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アメリカとトルコがアサド政権の存続を側面支援

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
アフリーン市遠景(写真:ロイター/アフロ)

 2018年1月16日、アメリカのティラーソン国務長官はアメリカ軍のシリア駐留(=占拠)が長期化するとの見通しを示し、忍耐が必要だと述べた。同長官は、その目的として従来の「イスラーム国」対策のほかに、アサド政権によるシリア人民虐待の阻止、イランに影響力拡大との対決を挙げた。「イスラーム国」対策やシリア人民の保護はさておき、イランとの対決が目的となることは、アメリカ軍のシリア駐留(=占拠)が予想不能なほど長期間になることと、シリアがシリア人民を全く疎外した状態で諸国間の勢力争いの舞台へと貶められることを示唆している。

 ティラーソン長官は、シリア政府の制圧地の復興のためにアメリカは1ドルたりとも支出しないと述べた上で、「同盟国にもこれに倣うよう促す」とも述べた。このような方針は、シリア紛争の終結、紛争後の復興を妨げるだけでなく、シリア内外の難民・避難民の帰還の阻害要因にもなりかねない。

 アメリカに加え、トルコも1月20日ごろからアレッポ県北西のアフリーンに侵攻し、同地を占拠するクルド勢力の民兵を攻撃し始めた。トルコの軍事行動は、アフリーンにとどまらずアレッポ県北部やハサカ県にも及びそうな勢いで、トルコが「テロ組織」とみなすクルドの民兵の排除だけでなく、同国内に在住するシリア難民を帰還させるための「安全地帯」の設営をも意図している模様である。トルコから見れば、シリア北部を占拠するクルド勢力の主力であるPYD(民主連合党)とその軍事部門であるYPG(人民保護部隊)はテロ組織であり、自国の安全保障上の脅威だ。それ故、トルコがこれらの勢力をたたくことは、シリアのクルド人の権利やシリアにおける地方分権的な政治体制への改変、大局的にはより自由で民主的なシリアを建設することよりも、自らの利害や状況認識が優先されることを意味する。また、トルコが構想する「安全地帯」も、まずは300万人以上のトルコ在住シリア人の受け入れ負担や現地社会との摩擦を軽減することが優先のようであり、「安全地帯」をどのように運営し、そこに住む者の生活などをどうするのかという点は明らかになっていない。

 このように、アメリカやトルコがシリア紛争において、両国が「助ける」と称するシリア人民を顧みることなく自らの情勢認識や権益を最優先して振舞うことは、シリア紛争を一段と「複雑」で「混迷した」ものにするとみなすことができるかもしれない。しかし、アメリカ、トルコに限らず、ロシア、イラン、サウジ、カタル、イスラエルなどの諸国やその他の紛争当事者が、シリアの平和や人民の安寧を二の次にして自身の利益を追求するのは、今に始まったことではない。しかも、視点を変えれば、最近のアメリカやトルコの振る舞いは、両国にとって打倒する対象であるはずのアサド政権が当分の間存続し、「シリア政府の優位で紛争終結」との趨勢を強める側面支援といっても過言ではないものだ。

 ティラーソン長官によれば、アメリカ軍がシリアに駐留(=占拠)することにより「アサド政権によるシリア人民虐待」は防止できるし、アメリカが支援する武装勢力による「解放区」の復興を支援したり、国連の下で自由で透明な選挙を行う政治過程を進めたりすればアサド大統領らが政権から去ることになる。ただ、ここで注意しなくてはならないのは、「アサド大統領らの放逐」に至る道筋やその後のシリアの政治体制や地域の国際関係や安全保障をどのように構築するかという問題について、アメリカが主導する意図が表明されていないことである。紛争勃発後早々にシリア政府に対し「ダメ出し」して交渉・対話・現状把握の可能性を著しく狭めるとともに、紛争後にどうするのかという構想やそのための行動指針も持たないというのは、2011年以来のアメリカの対シリア政策を特徴づけるものである。

 また、アメリカ軍が「アサド政権によるシリア人民虐待」の防止や緩和に何か役に立ったのかという問いには、自信をもって「否」と答えることができる。確かに、アメリカ軍は2017年4月にシリアの空軍基地1カ所に対し巡航ミサイル攻撃を行い、その後は政府軍による化学兵器攻撃を防止したとみることもできるかもしれない。しかし、この攻撃の後も化学兵器を使用しないシリア軍の作戦行動は制約も障害もほとんどないまま続き、2017年を通じ政府軍の制圧地域は拡大し続けた。アメリカ軍による巡航ミサイル攻撃は、化学兵器の使用を防止したのかもしれないが、通常兵器を用いた「シリア人民虐待」をフリーパスにするという結果に終わったのである。

 その上、アメリカ軍がシリア領を今後長期間にわたって占拠することは、シリア政府にとっては自由で透明な選挙を「やらない」ことや、復興事業を効率的かつ公正に「やらない」ことを正当化する口実にしかならない。アメリカが自らの資源を投じてシリア政府を打倒し、その後の体制作りに関与するつもりがない以上、同国のシリアへの介入は「アサド政権打倒のためには過小、紛争を長期化させて被害を嵩ませるには過大」にしかならない。そうでなければ、もうアメリカはシリア政府の存続や強化を放任・黙認するだけでなく、シリア政府の求心力を強めるための側面支援をしていると考えた方がよさそうだ。アメリカの存在や政策はシリア政府の非民主的・非効率的な構造や汚職体質の本質的原因ではないが、シリアの政治や経済がうまく運営されていない責任逃れのための格好のネタなのである。

 トルコ軍がクルド勢力をたたいてシリア領の一角を占拠することも、最終的にはシリア政府の利益につながりうる。確かに、シリア政府はトルコ軍の侵攻を侵略として非難しているし、両軍の間で局地的な交戦が起こる可能性もある。しかし、クルド勢力は占拠した地域で「連邦制」の導入を主張し、独自に地方選挙を行うなどしており、シリア政府がシリア全土に支配を回復しようとする際の重大な障害となりうる。それの勢力をトルコ軍が殺いでくれるのならば、シリア政府にとっては「おいしい」はなしなのである。実際、トルコの軍行動を回避するため、ロシアとシリア政府がクルド勢力に対しアフリーンでのシリア政府の行政機能を回復させるよう脅迫したとの逸話も報じられている。トルコの軍事行動やクルド勢力の振る舞いは、シリア政府にとって(そしておそらくその後ろ盾であるロシアにとっても)紛争後のシリアについての構想に敵対的なことなので、その両者が互いに争って消耗するのはまさに理想的な展開である。また、トルコ軍がシリア領を占拠することは、アメリカ軍がそうするのと同様シリア政府が実質的な政治改革をサボタージュする口実として利用可能だし、「安全地帯」を設営してそこに難民を帰還させるというのならば、シリア政府が本来負うべき難民帰還に必要な経済・社会資本の再建や政治・社会的和解を達成する責任を「果たさない」のを助ける効果を上げることだろう。

 アメリカもトルコも、アサド大統領の正統性を否定し、長期的には政権打倒を目指すとの立場を変えてはいなし。しかし、両国ともシリア政府を打倒し、その後の状況を管理する意志と能力を欠いている。そうなると、両国はシリア紛争から生じる責任や負担を最小化し、紛争から得る利益を最大化しようとするわけだが、その結果は両国が「大嫌い」なはずのアサド政権が当面存続し、機能や勢力を回復するのを支援することにつながるのである。アメリカやトルコの振る舞いは、筆者から見ればロシアやイランによる軍事的な支援に勝るとも劣らない、シリア政府のための側面支援と映るのである。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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