の間でも同情が寄せられる場合とそうでない場合との著しい差異が生じている。この点への観察や考慮が不足していると、「停戦」への働きかけや努力も実態を反映しない、効果の乏しいものに終わることになる。

イスラーム過激派と決別できない人々

 シリアで活動するイスラーム過激派諸派の多くは、「反体制派」の主力となることで彼らと不可分に結びつき、拠点や占拠地域を「反体制派」諸派と混在させる戦術をとっている。それにより、テロリストとして国際的に制裁や取り締まりを受けることを回避するとともに、「反体制派」支援国から供給される資源をせしめることが可能となる。こうした戦術を採用している団体の代表が「ヌスラ戦線」や「シャーム自由人運動」である。これをいかに「反体制派」から排除するかは、シリア紛争に介入する諸外国にとって重要な問題で、2017年に「緊張緩和地域」が設定された際には、イスラーム過激派を「反体制派」から排除することについてはアメリカもロシアも一致していたと思われる。

 ロシアは、2015年にシリアへの軍事介入を本格化させる傍ら、「反体制派」とシリア政府との「和解」の仲介も熱心に行っており、イドリブ県やダマスカス東郊を「緊張緩和地域」に設定して以来、これらの地域を占拠する武装勢力諸派に、「イスラーム過激派を退去させたうえで政府との和解交渉の実施」を働きかけていた模様である。最近これらの地域でロシア軍の爆撃が激化したのは、ロシアが上記の調停努力に見切りをつけつつあることをも示している。「反体制派」はイスラーム過激派の武力に依存しており、「反体制派」がイスラーム過激派と絶縁し、自力で彼らを排除することは不可能といってよい。

 アメリカも、イスラーム過激派に依存・従属する「反体制派」には度々面白くない目にあわされてきた。例えば、2012年末にアメリカは当時「イラク・イスラーム国」のフロント団体としてシリアで活動していた「ヌスラ戦線」をテロ組織に指定したのだが、その際は「反体制派」の政治団体も武装勢力諸派も、こぞって「ヌスラ戦線」を擁護して措置の取り消しを求めた。また、アメリカが「イスラーム国」対策のために「穏健な反体制派」を育成しようとした際、実際現場にはそのようなものは存在せず、「イスラーム国」と戦うことよりも、異宗派・異教徒の政府軍との戦いを希望する戦闘員がほとんどだった。その結果、アメリカによる「穏健な反体制派」の育成はことごとく失敗に終わり、アメリカは現場の提携勢力としてクルド勢力への支援に傾斜することになった。

 イスラーム過激派そのものは、そもそも国際的な「停戦」の働きかけやシリア紛争の政治的解決を一切否定する性質のものなので、彼らを主力とする「反体制派」、イスラーム過激派と決別できない「反体制派」の在り方は、中長期的な「紛争の解決」どころか、一時的な「停戦」の見通しを立てる上ですら障害になりつつある。

希望的観測が現実を縛る

 全ての当事者が安保理決議を恣意的に解釈して戦闘を続けていること、特定の情報源が過度に重用されることにより大局や実態を反映しているとは限らない情報が世論に影響を与えていること、「反体制派」がイスラーム過激派に蝕まれ紛争解決のための政治的当事者となりえないこと、これらがシリア紛争において一時的な「停戦」すら実現しない重要な理由である。これに加えて、一般の世論の側にも、「こうなればいいのに」という希望的観測に囚われ、現実に即した認識や行動ができなくなっているという意味でシリアに「停戦」をもたらすことができない責任の一端がある。

 筆者の許には、(2月24日に)安保理決議2401号が採択されたのに、何故戦闘が止まないのか、という照会が多く寄せられた。紛争当事者が安保理決議に従わない、決議そのものに実効性がないという事例はシリア以外にもよく見られるが、今般の決議の例は、「現地」から発信される悲惨な動画などの効果もあり、「何とか悲劇を止めてほしい」という希望が、決議の実効性や紛争当事者の行動や意図への現実的な判断を妨げてしまった感がある。「いつ」、「誰が」、「どのように」停戦するかについて何も語らない決議案に基づいて「停戦」を実現することなど、当初からほとんど期待できなかったのだ。

 2011年以来、シリアで現体制を打倒しその後のシリアを担うことが可能な主体が何者で、どこにいるのかは、誰にも分らなかった。平和で自由で繁栄したシリアが実現することを強く願うからこそ、筆者としては願望や憶測、希望的観測を排し、事実に基づく分析を着実に重ねることこそが、事態改善への最短距離であると考える。